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死に戻り令嬢の余生  作者: 和執ユラ
第八章 病の正体と決意
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101.第八章十二話


 どくん、と胸が大きく脈打つ。嫌な鼓動だ。


「お前は彼の死にドルレアク家が関わっていると知ってから、随分気にしていたそうだな」


 時間が戻る前、解呪を続けていた中で命を落としたテオフィル。

 クーデターに関連する事件そのものとベルティーユは無関係だ。きっかけがベルティーユへの憎しみだとしても、知らぬところでドルレアク家が暗躍していただけのこと。

 当時のベルティーユにとって、テオフィルは会ったことのない他人。それでも、ベルティーユが関連した死だった。ベルティーユがいなければもっと長く生きることができたはずの子だった。

 そのことがずっと、心に残っていた。


 家を出ると決めた時、ラスペード侯爵家や王家に抵抗できる権力を持つ人物だからリュシアーゼルを頼った。けれど、テオフィルを救わなければいけないという気持ちも、ユベールを選んだ理由の一つだった。

 助けることができたと、思っていた。


「魔法によって後から容体が急変するのは魔力持ちが多い。魔法が体内の魔力と反発し、魔力のバランスが崩れ、魔法による干渉が終わったとしても魔力が荒れている状態が続くためだ。制御できれば魔力の流れを通常に戻すことはできるだろうが、非魔法使いは魔力を感じることができないため、魔力制御もできない」


 魔法による一時的な干渉が終われば、体は徐々に回復するものだ。けれど、魔力持ちは違う。

 その話も、ベルティーユが王宮で倒れてから死ぬまでの三日の間に聞いたことがあるのだろう。聞き覚えがあるような気がする。


「解呪はしたようだが、公爵の甥は呪われていた期間が数ヶ月。魔力の流れが荒れるには十分すぎる」


 解呪の魔道具は解呪の効果しかないと思われる。魔道具は魔法使いが表舞台に立っていた時代に作られているものが圧倒的に多く、その頃の人間は魔力に耐性がある。呪いによって不整になった魔力に対してまで考慮しているとは考えにくい。


「魔力持ちでなければただの杞憂で済むが、逆行前、解呪を継続している間に呪いが悪化した彼は魔力持ちの可能性が非常に高い」


 時間が戻る前、ベルティーユが命を落としたことに変わりはない。レアンドルが何かを知っていたとして、話を聞いたところで延命の可能性は低いと思っていた。寿命を延ばしたいわけではなかった。

 それなのに、レアンドルと会おうと――会わなければいけないと、思った。だからこの場を設けた。

 その理由が、これだったのだ。


「確認する方法は……」

「母上の日記のインクは、魔力持ちにしか見えないよう魔力で加工されている」


 つまり、この日記を見せてテオフィルが文字を視認できたら、魔力持ちであると判断していいわけだ。


「薬……進行を遅らせる薬のことも、お兄様は知っているのですよね」


 薬のことで私に連絡をと、レアンドルはそう言っていた。つまり、薬についてもレアンドルには情報があるのだ。

 テオフィルがもし魔力持ちだとしたら、気休めでも薬で多少の時間稼ぎができる。


「あの薬の実態は体内の魔力生成を抑制するもので、魔法関連の書物を調べてあらゆる材料を試して作った」

「作ったって……」

「私が隣国の研究チームと開発した」


 告げられた事実にベルティーユは目を丸くした。


(お兄様が隣国の大学に進学したのは……)


 最初から、薬を作ることが目的だったのだろうか。

 七歳で自身が早世すると知ることになったレアンドルは、常に死を意識した生活を送ってきたはずだ。家族が傷つかなければいいと距離を置いて、実際はどのような気持ちでいたのだろう。


「現時点ではまだ薬に必要な材料が揃っておらず、手配している段階だ。完成したらユベールに送ろう」

「……お願いします」


 いらないと、言えるはずがなかった。


「ユベールは元々、名のある魔法使いの家系だ。何か有力な資料があるかもしれない。後継者やお前の命がかかっているとなれば、まだ婚約者の立場でも機密資料を閲覧させてもらえるだろう」

「そうですね」

「こちらはこちらで研究を進める。成果はお前にも逐一報告しよう。――彼を死なせたくないのなら、抗え」

「……『死にたくないだろう』ではないのですね」

「お前は潔すぎるからな。だが、ユベールはお前の未練になりつつあると見える」


 否定しようとしたけれど、結局言葉にはできなかった。距離を置いていたのに、何年も会っていない期間があったのに、この兄はベルティーユの心理を理解している。


「……私やお兄様に記憶がある理由はなんだと思いますか」

「共通していることといえば、魔力持ちであることぐらいだろう」

「なぜ帰国がこのタイミングだったのです?」

「私が逆行前の記憶を思い出したのは、お前よりも二ヶ月以上も後のことだ」


 だから接触が遅くなったと、そういうことらしい。魔力持ちかどうかはともかく、思い出すタイミングに個人差があるのなら、まだ記憶を持っている者が現れるかもしれない。


「時間が戻った理由は、何か知っていますか」

「――さあな」


 少しだけ、レアンドルの返答が遅かった気がした。


 話が終わり、食事も平らげたレアンドルが帰ると、すぐにリュシアーゼルとシメオンが席までやって来た。


「ベルティーユ、大丈夫だったか?」

「……大丈夫ではあります」


 返事をして、ベルティーユはテーブルに置いたままの日記を手に取る。


「それは?」


 リュシアーゼルに問われて、ベルティーユは答えはせずに日記をリュシアーゼルに渡した。


「中、確認していただけますか?」


 不思議そうにしながらも、リュシアーゼルは日記を開く。


「……何も書かれていないようだが」

「そうですか」


 よかったと、ベルティーユは少しだけ安堵した。





 ユベール公爵邸に戻ったベルティーユは、疲れたからと言って自室に引きこもり、日記を読んでいた。

 確かに文字が書かれているのに、リュシアーゼルには見えていなかった。リュシアーゼルが魔力持ちではなかったことはひとまず安心だ。


「ベルティーユ様」


 家庭教師の授業が終わったのか、テオフィルがベルティーユの部屋に来た。ベルティーユは日記をテーブルに置く。


「遅くなりましたが、お帰りなさい」

「ありがとうございます。テオフィル様も、お勉強お疲れ様でした」

「何を読まれてたんですか?」


 開いたまま置かれている日記をテオフィルが覗く。


「日付から始まってる……誰かの日記ですね」

「……はい」


 見られても問題ないページを開いていた。――テオフィルには、この文字が見えている。

 リュシアーゼルのように、何も書いていないと言ってほしかった。レアンドルの推測どおりだ。


「読んでみますか?」

「うーん、日記はあんまり興味ないです。どなたのですか?」

「知らない人です」

「著名人ではなく?」

「著名人といえば著名人ですね」

「ええー?」


 ベルティーユが微笑むと、テオフィルは首を傾げる。

 元気になったように思う。魔力も自然と元の状態に戻っている可能性はまったくないわけではない。

 それでも、楽観視などできるはずがなかった。


(貴方が死んでしまったら……)


 ベルティーユはきっと、悲しい。

 それに、リュシアーゼルがどれほど絶望するか。


 死に抵抗するつもりはなかった。見つかるかもわからない治療法探しに時間を捧げるより、のんびりとした余生を送るはずだった。

 それはもう、終わりだ。


第八章・終

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