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死に戻り令嬢の余生  作者: 和執ユラ
第一章 終わりと始まり
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06.第一章四話


 その後も第二王子の訪問を断り続けていたベルティーユの耳には、使用人たちのおしゃべりのおかげで時折ミノリの情報が入ってきていた。

 異世界人は王妃に気に入られており、王妃の勧めで第二王子が異世界人の面倒を見ている。最初は妙な距離感があったけれど、徐々に親しくなってきている。ベルティーユとの婚約解消も近いのでは。異世界人は癒しの力を持っているらしい等々。


 それよりもベルティーユが気になるのは、ミノリが本当のことを話していないのか、ということだ。

 この半年、ベルティーユとしてそばにいたのは自分だったと第二王子に話しているのなら、それに関係する手紙が第二王子から来ていてもおかしくない。しかし、ミノリが現れたという話を聞いて以来、第二王子の手紙には目を通すようにしているけれど、体調を気遣う言葉や謝罪、会って話をしたいといった内容ばかりだった。

 異世界人の話が外部でもかなり広まっていることに気づいたのか、直近の手紙には『噂がどう伝わっているかは知らないが婚約を解消するつもりはない』とまで書かれていた。


(どうして話さないのかしら)


 ミノリにしても、彼女からラスペード侯爵家に対してなんらかの動きがあってもいいはずなのに、そのような話は聞こえてこない。第二王子がわざわざ手紙に記していないことももちろん考えられるのだけれど、――まさか、ミノリにはこの家で過ごした半年の記憶がないのだろうか。それとも……。


(同情?)


 ミノリが憑依する以前、ベルティーユとラスペード侯爵家、そして婚約者との関係があまり良くないものであったことにはミノリも気づいていた。ミノリが憑依したばかりの頃の彼らの態度から明らかだったためだ。

 そしてミノリは、彼らとの関係が改善されていく中で、本当のベルティーユに対する罪悪感のようなものを抱いていた。本来はベルティーユがもらうべき恩恵を自分が横取りしてしまっている、と。

 その感情が今も継続していて、ベルティーユから家族や婚約者を奪いたくないと遠慮している可能性は、彼女の性格からすると否定できない。家族らしい時間、婚約者らしい時間を築いたのは、ベルティーユではなくミノリなのに。

 元からベルティーユに与えられるべきだったものはなかった。すべてミノリが手に入れたものであって、譲られたところで何も嬉しくない。


 ソファーに座っていたベルティーユは立ち上がろうと力を入れた。けれど、一度立ってすぐ、倒れるように座り込んでしまった。

 テーブルに手をついた勢いで大きな音が立つ。体から力が抜けて動けないまま、ベルティーユは目を見開いていた。動揺で瞳が揺れる。

 ぎゅっと、唇を噛み締めた。





 一週間後、侍女に手伝ってもらってベルティーユが外出の準備をしていると、トリスタンと次兄のカジミールがやって来た。

 二人は双子なので似てはいるけれど、雰囲気は異なる。つり目で口調も悪く大雑把な性格のトリスタンと、たれ目で柔らかな口調の紳士的なカジミール。性格は違うものの仲は良く、トリスタンのやらかしを仕方ないなとフォローするのがカジミールの役割でもある。

 しかし、ベルティーユに対して紳士的な立ち振る舞いが発揮されたことはなかった。トリスタンを止めるどころか、二人でわざわざベルティーユに嫌がらせをしにくることも多かったくらいだ。

 だから今日も、二人が揃っていることには意外性も何もない。


「王宮に行くってどういうことだ?」


 トリスタンが険しい顔つきで訊ねる。

 今ベルティーユが準備をしているのは、確かに王宮に行くからだ。お見舞いを断り続けていた第二王子にこちらから訪問すると手紙を出すと、二つ返事で了承の旨が返ってきた。そして、約束の日が今日なのである。

 それを聞かされていなかったからか、はたまた王宮に行くこと自体が不満なのか、双子の兄たちが不機嫌なのは明白だった。


 侍女が二人を気にしているけれど、ドレッサーの前に座っているベルティーユは兄たちには触れることなく、侍女に髪を梳かして髪飾りをつけてほしいと頼んだ。凝ったセットはしなくていいと。

 婚約者に会うことになっているけれど、無駄に着飾るつもりはない。そんなことをしたって無意味に終わるだけなのは目に見えているから。


「殿下だけじゃなくて異世界人とも会う機会を設けてもらうって聞いたぞ」


 話しかけてこない、というよりあえて二人を無視しているベルティーユの反応は想定内だったのか、トリスタンは立て続けに言葉を放つ。


「釘でも刺すのか? 殿下は絶対にお前と結婚するって言ってんだから心配する必要はねぇだろ。お前だって癒しの魔法が使えるんだし、殿下がわざわざ異世界人なんかを選ぶわけがねぇ」

「……ふ」


 ベルティーユが思わず笑いを零すと、兄二人は怪訝そうにする。


「なんで笑うの」


 そして、無言だったカジミールがここでようやく声を発した。ベルティーユに十七年以上も滑らかに嫌味ばかりを口にしてきた彼にしては口が重く、楽しそうでもなくて、らしくない。

 それすらもおかしくて、ベルティーユの口元は緩んだままだった。


(異世界人なんか、ね)


 その異世界人に絆されたのは彼らなのに、随分な言い草である。何も知らないとはいえ、なんとも滑稽だ。ミノリが聞いたら悲しむのではないだろうか。


「何か勘違いをしているようですが、私がまだ殿下を慕っているなんてことはありません。婚約者としての礼儀も守れない人を好きでい続けることができるはずもないでしょう」

「……だったら何しに行くんだよ」

「どうしてそれを教えなければいけないのですか?」


 彼らに答えるべき必要性を感じないことを素直に示したところで、侍女の手がベルティーユの髪から離れた。鏡で確認すると、髪飾りが丁寧につけられている。


「ありがとう」

「っ、いえ……」


 ベルティーユが笑顔でお礼を告げると、侍女は照れて顔を俯かせた。

 悪意がなく純粋で、ベルティーユを軽視しない同世代の女の子。昔からこういう子がそばにいてくれたら、ベルティーユの人生も多少は色づいたものだったかもしれない。


「おい――」


 トリスタンが焦れたように呼びかけてきたのと同じタイミングで、部屋にノックの音が響いた。ベルティーユが「どうぞ」と許可を出すと、扉を開けて入ってきたのは長兄のレアンドルだった。

 基本的に無表情で何を考えているのか読めないレアンドルは、冷たい印象を相手に与える美丈夫である。長年隣国に留学しており、大学卒業後も二年間は隣国で過ごして人脈を広げ、帰国したのはミノリがベルティーユに憑依して数ヶ月経った頃のことだった。


 レアンドルとはほとんど会話をした覚えがない。父と同様、彼がベルティーユを避けていたからだ。

 不本意ながら王宮にはレアンドルと出向くことになっているため、こうして迎えにきてくれたのだろう。以前ならそのような気遣いなど絶対にしない人だった。


「準備は」

「終わりました」


 ただの確認作業でしかない会話に温度はない。

 椅子から立ち上がり、ベルティーユは歩みを進める。


「体調が悪いのか?」


 レアンドルの前を通ったところで声をかけられ、息を呑みそうになった。しかし、それをぐっと堪える。


「そのようなことはありません」


 無駄な会話はしたくないと告げるように、「早く行きましょう」と先に部屋を出た。


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