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死に戻り令嬢の余生  作者: 和執ユラ
第八章 病の正体と決意
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92.第八章三話


 翌日、ベルティーユはユベール公爵邸の広い厨房を廊下からひょっこりと覗いていた。

 昼食後なのでメイドたちが雑談をしながら食器を洗っていたり、洗い終わった食器を拭いて運んでいたり、手を止めることなく動いている。


「最近は本当に色んなメニューが出るね。もちろん料理長は今までもたくさんの料理を出してたけど、あまり使ってなかった材料を取り寄せて、新しいメニュー開発に気合が入ってると思わない?」

「お嬢様があまり好き嫌いを自覚なさっていないようで、フレンチトースト以外に特に何がお好きなのか探るためみたいよ。リュシアーゼル様が料理長に直接お願いなさってるところを見たわ」

「なるほど。愛だねぇ」

「うんうん、愛だわ。さすが、王子殿下から略奪しただけあるわよね」


 そんな会話が聞こえてきて、ベルティーユはぱちりと瞬きをする。

 確かに、最近は食べたことのないような食材や調味料が使われた料理が出てくるし、美味しかったかどうか事あるごとに確認される。食事中、リュシアーゼルがさりげなくベルティーユの反応を観察しているようにも感じていた。

 大方、ベルティーユが昔は食べるのにも困っていたことが判明したために、リュシアーゼルの過保護が発動してしまったのだろう。食べる量が少ないのではと心配していたけれど、こういう形でまで気遣われていたとは。


(そこまでなさらなくてもいいのに)


 相変わらずだと思っていると、足音が耳に届く。


「お嬢様?」


 後ろには、このユベール公爵家の厨房を仕切る立場にある料理長の姿があった。

 四十代の男性で筋骨隆々、背も高く、少々強面な料理長。初めて彼と顔を合わせた時は、この体躯で料理人? と困惑したものである。趣味が身体を鍛えることらしい。見た目に反して話しやすい人で、後輩たちからはかなり慕われているとか。

 なお、とっても美人な奥さんがいて、子供は五人だそうだ。


「こんにちは、料理長」


 ベルティーユがにっこりと笑みを浮かべると、料理長は頭を下げた。


「こちらにはどのようなご用件で――」

「えっ、お嬢様!」


 メイドたちがベルティーユに気づいたようで、驚きを露わにこちらを見ている。ベルティーユは彼女たちにもにっこりと笑顔を見せた。すると、彼女たちが慌てて頭を下げる。


「お仕事の邪魔をするつもりはないの。どうぞ気にせず続けて」

「はい……」


 そう言いつつ、メイドたちはちらちらとベルティーユを窺っている。


「あの、先ほどの……」

「私には内緒のことでしょうから、聞かなかったことにするわ」


 メイドたちの言わんとしていることを察したベルティーユの言葉に、メイドたちは安堵したようだった。


「彼女たちが何か失礼なことを?」

「そのようなことはないから安心して。それより料理長、忙しいところ申し訳ないのだけれど、少し時間をくれる?」

「かしこまりました」


 厨房の出入り口から少し離れたところで足を止めたベルティーユは、後ろからついて来ている料理長を振り返った。


「なるべく手短に済ませるわね」

「お気遣いなく。どこかお座りになれる場所ではなくてよろしいのですか?」

「このままで平気よ」


 ベルティーユは料理長を見上げている。

 女性の平均身長程度のベルティーユからすると、料理長は本当に背が高い。


「いつも美味しい料理をありがとう。今日のお食事もとても美味しかったわ」

「もったいないお言葉でございます」

「ピクニックの話はもう耳に入っているの?」

「はい、昨日のうちに。お嬢様もご一緒なさると」

「ええ、そうなの」


 リュシアーゼルの仕事の調整があるのでまだ日程は決まっていないけれど、そう遠くはない日に決まるだろう。


「ピクニックということは、食べやすい食事を用意することになるわよね?」

「はい。例年どおり、サンドイッチがメインです」


 定番だし、事前にジャンヌに聞いていたとおりだ。


「相談なのだけれど、ピクニックのサンドイッチ、いくつか作ってみたいの。作り方を教えてくれる?」


 ベルティーユがそう訊ねると、料理長が目を丸くする。


「お嬢様が自らですか?」

「ええ。私の誕生日にはリュシアーゼル様とテオフィル様がフレンチトーストを作ってくださったでしょう? そのお返しは何がいいかとずっと考えていたところにピクニックの予定が入ることになったから、この機会にぜひ挑戦してみたいと思って」


 料理は貴族令嬢がやるものではない。しかし、すでにリュシアーゼルやテオフィルの前例があるので、こう言えば違和感はないだろう。


「もちろん、私の都合で貴方の仕事を増やしてしまうことになるわけだから、きちんと給金をお支払いするわ。強要するつもりはないから、嫌なら遠慮なくそう言ってね」

「嫌などと、そのようなことはございません。私でお力になれることがあるのでしたら、全力でサポートさせていただきます」

「ありがとう」

「ただ、お給金は結構です」

「でも……」

「料理を教えるのは、私の仕事の内ですので」


 ベルティーユはきょとりとして、それから「ふふ」と笑う。


「それは後輩たちに対してでしょう? でも、そうね。私も一応、料理に関しては後輩ということになるのね」

「大変恐れ多いことですが」

「貴方の勤務時間を増やさないように頑張るわ」


 料理長は給金を受け取ってくれなさそうなので、別で何かお礼を用意しようとベルティーユは決めた。


「ちなみに、リュシアーゼル様やテオフィル様には秘密という認識でよろしいでしょうか」

「ええ。よろしくね」


 サプライズのお返しは、サプライズである。





 概ね満足の結果を得て、ベルティーユは自室に向かっていた。


(――本当に、いい機会だわ)


 誕生日にリュシアーゼルたちがしてくれたことに何かお返しをしたいと思っていたのは本心だ。けれど、今回サンドイッチを作りたいと思ったのはそれだけが理由ではない。

 ベルティーユはリュシアーゼルと結婚する。しかし、十七歳になれば離婚し、公爵家を離れることになる。離婚後はどこか――王都やラスペード侯爵領、ユベール公爵領から離れた場所でのんびり暮らしながら死を待つつもりなのだけれど、もしかしたら自分で料理をすることになるかもしれない。

 掃除や洗濯はできる。しかし、ベルティーユには料理の経験はないので、前もってやり方を覚えていたほうが安心だ。


 最初はサンドイッチから始まり、そのうち料理に興味が湧いたと言って、週に一度くらいは料理をして慣れていきたいと考えている。やはりある程度はレパートリーがあったほうが生活も楽しいだろう。

 それに、案外本気でハマるかもしれない。

 

(お菓子作りもしてみたいわね)


 きっとテオフィルが喜んでくれるだろう。


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