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死に戻り令嬢の余生  作者: 和執ユラ
第六章 温かい祝福
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73.第六章十話


 目を輝かせて純粋なお祝いの言葉を告げてくれたテオフィルに、ベルティーユはわずかに瞠目する。

 今日という日が自身の誕生日だということは理解していた。この日はこれまで否が応でも一層の憎悪を向けられ、意識させられる日だったのだから、忘れることはできない。


 ベルティーユが生まれた日は、皆から愛されていた母親の命日。だからラスペード侯爵家では、ベルティーユの誕生日は何もおめでたい日ではなかった。

 お祝いの言葉もプレゼントも、家族からもらったことはない。ただただ恨み言を向けられ、なぜ生きているのだと、生まれてこなければよかったのだと、己の罪をもっと自覚しろと、いつも以上に存在を否定される日というだけでしかなかった。

 なんてことはない。双子や使用人たちが普段よりも過激になる日。そういう認識だったのだ。


 もちろん侯爵家としては、その事実を外部に漏らすわけにはいかない。母親の命日だからと娘の誕生日を祝わないのは外聞が悪いので、周囲にはお祝いなどは一週間遅れでと周知させていた。

 命日でもあることに配慮が必要だと周囲は理解を示しており、王家もその意向に従っていた。そのため、元婚約者からの周囲の目を欺くための義務的なプレゼントも、一週間遅れで侯爵家に贈られてきていた。

 一週間のずれを、ウスターシュは一度も疑問に思ったことなどないだろう。


 自分の誕生日がお祝い事だという概念は、ベルティーユにはない。なかったけれど、よく考えれば今のこの状況は事前に察することもできたはずだと思う。

 だってここはユベール公爵家。優しい人たちが集まっている場所で、ベルティーユは歓迎されていて、誰もベルティーユを恨んでなどいない。むしろテオフィルの命の恩人だとやけに敬愛されているくらいだ。


 ベルティーユの誕生日のお祝いが一週間遅れで行われているという話は、おそらく誰かしらは耳にしたことがあるはず。しかしリュシアーゼルは、ベルティーユが生家で虐げられていたことを知っている。シメオンやアロイス、他にも何名かは。

 それなら――当主の婚約者の誕生日を当日に祝うのは、至極当然と言えるのだろう。


(普通は、そうなのよね)


 生まれてこなければよかったと呪詛をぶつけられるのではなく、生まれてきたことを祝福される日。

 誕生日とは本来、そういうものなのである。


「ベルティーユ様、屈んでもらえますか?」


 まだ衝撃が抜けきっていないけれど、ベルティーユはテオフィルからの要求に応える。目線を合わせるように両膝を床につくと、テオフィルが後ろに隠して持っていたものを前に持ってくる。

 それは、色鮮やかな花で作られた花冠だった。


「プレゼントです!」


 テオフィルは腕を伸ばし、花冠をベルティーユの頭に置く。そして、満足げに笑った。


「とってもお似合いです! ベルティーユ様は美人さんなので、まるでおとぎ話に出てくる妖精さんみたいです!」


 全力で褒めてくれるテオフィルを見つめながら、ベルティーユは恐る恐る、花冠に触れる。


(プレゼント。誕生日の……)


 その重みと感触で、じわじわと実感が湧いてくる。


「……ありがとう、ございます」


 お礼を告げると、テオフィルは更ににぱっと笑顔を見せた。


「みんなと一緒にお花を選んで、がんばって作ったんですよ! 庭園の花を使いました。もちろん虫はいないですし、トゲもないので、安心してくださいね!」


 それもみんなと入念にチェックしたとのことである。


「本当は朝会ってすぐにおめでとうございますって言いたかったんですけど、お誕生日のサプライズがあるって気づかれないように我慢したんです」


 そこでベルティーユは気づいた。朝食のフレンチトーストも、誕生日のプレゼントだったのだ。

 そういえば、何が好きかと色々と聞かれた時に、花が好きかどうかの質問もどこかにあった。無難に綺麗ですからねと答えたけれど、今回の花冠のプレゼントはそれがきっかけで思いついたのか、最初から花冠を作って渡すつもりで好き嫌いの確認をしたのか……。

 まだ八歳のテオフィルが自らできることを考えて考えて、心を込めて手作りしたものたち。こんなにも想いが詰まったプレゼントは、今まで一度ももらったことがない。

 

 胸に広がる穏やかで温かい感情に戸惑っていると、テオフィルがベルティーユの耳元に顔を寄せてきた。


「実は、朝のフレンチトーストも僕が作ったんです」


 重大なことを告白するかのような真剣さが微笑ましい。


「まあ。そうだったのですね。とても美味しかったです」

「えへへ。叔父上も一緒に作ってくれたんですよ」


 内緒話をするように――いや、事実リュシアーゼルに聞こえないように声を潜めて、テオフィルは悪戯っ子のような顔になる。

 ベルティーユは意外な事実に目を瞬かせた。


『料理長がずっとそばに張りついていたからな。刃物の扱いには皆が緊張したものだが、自分でやると言って聞かなかった』


 リュシアーゼルのあのセリフは、その場にいて直にその光景を見ていた者の言い方だった。てっきり彼もテオフィルが心配で見守り隊の一人になっていたのだろうと思っていたけれど、どうやら作るほうで参加していたらしい。

 こうしてテオフィルが伝えてきたということは、内緒にしていてほしいとリュシアーゼルに頼まれたのだろう。


 テオフィルは想像しやすいけれど、リュシアーゼルが料理長からの指示を仰いで作業をしている姿は頭に浮かびにくい。

 ちらりと、リュシアーゼルを見上げる。目が合うとなんの話をしているんだと問うような眼差しを向けられて、ベルティーユは思わず「ふふ」と零してしまった。


「……なんだ」

「最近の皆さんの挙動に納得がいったんです」

「違うように見えるが」

「気のせいではありませんか? ねぇ、テオフィル様」

「はい。気のせいです!」


 テオフィルはすぐさま賛同してくれる。そしてまたこそこそと耳打ちの体勢だ。


「叔父上、内緒だって言ってたんですよ。きっとベルティーユ様に知られるのが恥ずかしいんだと思います」

「そうですね」


 公爵が甥と共に婚約者のためにフレンチトーストを作っていたなんて、随分と可愛い話である。おそらくほとんどはテオフィルが自分でしており、リュシアーゼルは手伝いくらいだっただろうけれど、それでも可愛い。


「本当に、とても光栄な朝食でしたね」


 ベルティーユはしみじみと呟いた。


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