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死に戻り令嬢の余生  作者: 和執ユラ
第八章 病の正体と決意
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90.第八章一話(トリスタン)


 仕事が終わって帰宅したトリスタンは、軍服のジャケットとマント、サーベルを自室のソファーに放り投げるように置き、息を吐きながら椅子にドカッと腰掛ける。少しぼーっとしていると、ノックもなく部屋の扉が開けられてカジミールが入室してきた。


「ノックくらいしろよ」

「いらないでしょ。お疲れ」

「いるっつーの」


 トリスタンの不満などお構いなしに、カジミールは遠慮なく空いている椅子に座った。


「相変わらず帰りが遅いけど、まだドルレアクのクーデター関連が続いてるんだ?」

「秘密裏に処理してるからな。担当人数も少なくて時間がかかる」


 未然に防がれたクーデターの関係者の捜査は、主に軍と警察の一部の人間のみで対応している。ほとんどが貴族出身、尚且つ経験がそれなりにある者ばかりの中、まだ軍に入って二年目のトリスタンは事情を知っているので駆り出されていた。

 主犯と縁者であるため、本来であれば捜査からは外れるのが妥当だけれど、妹の命が狙われた被害者側であり、証拠隠蔽を図る可能性はないと早々に判断されたのである。特に、ドルレアク女公爵マリヴォンヌはトリスタンの取り調べだと口が軽くなるので、何かあれば呼び出されるのだ。


「公表すればこんな面倒なことしなくて済むってのに」

「そんなことしたら王家にもダメージが行くから無理だろうね。ラスペードも巻き込まれる」


 ドルレアク公爵家は亡き母の実家なので、クーデターが露見すればラスペードも余波を受ける。

 そもそも、民衆はドルレアク女公爵に心酔している者が多く、公表はそれこそ民衆によるクーデターを誘発しかねないという理由も大きいのだ。


「伯母上のこと結構好きだったんだけど、こんな形で消えるなんて残念だな」

「それ、使()()()って意味だろ」

「まあね」


 カジミールが浮かべているのは柔和な笑顔のはずなのに、恐ろしいものを感じさせる。

 今のところ、カジミールは大学を卒業したら財務省に入る予定でいるらしい。ラスペード侯爵家に加えてドルレアク公爵家という後ろ盾は大きいので、多くの支持者、もとい信奉者を抱えている伯母は出世のために『使える』はずだったわけだ。


「伯父上たちも馬鹿だよね。ドルレアクって名前が大きいんだから、大人しくその立場で満足してればよかったのに」

「欲が出たんだろうな」

「伯母上も、死者蘇生ができる魔道具なんてあるはずないのに、ほんと馬鹿だよ」


 それについてはトリスタンを始め、父やカジミール、皆が驚愕した。あの伯母が、存在しない禁忌の魔道具に縋っていたなんて。


「革新的な政策で崇拝者を集めてたのは死者蘇生の生贄を探すためだったって、さすがに気持ち悪いよな」


 マリヴォンヌの民衆に寄り添う政策には、そんなとんでもない理由があったという。時が来れば、多くの支持者の中から条件に合う者を選別するつもりだったらしい。生贄はベルティーユだけでは足りないから。


「人間って結局はそんなものってことだろうね。自分の目的のためなら容易く他者を犠牲にできる。――ベルティーユもいい例だよ」


 カジミールは冷めた目をしながら足を組んだ。


「家同士が決めた婚約を愛されないことが不満でなくすなんて、貴族の娘として身勝手極まりない。殿下も殿下だけど、向こう有責だからまだマシな結果ではあるかな」


 王家がそれまでのウスターシュの所業を認め公表したことで、世論はベルティーユ、そしてラスペード侯爵家に同情的なのが幸いである。

 しかし、そうなると少し疑問が残る。好意的ではない態度の相手をベルティーユが好きになったのがどうも不思議だ。一目惚れでもしたのか、単純に婚約者だったからか……。血縁という理由でトリスタンたちの愛情を求めていたくらいなのだから、何もおかしくはないのだろうか。


「ただ、慰謝料を全部持っていって、ユベール公爵を捕まえて……よくもまあ父上が許したよね」

「脅されたんだろ」

「公爵に気づかれたらしいから、それはそうなんだろうけどさ」


 たった少し、十分もなかったような時間で、リュシアーゼルはベルティーユが置かれている環境を見抜いた。邸の敷地内だからとトリスタンが油断し、感情の制御が甘かったのもあるかもしれない。


「ユベール公爵家との繋がりって、王家との繋がりレベルでありがたいことのはずなんだよ、本来なら。話を聞く限りだと公爵閣下はベルティーユに同情的みたいだから、ラスペード侯爵家としては何も期待できないと見るべきだろうね」


 ベルティーユを親戚の元に養子入りさせ、ラスペードと縁を切らせたほどだ。リュシアーゼルはきっと、ラスペードの利になるような動きは一切してくれないだろう。

 こちらがこれ以上ベルティーユに関わらなければ、ラスペードの実態を表に出すことはない。そういう契約を交わされているので、ひとまず安心ではある。


「結局ベルティーユはラスペードに災いしかもたらさなかったね。償いようのない罪を犯した分、不幸な生活を送ってほしいのに……気に食わないなぁ」


 穏やかな目を鋭く細めて、カジミールは最後にそう零した。

 災いをもたらす。それはベルティーユが母親の命と引き換えに生まれ、領地に天災を呼び寄せたことから言われている。

 悪魔、母殺し、疫病神。すべてベルティーユの罪を表している言葉だ。

 ベルティーユの罪。――ずっと、そうだった。


『人が命をかけて赤子を守ることはできても、赤子が自らの意思で人を殺すことはできません』


 ふと、ベルティーユの台詞が頭に浮かんでわずかに眉根を寄せたトリスタンだったけれど、カジミールの「あ、そういえば」という声に顔を上げる。先ほどの恐ろしい雰囲気は綺麗に消えていた。


「兄上が帰国するんだって。聞いた?」

「……聞いてねぇ」

「はは。すごく嫌そうな顔」


 大学進学で隣国に行った長兄レアンドルとは、もう三年半は顔を合わせていない。長期休暇の時期であってもレアンドルが一度も帰国しなかったためだ。

 寡黙で無表情で、あまり関わりがなかった長兄。小さい頃――ベルティーユが生まれる前くらいまでは時折構ってくれたような記憶があるけれど、それは勘違いか夢かもしれないと思っている。

 トリスタンは、何を考えているのかわからないあの兄が昔から苦手なのである。


「まだ卒業じゃねぇだろ。休暇の時期も過ぎてんのに……ドルレアクの件か?」

「それもあるだろうけど、本命はベルティーユの婚約じゃないかな。殿下とベルティーユの婚約は王家からの打診だったけど、真っ先に賛成したのは兄上だったって話だし。自分がいない間にそれが破棄になっちゃって新しい婚約までとんとん拍子で決まったから、将来ラスペード侯爵家を継ぐ立場としては色々と状況把握がしたいんだよ、きっと」

「それはそうか」


 納得したトリスタンだったけれど、それにしてはタイミングが遅いのではと思うのだった。



  ◇◇◇


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