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死に戻り令嬢の余生  作者: 和執ユラ
第七章 叶わないもの
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88.第七章十二話(リュシアーゼル)


 自分を慕っていた婚約者を蔑ろにして婚約破棄となり、初恋の相手を必死になって捜し――ようやく辿り着いた結果を目の当たりにして、ウスターシュは大きな衝撃を受けたことだろう。

 平民だと思っていた初恋の少女の正体が、四年以上も婚約していたベルティーユだった。婚約者として何度も茶会などの席が設けられていたはずなのに、ウスターシュはまったく気づかなかった。

 外見が変わっていたというのであれば仕方のないことではあるのかもしれない。ただ、気づけるチャンスはあったはずなのに、それを潰したのはウスターシュ自身である。同情の余地はない。


 ウスターシュはまだベルティーユに確認をとっていないので、初恋の少女がベルティーユだというのは現時点ではあくまで推測の段階だ。しかし、それでもベルティーユがその時の少女だと確信できるほどの何かがあるのだろう。

 そして、ベルティーユから託された伝言から察するに、その確信はおそらく正しい。


「公爵は保護という名目でベルティーユ嬢をユベール邸に滞在させていたな」


 ウスターシュが言っているのは、まだベルティーユとウスターシュの婚約が破棄されていない頃のことのようだ。

 ベルティーユが王都のユベール公爵邸を訪れ、初めて会ったというのに契約結婚を持ちかけてきたあの日。リュシアーゼルは彼女を家に帰そうとして、結局は公爵家に身を寄せるよう提案することになった。


「あれは本当に誘拐事件の証人だったことだけが理由だったのか?」


 ベルティーユとウスターシュの婚約が解消されるにあたり、解消前から公爵邸に滞在することになったベルティーユが不利にならないよう、リュシアーゼルが王家側に伝えた保護理由。ウスターシュがそこに疑念を抱いたのは、ベルティーユがあの家でどのような生活を送っていたのか、ある程度予想がついたからだと思われる。幼い頃のベルティーユの姿を、ウスターシュはその目で見たらしいのだから。

 ボロボロの服に、痩せ細った体。金銭的な問題を抱えていないラスペード侯爵家の娘がそのような姿だったのなら、理由は自ずと導き出される。


「虐待の疑いがあると判断したのも理由の一つです」

「ベルティーユ嬢から訴えがあったか?」

「いえ」

「そうか……」


 目を伏せたウスターシュの声には力がない。


「公爵がラスペード侯爵家を訪問した時間は十分にも満たないほど短かったと聞いている。それだけの時間で見抜いたのは公爵の観察眼が鋭いのか、ラスペードの者たちの態度がわかりやすいのに私が何も見ていなかっただけか……は。両方だろうな」


 自嘲するように笑い、ウスターシュは力なく前屈みになる。その様を、リュシアーゼルは冷めた目で見据えた。

 自嘲だけではなく、様々な感情が渦巻いているのだろう。

 ウスターシュがもっとちゃんとベルティーユと向き合っていれば、彼女を気にかけていれば、違和感に気づいた可能性は高い。そうでなくとも――。


「言ってくれれば……」

『なぜ教えてくれなかったのかと仰るでしょう』


 どうしてだという思いが込められたウスターシュの呟きで、ベルティーユの言葉が過る。


「ベルティーユから伝言を預かっています」


 はっとしたウスターシュがわずかな希望を見出したような表情になる。何を期待しているのか。この状況で期待が湧く思考がリュシアーゼルには理解できなかった。


『それについてはこうお伝えください』

「――『会話さえも拒否したのはそちらです』とのことです」


 リュシアーゼルが聞いたままを告げると、ウスターシュは瞠目する。「あ……」と零れたのは震えた声だった。

 自ら気づくことはできずとも、ベルティーユの話に耳を傾けていれば。彼女が自分のことを話せるような、婚約者として当たり前の関係性を築いていれば、今とは違う未来が確実にあったはずだ。


 伝言を任された時は、何を教えなかったことに対する話なのかさっぱりわからなかったため、婚約していたというのに会話さえも拒否していたらしいウスターシュに怒りを覚えた。

 理解した今は、ウスターシュの愚かさを改めて知らされたような気分だ。


(これが『王子様』とはな)


 平民や貴族令嬢に限らず、この国の女性たちの憧れの的であった『王子様』。その実態はなんとも残念すぎる。


『あの方はラスペードの人たちと同類ですから、私に責任を求めますよ、きっと』


 冷たい目で悠然と微笑みながらベルティーユが言っていたとおりだった。それはつまり、簡単に予想できるほど、彼女がウスターシュのことをずっと見ていたということにほかならない。

 ベルティーユは寄り添おうとしていた。その手を振り払い、関係性の構築を放棄したのはウスターシュ。すべては自業自得である。


「『すでにお伝えしたことですけれど、私にはもう、殿下は不要です』」

「……」

「『初恋は叶わないと言いますものね。二度とお会いしないことを願っています』――と。以上がベルティーユからの伝言です。一言一句違わず、確かにお伝えしました」


 見開かれた目が揺れている。傷ついたような顔にリュシアーゼルは不快感を覚えた。被害者はベルティーユなのに、と。


「私は……」

「ベルティーユに対して罪悪感があるのなら、心から謝罪したいと思うのなら、殿下のお気持ちではなく彼女の意思を尊重するべきです」


 婚約したのはベルティーユが十歳の頃だったらしいけれど、初めて婚約者として対面したのは一年後だと聞いている。

 三年、ウスターシュはベルティーユを苦しめてきた。その時間は決して短くない。


 ベルティーユに会うことを望み、初恋相手だと本人に確かめたら、ウスターシュはどうするつもりだったのか。まずは謝罪だろう。そして、もしかしたら再度婚約しようと乞うたかもしれない。許されるまで――いや、謝罪が受け入れられずとも誠意を見せる、罪滅ぼしのために尽くすと縋ったかもしれない。


「殿下は、謝罪することさえも許されていないのですよ」

「――っ!」


 息を呑んだウスターシュは、絶望という言葉がぴったりな表情をしていた。


『あの方の絶望に染まる顔を直接見ることができないのは残念ですけれど、会いたくない気持ちのほうが大きいので仕方ありませんね。このまま二度と顔を合わせないほうが、改めて謝罪する機会がなくてダメージも大きいでしょうし』


 今朝、ベルティーユが見送ってくれた時にそう言っていた。

 ベルティーユの望みどおり、ウスターシュはこの先、罪悪感に苛まれて生きていくことになるだろう。


「ベルティーユがすでに私の婚約者であることを、くれぐれもお忘れになりませんよう。――それでは失礼いたします」


 最後は丁寧に頭を下げて、リュシアーゼルは部屋を後にした。



  ◇◇◇


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