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死に戻り令嬢の余生  作者: 和執ユラ
第八章 病の正体と決意
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98.第八章九話


 レアンドルと会う約束はすぐにまとまり、約束の日、ベルティーユは馬車に揺られていた。

 話し合う場はユベール公爵邸でも、もちろんラスペード侯爵邸でもなく、ユベール公爵領内のレストランだ。レアンドルを公爵邸に立ち入らせたくなかったのと、わざわざこちらが王都にまで出向くのも絶対に嫌だったので、このような結果になった。


 馬車の中、ベルティーユの正面にはリュシアーゼルとシメオンが座っている。外出に護衛が付くのは仕方ないとして、リュシアーゼルの同行は必要ないと訴えたのだけれど却下された。かなり無理をして急遽仕事の調整をしたらしく、皺寄せを食らったアロイスが無駄に輝いた笑顔で愚痴を漏らしていたのを思い出す。

 一応、同席はせずリュシアーゼルとシメオンはレストラン内の離れたところで待機ということになっている。


「何かあればすぐに呼べ」

「大丈夫ですよ」


 レアンドルに記憶があるのなら、ベルティーユを害そうとするようなまねはしないだろう。そもそもレアンドルは双子と違い、ベルティーユに暴言を吐いたことも手をあげたこともない。

 ただひたすら、いないものとして扱われた。ベルティーユと目が合うと不快そうにする父とも異なり、レアンドルは常に無表情で、憎しみを抱いているというよりはベルティーユに興味がなさそうだった。


(……そう、よね?)


 ふと、疑問が浮かぶ。

 何を考えているのかわからないレアンドル。弟妹に興味がないのだと当たり前のように認識していたけれど、時折目が合うことはあったし、レアンドルの眼差しが遠くから双子に向けられている場面を目撃することもあった。


『お前たちが疎ましかったわけではない』


 頭にわずかな痛みが走り、レアンドルの声が浮かぶ。


(ああ、うるさい)


 レアンドルの真意などどうでもいい。彼は虐げられるベルティーユを放置した。関わろうとしなかった。その事実があるのだから、レアンドルに何か事情があったとしても免罪符になどならない。

 和解はありえないと、レアンドルもわかっているだろう。





 レストランの前に到着して、ベルティーユはリュシアーゼルの手を借りて馬車を降りた。レストランに入り、受付でリュシアーゼルとシメオンは足を止める。


「ベルティーユ、何度も言うが――」

「わかっていますわ」


 リュシアーゼルの言葉を遮って、ベルティーユは微笑んだ。二人をその場に残し、一人のウェイターの案内で先を進む。

 シメオンはともかくリュシアーゼルが同席せずあの場で待つことに疑問があるはずだけれど、レストランの者たちは不思議がる様子がない。久々の再会なので兄妹水入らずの席だとでも説明しているのだろうか。


 レストランの最奥の席にレアンドルは座っていた。貸切なので他の客の姿はないけれど、もしいたらさぞ注目を集めていたことだろう。


(見た目だけならイケメンなのよね)


 近づきがたい雰囲気を纏う美丈夫の、青の双眸がこちらに向けられる。

 ベルティーユは彼の正面に座った。食事が運ばれ、ウェイターが姿を消して二人きりになる。

 受付とこちらは扉で隔てることができる造りだ。扉の向こうではリュシアーゼルが気を揉んでいるに違いない。


「元気そうだな」

「この時期はそうですね」


 まだ病に蝕まれていない時期。頭痛はあるけれど、現状の不安はそれ以外にない。


「あの家を出て、怪我を負うこともなくなりましたし」


 嫌がらせもない公爵家での暮らしは快適だ。リュシアーゼルの過剰な心配性は計算外だったけれど、ラスペードとは比べものにならない生活である。


「そちらもお元気そうで何よりですわ」


 嫌味に、レアンドルは特に何も反応しなかった。

 読めないのは相変わらずだ。本当に考えていることがわからない。


「ユベールでは良くしてもらっているようだな。あの公爵が同行してくるとは」


 扉はガラスの部分が大きいので、向こうにいるリュシアーゼルの姿が見えたのだろう。ここからだと距離があるけれど、リュシアーゼルの髪は遠くからでもよくわかる。灰色の瞳ほど珍しくはないものの、黒髪もこの国ではあまり多くないのだ。


「本題に入りましょう。長々と話をするつもりはありませんので」


 ベルティーユがナイフで肉を切りながら告げると、レアンドルは一度カトラリーを置き、ジャケットの内ポケットから取り出したものをテーブルに置いた。小切手だ。


「使用人たちが横領していた、本来であればお前に使われるはずだった金額が書かれている。好きに使え」

「……横領?」


 ベルティーユが眉を顰めると、レアンドルはじっとベルティーユを見つめた。


「お前が別邸で暮らしていた頃に、使用人が別邸の予算を横領していただろう」


 既知のことであるかのような言い草だけれど、ベルティーユは初耳だ。

 小切手に書かれている額は相当なものである。別邸で暮らしていた十年という期間を考慮しても、一年あたりの金額は暮らしていくにはおそらく十分すぎる。

 あの悲惨な暮らしは父を含めてラスペード侯爵家の総意によるものだと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。

 それならば、なぜ父たちは横領に気づかなかったのだろう。ベルティーユのあの姿に違和感を覚えるはずなのに――と考えて、ベルティーユをまともに見ていなかったのだろうとすぐに結論が出る。


「知りませんでした」

「……全部を覚えているわけではないのか?」


 レアンドルの眉間に薄らとしわができている。


「記憶が抜けているだろうとは思っています。時間が戻る前、横領の件はすでに話したことがあったのですね」


 やはり、ベルティーユが覚えていない何かがある。そして、レアンドルのほうは覚えているようだ。


「いただけるということなのでしたら遠慮なく」


 お金はいくらあっても困らないし、賠償金のようなものなので心もまったく痛まない。離婚後の生活で有効活用しようと小切手を自分のほうに寄せる。


「どこまで覚えている?」

「どこまでと言われましても……」


 そもそも、どの期間の記憶を忘れているのかよくわかっていないのだ。

 命を落とすまでの記憶はある。憑依される前、ミノリに憑依されていた間、憑依が終わったあと。すべて記憶に残っていると思うほど違和感がなかった。

 そう説明すると、レアンドルの眉間のしわが深くなる。


「私の病について、お兄様は何か知っているのですよね。そのようなことを言っていたことは思い出しました」

「……()()()()()()()の記憶がほぼないということか」

(倒れた?)


 死んだのではなく? とベルティーユが目を丸くすると、レアンドルは更に衝撃の言葉を紡ぐ。


「――薬のことで私に連絡を寄越さなかったのは、知っていながら寿命を延ばさず死を受け入れるつもりだったわけではなかったのだな」


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