気になる男の子の現状
「うーん、連絡来ないなあ」
あれから一ヶ月、せっかく連絡先を交換したのに一切連絡が来なくて悲しい。結構話してて楽しかったからもっと絡み増やして仲良くしたいんだけどなぁ。
「どうしたの鈴?」
アタシは今借りてるアパートの自室にあるベッドでうつ伏せでいた。そんなアタシの背中に柔らかい物を感じて目線だけ後ろに向ける。するとそこにはアタシの親友である深山零がいる。
「零、胸を押し付けるのやめてよ。貧乳のアタシに対して喧嘩売ってるようにしか思えなくなるから」
「あらそう。鈴のそれも少なからず需要があると思うのだけれど」
そういう奴に一回も出会ったことがねえっての。男なんて大半澪みたいにスタイル良くて胸の大きい女が好きだって決まってんだから。どうせ高橋も澪と会ったら……。
「それはなんか」
嫌だな。うん。猛烈に腹ただしいし凄く嫌だ。
「考え事してるの鈴?」
「うん」
「へぇ。どういう悩み?」
「それは……」
どうしよう? 澪に伝えたら絶対馬鹿にされるな。言い淀むアタシを見て澪はニヤニヤする。
「もしかして男関係?」
「っ」
「やっぱりそうなんだ。ひょっとしてこの前言ってた助けてくれたっていう子?」
見透かされてる。アタシは溜息を吐いて観念する。
「そう」
「へぇ。あの鈴がね?」
「悪いかよ」
「全然。ただ今まで男に興味なさげな態度だったのに急に興味示すからその子どういう子なのかなって思って」
どういう子……か。というか男に興味なさげとかずいぶん失礼だな。
「その、アタシの外見とかで判断しなくて普通に扱ってくれたから」
そう、女の子として見てくれた気がしたから。それにあんな状況で怖いはずなのに高橋は見ず知らずのアタシを助ける為に立ち向かってくれた。嫌でも興味を惹かれる。だからもっと高橋のことを知りたいって思ってしまう。なのに
「連絡先を交換したのに全然送られてこない」
「なるほどね。だから自分から連絡しようかどうしようか迷ってると」
まあ大体そんな感じだよ。アタシはスマホをじっと見つめる。高橋にとってアタシはその程度なのかな。でもアタシから連絡するってなんかそのまま会いたいって間接的に言ってるってことでなんか負けた気がする。
「普通に元気? とかって送ればいいと思うわよ」
「なんか味気なくない?」
「でもそれ以外に打ちようないでしょ。もう一ヶ月も会ってないのに」
アタシはベッドに顔を埋める。確かに澪の言う通りだ。打つ文面としてはそれしかない。でももう少し何か
「もう。ねぇ鈴ここでぐだぐだしてたら折角のチャンスを逃すわよ」
「チャンスって何?」
「貴女どうせその子の前でも強がって男口調でいたんじゃない?」
「うっ」
それは否定出来ない。アタシは極端に初対面の人間や信頼してない人間に対して男口調で接する。そうすれば相手の方からヤバイ奴認定して勝手に離れていくから。
「でもそんな鈴が自分から連絡先を教えた。初対面でしかも男の子に」
そう。アタシから連絡先を交換しようって言ったんだ。それは高橋に興味が湧いて繋がりを持ちたいって思ったから。
「鈴が興味を持てる男の子に出会ったのに行動しないのはもったいないわよ」
そう言って澪がアタシに抱きついてくる。あぁこの子は昔からそうだ。いつだってアタシのことを見てくれる。昔から人と打ち解けられないアタシのことを。
「ちょっと外に出て頭を冷やしてくる」
アタシは抱きついてくる澪をやんわり引き剥がして立ち上がる。
「そう。それなら私もそろそろお暇するわね」
そう言って澪も立ち上がりアタシと一緒に部屋を出る。アパートから出て少しの所で澪と別れた。さてどこに行こうかな。
「あ」
アタシはふとスマホのディスプレイを覗き込む。時刻は15時28分。普通の高校なら授業中か終わってもう帰ってるかこれから帰る頃合い。
「よし」
この前の騒動の場所に行こうかな。もしかしたら高橋に会えるかも。幸いアタシの家からは歩いて10分も掛らない。本当に偶然で会えるかもしれない。アタシは少し心が弾むのを感じながらこの前の騒動の場所に足を動かす。
「着いた」
高橋に助けてもらった場所。そこは大勢の通行人が行き交っていた。一ヶ月前、あの騒動があった時その周りにいた人間は遠巻きに眺めてた。アタシもナンパは何回か受けたことがあったから、いつもみたく軽く躱すつもりで拒絶の言葉を言った。
でも相手は厄介な部類の人間だった。見るからに強気で周りを恐怖で黙らす傲慢なタイプ。腕を掴まれた時は怖くなった。でもあの時は怖いのと同時に諦めていた。
正しいことが正義だって誰かが言ってたけどそんなの嘘。現実はそんな綺麗事では回らない。結局は力で決まるんだ。弱い奴が強い奴に蹂躙され根こそぎ奪われる。それに周りの誰かが困った時その困ってる人との関係性によって助けるか助けないか判断される。
あの騒動の時はアタシのことを知ってる人間は誰一人いなかった。いたとしても首を突っ込まずに静観して嵐が過ぎ去るのを待つはず。人は痛みを怖がる生き物。それが暴力による痛みなら尚の事。
だから誰にも期待してなかったし、アタシも受け入れるしかないって諦めていた。だから
『あ、あの』
あの場で声を掛けてきたのには驚いた。見れば全身震えてるのを我慢してるのか分かった。怖いんだ。なのにどうして。喧嘩が強そうにも見えないのに。彼は逃げろっていってアタシを逃がした。アタシはすぐさま交番に駆け込んで戻った。
戻ったら彼が殴られて怪我を負っていた。あの短時間で相当殴られたのは身体中の怪我からすぐに分かった。アタシはそれを見て胸が苦しくなった。見ず知らずの他人であるアタシのためにここまでしてくれる人がいることが信じられなかった。同時に心の底から
「嬉しかったんだよね」
自然と笑顔になる。アタシは初めて会ったあの時に理解したんだ。この人なら信じられる。この人ならアタシを裏切らないって。はー、ベタ惚れかよアタシ。
「早く会いたいな……裕司に」
ゆっくりと彼の下の名前を口にする。それだけで恥ずかしなってぎゅっと胸が苦しいけど嬉しくなった。これが恋、なのかな。
「あれ? もしかしてアンタ」
その時傍にいた男がアタシの顔をじっと見てそう言った。誰だコイツ。またナンパかと思うとげんなりする。ていうか背丈はアタシより少し高いけど体型がぽっちゃりとしてる。顔は丸顔で普通って感じ。あ、でも体型と相まってゆるキャラみたいで可愛らしいかも。
「なぁアンタ、もしかして裕司に助けられた人か」
「え?」
高橋のことを知ってる? 良く見れば高橋と同じ制服だ。
「そうだけどアンタは?」
「あ、ああ。俺はアイツの幼馴染で松本和樹っていうんだ」
幼馴染か。てことは近くに裕司がいるかも。
「ねぇ――」
「裕司ならもうこの学校にはいねえよ」
聞こうと思っていた内容を先に答えられてしまう。ん? でも今の言い方。
「裕司はもう高校をやめたんだ」
気になる男の子の現状を聞けた。でもそれは決して良いものではないみたい。
「詳しく聞かせろ」
アタシは松本和樹から事情を聞いて怒ることになったのは言うまでもない。