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死に戻り令嬢の余生  作者: 和執ユラ
第五章 事件の真相
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63.第五章十四話


 その問いに、ベルティーユはそっと微笑んで返した。わざわざ口にしなくとも笑顔だけで肯定と受け取ったようで、リュシアーゼルの眉がわずかに寄せられる。伯母やラスペード侯爵家の者たちに怒りを抱いてくれているのだろう。

 他人のことなのに彼は心を痛めている。ベルティーユに情が移った証だ。


「――私を生んだ人の何が、そんなに人を惹きつけていたのでしょうね」


 失望とか、恨みとか。そういったものはなく、ただ純粋に疑問のみをのせた落ち着いた口調で、ベルティーユは続けた。


「出産が近づいて、母体か胎児か、どちらかを諦めなければならない可能性が非常に高いと選択を迫られていたそうです。周りは子を諦めることをすすめたけれど、母はお腹の子を……私を助けてほしいと、お医者様にお願いした。お医者様はその願いを叶え、私は無事に生まれ、母は亡くなりました」


 何度も聞かされた、ベルティーユがこの世に誕生した日の話。母が亡くなった日の話。写真や話でしか知らない、ベルティーユにとっては思い出も何もない人の話。


「どんな人だったのか、父や兄たち、使用人の話を耳にしてきたのですけれど、私は実際のところをまったく知りませんので。魅力が何もわからないのです」


 淡々としているベルティーユの話に、リュシアーゼルは真摯に耳を傾けてくれている。ラスペード侯爵家やウスターシュはしてくれなかったことだ。だからベルティーユはすらすらと、思ったままに言葉を発することができる。

 偽らなくていい。正直に話しても、母への侮辱だと叱責は飛んでこない。お前が母を語るなと、何がわかるのだと殴られたりしない。興味などないと一蹴されたりしない。

 リュシアーゼルは、彼らとは違う。


「誰にでも優しく、優秀な人だったそうです。農地の効率的な活用方法を導入したり、何か不便なことがないかをその足で直接領民に聞いて回って対応したり、領民との関わりを大切にしていて、皆に慕われていたと」


 嫌になるほど聞かされてきた。まるで洗脳のようだった。

 いや、ようだったではなく、実質洗脳だったのだろう。


「優しいと言うのなら、なぜ私を憎む人たちしかいない場に私を置いていったのでしょうか。優秀だと言うのなら、なぜ母を慕う周囲の人間が私を恨む可能性に思い至らなかったのでしょうか」


 優しい。優秀。ベルティーユからすると、そんな話は虚偽だとしか思えない。過去の記憶が美化されているだけだろうと、本人を知らぬベルティーユだけが異様なほど冷静で、偏った人物像に否定的だ。


「母は選択を間違えたのです。母だけが望んでいる私ではなく、多くの人が望む自分の命を優先するべきだった。私を望んだ唯一が死んでしまっては、私が生まれた価値などなくなります」


 誰からも慕われていた母の命を奪って生まれ、生まれた年から領地に自然災害が頻発したことで悪魔の子だと言われ続けた。

 それを否定してくれる者は――ベルティーユという個人を肯定してくれる者は、誰一人としていなかった。庇護を受けるべき時に、誰もベルティーユを守ってはくれなかった。


「私を生んだのは、母のただの自己満足です。母が私に遺したのは名前と私を憎む人たちだけなのに、母親だからと無条件に好意を持つこともありません」


 覚えてもいない人間を慕うことなどできるはずもない。まして、ベルティーユを散々な生活に追いやった元凶だ。

 悪いのは今生きている人たち。そんなことはわかりきっているけれど、彼らがベルティーユに理不尽な憎しみを向けているように、ベルティーユも母にその責任の在処を見出している。

 好きになれる要素なんてまったくない。母親に焦がれる子供の気持ちなど理解できないし、したいとも思わない。


「自らの命を犠牲にすることさえ厭わなかったのは他でもない母自身の選択。それがなぜ、生まれることを望んでもいなかった私が責められることになるのか理解しかねます。けれどそれは、ラスペードではあくまで私の身勝手な主張に過ぎませんでした」


 冷淡な声で紡ぐ。

 時間が戻る前、ミノリの影響でラスペード家のその認識は撤回されることになったけれど、今のラスペード家は元通り。ベルティーユが悪だ。


「私は生まれたことそのものが罪なのだそうです。私の意思でこの世に誕生したわけではなくても、存在そのものが罪なのだと」

「――そのような理不尽は、あっていいはずがない」


 黙って聞き手側に徹していたリュシアーゼルがここで、思わずといった様子で拳を震わせて口を挟んだ。


「そうですね。しかし、私の周りにいた人たちは、私を悪とすることで心を守っていました。現実逃避としてはそれがとても簡単で楽ですものね」


 悲しみに耐えられず、彼らは楽な道を選択したのだ。


「お医者様に母の命を優先しろと厳命していればこんなことにはならなかったのに、自分たちの過ちから目を逸らしているのです」


 赤子に罪を押しつけて思考を停止させた彼らに、ベルティーユの抵抗は届かなかった。他人のミノリが彼らを変えた。

 本来なら誰も悪くないはずの出来事。どちらかが助からない状況というのは仕方のないことで、皆で嘆き、苦しみ、一緒に乗り越えればよかったこと。それを彼らが放棄したから、ベルティーユには選択肢などなかった。


「婚約していた人さえも、私を疎ましく思っていました」


 家族からも元婚約者からも愛情を向けられなかったベルティーユは、命すら短い。


「――私では愛を願うことそのものが贅沢で傲慢なのだと、自覚したのです」


 そう零すと、リュシアーゼルが大きく目を見開く。そして、何かを言葉にしようと口を動かした彼を止めるように、ベルティーユは笑った。


「リュシアーゼル様は私を疑っていたのは最初だけで、お人好しなのかそれ以降は不思議なほど信じてくださいましたね。我ながらいい相手に結婚を持ちかけたものです」

「……それは、褒めているのか?」

「紛うことなき賛辞ですわ」


 心からの素直な褒め言葉である。そして、感謝の気持ちでもあった。


「何はともあれ、これで事件は解決でしょう。ようやく本格的にのんびり過ごせそうです」


 強引に話を戻して、ベルティーユは微笑を浮かべる。


「短い間ですけれど、これからもよろしくお願いしますね、リュシアーゼル様」

「……ああ」


 相変わらず何か言いたげではあったけれど、ベルティーユがこれ以上の踏み込みを拒絶していると察したリュシアーゼルから返ってきたのは、短い返事だけだった。


第五章・終

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