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死に戻り令嬢の余生  作者: 和執ユラ
第七章 叶わないもの
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85.第七章九話(リュシアーゼル)


 執務室で書類に目を通していたリュシアーゼルは、少し休憩しようと立ち上がる。すると、外から声が聞こえてきた。

 窓の外、庭に視線を向けると、ベルティーユとジャンヌにテオフィルが駆け寄っていく様が見えた。ジャンヌが本を数冊抱えているので、ベルティーユがガゼボで読書をしようとしていたところにテオフィルが現れたのだろう。

 嬉々として話しかけるテオフィルに、ベルティーユは柔和な顔で受け答えしている。


 リュシアーゼルは腕を組み、窓際の壁によりかかってそのまま三人を眺める。


 当初は予想していなかったのだけれど、テオフィルは本当によくベルティーユに懐いている。時間を見つけると彼女の元へ行っているようだ。

 生家では相当虐げられた暮らしを送っていたらしい彼女に、孤独ではない環境を与えたい。リュシアーゼルのその願いにテオフィルの行動は助力となるものの、自由な生活を望んでいる彼女は――誰かといる幸福を望んでいないと拒絶した彼女は、煩わしく思っていないだろうか。


 表情からは読みづらいけれど、彼女はリュシアーゼルやテオフィルを鬱陶しいと思ってはいないように見える。もちろん、純粋に嬉しがっているわけでもない。

 誕生日の晩餐会では、彼女は戸惑いながらも楽しそうにしていた。プレゼントも喜んでくれていたように思う。自惚れではないと信じたい。


 あくまでリュシアーゼルの推測でしかないけれど、彼女は他者を心の底から拒絶したいのではなく、――人と関わりすぎることを恐れているように感じられるのだ。

 わざと疑念を持たれるような振る舞いをするのも、そこに起因するのではないだろうか。


 リュシアーゼルが観察していると、視線を感じたのか、偶然か。顔を上げたベルティーユと窓越しに目が合い、不意打ちにリュシアーゼルはわずかに目を見開く。

 ベルティーユがテオフィルに何かを言うと、テオフィルはこちらを振り返って「叔父上〜!」と元気よく手を振った。ベルティーユも微笑を浮かべて軽く手を振っている。

 洗練された美しく上品なその所作は、一体どれほどの厳格な指導を受けて身についたものなのか。


 手を上げてリュシアーゼルが応えると、テオフィルは満足したのかベルティーユとジャンヌと共にガゼボへと向かっていった。

 そのタイミングで、執務室にノックの音が響く。

 許可を出すと、入室してきたのはアロイスだった。


「もう戻ったのか」

「いやぁ。やっぱり僕がいないと仕事の進捗とか心配ですから。ほら、僕優秀なので」


 長期休暇を取得していたはずのアロイスの予定より早い帰還は意外だったけれど、自信過剰な発言にリュシアーゼルは半眼で「そうだな」と受け流す。

 アロイスが優秀な人材なのは事実なので、そこが腹立たしい。


「こき使ってやる」

「もっと大切にしてください」

「で、その手紙はなんだ」


 要求を黙殺して、リュシアーゼルはそう訊ねた。

 アロイスはずっと手紙を載せたトレーを持っている。明らかに上質な封筒に、見覚えのある紋が押された封蝋。それを認めた瞬間、リュシアーゼルは鋭く目を細めた。


「お察しのとおり、王家――第二王子殿下からのお手紙みたいですよ」

「……」

「しかも、ベルティーユ様宛です」


 アロイスが執務机にトレーを置く。リュシアーゼルは椅子に座り、手紙を手に取った。


「お取り次ぎはしないというお約束でしたよね。なのでリュシアーゼル様に」


 王家とラスペード侯爵家からの接触は拒否、というのがベルティーユとの契約内容に含まれている。ベルティーユが契約結婚の相手としてリュシアーゼルに目をつけたのは、王家と高位貴族のラスペードに対してその対応が可能な立場にあることも理由の一つなのだ。

 ユベール公爵という地位が、彼女をリュシアーゼルの元に導いてくれた。


「初恋の相手に夢中な王子殿下が、ずっと蔑ろにしていた元婚約者に今更なんの用なのでしょうね」

「さあな」


 リュシアーゼルは慣れた手つきで封筒を開封し、中の手紙に目を通す。読んでいるうちにだんだん眉間にしわができたのは無意識だった。


「――ベルティーユに会いたいそうだ」


 最後まで読んだリュシアーゼルの言葉に、アロイスが瞬きを繰り返す。


「……なんでまた」

「どうしても確認したいことがあると」


 ベルティーユの手に渡る前に検閲されることを見越して、確認したいことの内容については書かれていない。よほど必死なのか、文言はとても切実で誠実だ。

 これが、冷遇していた元婚約者への手紙でなければの話だけれど。

 後悔が滲んでいる。自らの過ちを心から謝罪し、誠意が読み取れる文面ではある。しかし、ベルティーユからの要望がなかったとしても、彼女にこの手紙を見せたいとは思えなかった。


(厚かましく、愚かしい)


 王族相手だからと遠慮はない。リュシアーゼルの率直な感想だ。

 自身の都合で理不尽に傷つけた相手を、またも自身の都合で振り回そうとしている。なんと厚顔無恥なことか。


 第二王子の確認したいことがなんなのかはリュシアーゼルにはわからないけれど、ベルティーユはこうなることを想定していたからこそ、リュシアーゼルに任せたのだろう。

 いずれ王家から接触が来ると、ベルティーユは確信しているようだった。それほど第二王子ウスターシュにとって重大な案件なのだと認識していいと思われる。


「どうなさるんです?」

「会わせるわけがないだろう」

「まあそうですよね」


 ベルティーユの気が変わらない限り、リュシアーゼルが仲を取り持つ義理はない。

 こちらの方針は明確に決まっている。優先するのはベルティーユの意志だ。


「ですが、無視を続けるのはいくらなんでも難しいのでは? 曲がりなりにもお相手は第二王子殿下(王族)なのですし」

「無理だと返事は出す。ただ、引き下がってくださるかはわからないな」


 返答は代わりにリュシアーゼルが出すけれど、それでウスターシュが納得するかどうかは疑問だった。


 ――案の定、ウスターシュとの手紙のやりとりが何度か続いた。こちらは一貫してお断りの姿勢を崩しておらず、あちらも折れない。

 ただ、王族として『命令』しているのではなく『お願い』の形をとっているところは、誠実さが表れていると言えなくもない。しつこいのは変わりないので感心など微塵も湧かないけれど。


「埒が明かないな」


 手紙ではずっと、ベルティーユを王宮に召喚するのではなく、ウスターシュのほうがユベール公爵領に出向くと書かれている。

 こんなにも必死になるほど、何を確認したいのか。

 ないとは思いたいけれど、このままでは強行突破で来訪する可能性も捨てきれない。


「それで、どうなさいます?」


 アロイスから問われて、リュシアーゼルはため息を吐いた。


「――一度、王宮に行く」


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