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死に戻り令嬢の余生  作者: 和執ユラ
第七章 叶わないもの
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86.第七章十話(リュシアーゼル)


 そちらに伺い直接話をしたいと申し出ると、ウスターシュから了承の返事が届いた。直接会えば説得できると思っているのか、もしくは藁にもすがる思いなのかもしれない。

 ウスターシュのユベール公爵領への訪問は丁重に断固として断り、リュシアーゼルが王宮に出向こうと決めたのは、万が一にもウスターシュとベルティーユが接触する機会がないように可能性を潰すためだ。


「明後日だが、所用で王都に行くことになった。一泊して帰ってくる」


 三人の朝食の席でリュシアーゼルが報告すると、テオフィルがパンをちぎりながら「そうなんだ」と言う。


「気をつけてね、叔父上」

「ああ。いい子にしているんだぞ。息抜きも必要だが、勉強はきちんとな」

「はーい」


 随分あっさりとした会話である。以前ならテオフィルはもっと寂しそうにしてくれた気がするけれど、ベルティーユがいるので今はそれほど寂しさはないのだろう。現に、ベルティーユに「これおいしいですよ」と話しかけており、すでにリュシアーゼルから意識が逸れている。

 嬉しいような、むしろリュシアーゼルのほうが寂しいような。複雑な気持ちになりつつも、リュシアーゼルは食事を口に運んだ。


 朝食を終えるとテオフィルは勉強のために自室へと戻り、リュシアーゼルも執務室に移動しようと廊下に出たところをベルティーユに呼び止められた。


「執務室に向かわれるのですよね? 少しよろしいですか?」

「ああ」


 断る理由はないので二人で執務室に行き、向かい合ってソファーに座る。紅茶はいらないとのことなので、使用人も呼ばずに二人きりだ。

 ベルティーユの胸元には、ベルティーユの瞳と同じ色の石がある。この色の石を探すのには時間がかかったけれど、苦ではなかった。自ら選んで贈ったものをこうして彼女がつけているのを目にするのは、思っていた以上に嬉しい。


「王都に行かれるのは私用ですか?」

「そんなところだ」

「そうなのですか……」


 淡々とした返答を聞くとベルティーユはじっとリュシアーゼルを見つめ、可愛らしく首を傾げる。


「殿下からご連絡がありました?」


 その問いに、リュシアーゼルは目を丸くした。


「……よくわかったな」

「そろそろ()()()()()()()頃かと思いまして。やはりそうですか」


 その気づくとは、ウスターシュの『確認したいこと』についてなのだろうか。

 ウスターシュからの接触を予想していたのなら、こうしてリュシアーゼルが対応していると察するのもおかしくはない。ただ、面と向かって確認されるとは思わなかった。

 察しているならと、一応確認しておく。


「殿下に会いたくないという気持ちに変わりはないか」

「はい、もちろんですわ」


 即答だった。迷いがない。しかし、ベルティーユは少し考える素振りを見せる。


「けれど、そうですね……お手数ですが伝言をお願いできますか?」


 穏やかな表情を浮かべながらも、ベルティーユの灰色の双眸はとても冷たく、相変わらずウスターシュへの深い嫌悪と軽蔑が窺える。


「あんな男に手紙を出すのは面倒なので」


 あんな男と、王族相手にそう言ってしまえるほどのことを、彼女はウスターシュからされてきたのだ。

 その過去を消すことはできないけれど、彼女が今後、過去に煩わされないようにすることはリュシアーゼルにもできる。


「構わない。好きに私を使ってくれ」

「とても贅沢ですね。では、――」


 ベルティーユの伝言をしっかり記憶していく。


「以上です。よろしくお願いしますね」

「わかった」


 話が終わったのでベルティーユは立ち上がり、それから目を伏せて口を開く。


「申し訳ありません。面倒なことを押しつけて」

「契約内容に含まれていることだ。貴女が私たちにしてくれたことを考えれば、対価としては足りないくらいだな」


 リュシアーゼルがなんてことはないと告げると、ベルティーユはきょとりとし、口元を手で隠して「ふふ」と笑う。

 次いで、部屋にノックの音が響いた。入ってきたのはアロイスだ。


「おはようございます……おや、ベルティーユ様」

「おはよう」


 ベルティーユに気づいたアロイスは、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「お邪魔でしたか?」

「いいえ、もうお話は済んだわ」

「それなら遠慮なくリュシアーゼル様を仕事漬けにできますね。大切なご婚約者様との時間を奪うとなれば、僕は大目玉を食らってしまいますので」


 アロイスの言葉にベルティーユは笑いを零す。やけに親しそうな距離感に見えるのは気のせいだろうか。

 アロイスはコミュニケーション能力が高いし、ベルティーユも引けを取らない。それほど会っていない二人でも親しくなるのに時間がかからないのは、何も不思議なことではないのかもしれない。


「そうだ。貴方からいただいた紅茶、とても美味しかったわ」

「お気に召していただけてよかったです」

「南部では有名なものなの? あの銘柄は聞いたことがなくて」

「最近発売されたものらしいのですが、すぐに人気になったそうですよ。よろしければ定期的に購入するよう申し付けておきます」

「ありがとう。お願いしようかしら」

「かしこまりました」


 和やかに会話が進み、ベルティーユは挨拶をして執務室を後にした。

 ベルティーユがいなくなった室内で、リュシアーゼルは足を組む。


「そういえば、茶葉を贈ったんだったな」


 アロイスは休暇中、旅行で国の南部のほうに行っていたらしく、誕生日は過ぎていたもののプレゼントも兼ねてお土産で茶葉を購入し、ベルティーユに渡したらしい。あの様子だと、ベルティーユは相当気に入ったようだ。


「リュシアーゼル様、なんだか不機嫌ですね」

「そうか?」

「嫉妬なさってます?」

「なぜそうなる」


 ニヤニヤするアロイスの顔が鬱陶しくて、リュシアーゼルは眉根を寄せた。


「いやぁ、ベルティーユ様は美人ですからねぇ。しかもテオフィル様の命の恩人、ひいてはユベールの恩人です。恋心を抱いてしまうのも無理はありません」

「アロイス」

「ご安心ください。ネックレスもとても気に入っておられるかと。毎日つけていらっしゃるそうではありませんか。まあそれは仲の良い婚約者アピールのためかもしれませんけどね」

「……」

「冗談ですよ? そんな怖い顔しないでくださいって」


 王都に行っている間、アロイスには仕事を大量に押しつけてやろうと決意した。


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