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死に戻り令嬢の余生  作者: 和執ユラ
第六章 温かい祝福
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72.第六章九話


 ゆっくり絵を見て回ったベルティーユとリュシアーゼルは、エリクに挨拶をして画廊を出ることにした。


「何かご購入されたい絵画がありましたら、いつでもご相談ください」


 爽やかな笑顔とそんな言葉と共にエリクに見送られ、待機してくれていた馬車で移動する。


 向かいに座っているリュシアーゼルは、窓の外を眺めている。亡くなった兄の描いた絵を目に焼きつけて、遺品でもあるそれらを手放したくない気持ちが改めて色々と渦巻いているだろうけれど、満足そうな顔をしていた。

 本当は兄の遺志を尊重して、最後のあの未完成の絵も売るべきだと理性では考えているはずだ。それでも手元に残すことを決めたのは、彼自身が手放したくないというだけが理由ではなく、テオフィルに残したいという気持ちもあることが窺える。それくらいはわかる。


「個展、無事に終わるといいですね」

「ああ」


 ヴィルジールの作品の人気は相当なもの。きっとすぐにすべての作品に購入者が現れるだろう。


「このあとは百貨店に行くのですよね」


 今日は個展を見にきただけではない。ユベール領には大きな百貨店があり、そちらにも寄ると事前に伝えられていた。

 仲の良さをアピールするために、やはり人目のある場所には行くようだ。お昼にはレストランも予約しているらしく、邸に帰るのは夕方になる予定である。


「何か欲しいものがあれば好きに選んでくれ」

「必要なものは揃えていただいていますし、特には……」


 生活環境は十分すぎるほど整えられており、新しい化粧品開発の材料についても手配は進んでいる。他に何がほしいかと問われても何も思いつかない。

 しかし、リュシアーゼルはそれでは許してくれないようで。


「公爵とその婚約者が赴いて、ウィンドウショッピングだけで何も購入しないというのはどうなんだろうな」


 どこかからかうような口調と表情である。紫の双眸に見つめられているベルティーユは、「確かに」と納得してしまった。


「経済を回すのも私たちの役割の内だ」

「そうですね。いくつか高いものを……それと、邸の皆さんに差し入れを買うのもいいかもしれません」

「……役割というのは方便だったんだが、純粋に楽しむことも忘れるなよ」


 念を押されてベルティーユは目を瞬かせ、それから思わず笑みを零す。


「ふふ、そうですよね。デートですものね」

「そうだ、デートだ」


 ウスターシュにまだ気持ちがあった頃は、婚約者と過ごす時間は嬉しくもあり、嫌われていることを実感する悲しく苦しい時間でもあった。それがリュシアーゼルとの時間にはない。

 ただ、ベルティーユが望んでいる以上のものを与えてくれる優しいリュシアーゼルの気遣いへの不安は――この温かさに慣れすぎてしまうことに対する不安は、相変わらず常に付き纏っている。





 二人は百貨店を見て回って買い物をし、レストランで昼食を済ませ、また買い物に戻り、百貨店の外に出て街の散策もし、広場で行われていた劇の鑑賞もした。時折領民に軽く話しかけられて挨拶を交わしたり、お土産だと食べ物をもらったり。記者の視線も感じながらのデートは終わり、馬車は帰路についている。

 明日の新聞にはベルティーユたちのデートの様子が載せられることになるだろう。


「楽しかったか?」

「はい」


 リュシアーゼルに質問されたので、素直に答える。


「気を遣わなくてもいいぞ」

「本当に楽しかったですよ」


 一緒にお店を回り、アクセサリーや邸の者たちへの差し入れなど、二人で話し合って何を買うか決めた。書店に寄って本も買ったし、領民たちからは婚約へのお祝いや領主様とテオフィル様を頼みますといった激励の言葉をもらった。領主一家は領民からとても好かれているようだ。


「それならよかった。だが、疲れただろう」

「少しだけ。最近は引きこもりですものね」


 図書室や自室で本を読んでばかりの理想的なのんびりとした生活を送っているので、体力は落ちていく一方である。さすがに多少はダンスなり散歩なりしたほうがいいのかもしれないけれど、まったく気分が乗らない。

 ただ、今日のようにたまに外に出るのは、いい気分転換になる。


「けれど、休憩を挟みながらでしたし、それほど疲れてはいないと思います」


 ベルティーユの体力や少しヒールのある靴に配慮し、リュシアーゼルが細かく休憩を挟んでくれたので、外出していた時間の割に疲れはあまりない。最後が観劇で、座って見ていたのもあるのだろう。


「――ところで、帰ったら何があるのですか?」


 今度はベルティーユが質問すると、リュシアーゼルとしばし見つめ合うことになった。

 多忙なリュシアーゼルとの、この時間までの長い外出。二人が邸を空けている間に使用人たちが何かをしていることは容易に察することができる。


「さあな。着けばわかる」


 結局教えてもらうことはできず、馬車は何事もなくユベール公爵邸に帰還した。リュシアーゼルのエスコートで馬車を降り、邸に入ると、待ち構えていたジャンヌがやけにニコニコして迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、リュシアーゼル様、お嬢様」

「ただいま」


 本当に不思議なくらい機嫌がいい。楽しそうだ。


「デートは楽しめましたか?」

「ええ」

「それは何よりでございます。では、皆様がお待ちですのでこちらへ」

「皆様……?」


 ベルティーユが首を傾げるのもお構いなしに、ジャンヌは終始笑顔だ。

 ジャンヌのあとに続き、あらかじめこの流れになることを知っていたらしいリュシアーゼルのエスコートを受けたまま、ベルティーユは廊下を進んでいく。


(食堂?)


 到着したのは食堂の扉の前だった。一人、メイドが扉の前で待っていて、ジャンヌと共にそれぞれ扉の取っ手に手をかける。

 二人が同時に扉を開けると、まず視界に飛び込んできたのはこれまた笑顔のテオフィルだった。


「お誕生日おめでとうございます、ベルティーユ様!」


 そして、テオフィルは元気よくそう言った。


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