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死に戻り令嬢の余生  作者: 和執ユラ
第六章 温かい祝福
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70.第六章七話


 本日のデートは婚約しているベルティーユたちの仲が良好だと示すことが名目になっているので、目立たないように変装する必要はない。ジャンヌが用意していた、公爵の婚約者として粗のない、華美すぎないドレスを身に纏う。


「お嬢様は本当になんでもお似合いですね」


 自らの手で着飾ったベルティーユを見つめているジャンヌはうっとりしていた。デートをするのはベルティーユなのにジャンヌの気合の入りようは相当なもので、髪も綺麗にセットしてくれている。

 以前から思っていたけれど、ジャンヌは若いながらも侍女としてとても優秀である。


「昨日までは暑かったですが、今日は涼しいので過ごしやすいでしょうし、天もこの日を祝福してくれているに違いありません!」

「大袈裟ねぇ」


 九月に入ったこの国は、日中はまだまだ暑い日が多い。しかしながら、今日は比較的過ごしやすい気温なのは確かだ。

 おしゃべりをしているとノックの音が聞こえてきて、外から声がかかる。


「そろそろ準備できたか?」


 リュシアーゼルが頃合いを見て迎えにきたようなので、ベルティーユは部屋を出た。ジャンヌも後に続く。


「綺麗だな」

「ありがとうございます。リュシアーゼル様も……」


『否定なさらないのですね』


 ベルティーユを見てさらっと褒めてくれたリュシアーゼルを褒め返そうとすると、ふと先ほどのジャンヌの言葉が浮かんで口を閉じる。にっこり顔がしっかりと目に焼きついているし、何より今もニヤニヤした視線をひしひしと感じる。

 不自然に言葉を切ったベルティーユに、当然リュシアーゼルは不思議そうにしている。


「何か変か?」

「いえ。素敵です」


 訊ねたリュシアーゼルに笑顔を返して、ベルティーユは彼と腕を組んだ。後ろからジャンヌがついてくる形で共に廊下を進みながら、普段よりわずかに早い鼓動を刻んでいる胸を落ち着かせる。


(ジャンヌのせいで少し意識してしまうわ)


 表情や態度には出ていないだろうけれど、ジャンヌとのやりとりがどうしても思い出された。

 ベルティーユの心情などつゆ知らず、リュシアーゼルは気軽に話しかけてくる。


「今日は涼しそうでよかったな」

「そうですね」


 そんな会話をしながら、ベルティーユはちらりと婚約者の横顔を観察した。


(こういう顔が好きだったのね)


 好みの顔立ち。そして、恩人として、庇護対象としてベルティーユを見ているがゆえの優しさ、誠実さ。特に異性に対して冷たいはずのリュシアーゼルから特別な扱いを受けているという実感。

 それが、予定にない感情を抱くことに結びつく可能性はあるのだろうか。


 不安が過るなか玄関ホールにたどり着き、何人かの使用人たちに見送られ、二人は馬車で公爵邸を後にした。

 個展が開かれる画廊は公爵邸から遠くはなく、すぐに到着した。護衛としてついてきたシメオンは御者と共に馬車に残し、ベルティーユとリュシアーゼルはわざわざ出迎えてくれた男性からにこやかに頭を下げられる。


「ユベール公爵閣下、レジェ伯爵令嬢、本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます」

「オーナーのエリク・バトンだ」


 顔見知りなのか、リュシアーゼルが紹介する。それに続いて男性――エリクは、ベルティーユに改めて挨拶の言葉を向けた。


「エリク・バトンです。お目にかかれて光栄です、レジェ伯爵令嬢」

「ベルティーユ・レジェです。本日はよろしくお願いいたします」


 ベルティーユも微笑を浮かべて軽く会釈する。

 リュシアーゼルは義姉が画家のファンだと言っていたので、ユベール公爵家が画廊のオーナーと知り合いなのはなんらおかしなことではない。オーナーがこうして直接対応するのも、ユベール公爵というリュシアーゼルの地位を考えれば自然なことだ。


「それではご案内いたしますね」


 エリクに促されて画廊に立ち入ると、絵画が飾られている空間には人がまったくいなかった。他の客やスタッフの姿もない。

 この個展の画家は世界的にもかなりの人気を誇る人物だったはずだ。そんな画家の個展で客が一組だけというのはそうそうある状況ではないだろう。


「リュシアーゼル様、まさか貸切になさったのですか?」

「まあ、似たようなものだな」


 あっさり言ってのけたリュシアーゼルに、ベルティーユは目を瞬かせて戸惑いを露わにする。人目がないのであれば周囲へのアピールにならないと。


「今回の個展の正式な開催は来週からでして、本日はお二人がいらっしゃるということで特別に開けているのです。なので実質、貸切状態になっていますね」


 エリクの補足に、ベルティーユはますます困惑した。


「でしたら、こちらに来るのは来週以降でよかったのでは……」

「どうせ今日は貴女をデートに誘おうと思っていたから、せっかくならとオーナーに相談したんだ。快く引き受けてくれた」

「リュシアーゼル様からのご相談ですので」


 挨拶をした時は「ユベール公爵閣下」と呼んでいたのに、今は名前を呼んで親しげである。雰囲気的に知り合い程度ではなさそうだ。

 ベルティーユの疑問を感じとったらしく、リュシアーゼルが説明する。


「彼は兄の古くからの友人だ。私も付き合いが長い」

「まあ。そうなのですね」


 先代公爵の友人ということであれば納得である。


「リュシアーゼル様の略奪愛のお話は耳にしていましたので、ぜひご婚約者様に一目お会いしたかったのです」

「やはり耳に入っているのか」

「ええ。この領地で知らぬ者はいないのでは?」


 なんとも言えない微妙な顔をしたリュシアーゼルに、エリクは続ける。


「それに、リュシアーゼル様のご婚約者様が()()()に興味を持ってくれているとなれば、尚更断るような愚かな真似はできませんよ」

「……画家の方とお知り合いなのですか?」


 エリクの言葉に引っかかってベルティーユが問うと、エリクは笑みを浮かべた。


「画家ヴィルジールは、オクタヴィアン・ブノワ・ユベール――リュシアーゼル様の兄君です」


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