お見舞いに彼女が毎日来る
それからはお見舞いに彼女が毎日来るようになった。晴れの日も雨の日も。もう6月で梅雨入りの時期に関わらずだ。両親がお見舞いに来てるときに宮野さんが来た時は流石に肝を冷やした。
「はじめまして今回の件で裕司君に助けてもらいました宮野鈴ですよろしくお願いします」
そんな僕の思いを知ってか知らずか宮野さんは丁寧にお辞儀をしながら挨拶をする。最初両親は宮野さんの姿を見てひどく驚いていた。当然だ。彼女の姿は胸元を大きく開いたデニムのジャケットに黒のスカート姿。極めつけに肩で切り揃えられた短い髪を白銀に染めているのだから。誰が見たって完璧な不良少女だ。
一瞬両親は僕の方へ視線を寄越した。まあ言いたいことはなんとなく予想できた。こんな子を助けたのかと。しかも今日は平日の午前中だ。高校に通ってるなら授業があるはずなのに居る。それは彼女が高校に通ってない事を簡単に想像させた。
両親は彼女と少し話した後すぐに退室した。
「あー誤解させちゃったかな」
気落ちする宮野さんを見て僕は苦笑する。誤解はした。多分僕が悪い奴と関わってるヤバい奴として。まあ親にはあまり期待をされていないからその誤解は僕にとって嬉しいことだけど。
「気にすることないですよ。それより毎日来てくれますけど良いんですか?」
「うん問題ないよ。それにアタシが来たくて来てるんだから気にしないでよ」
「あぁはい。分かりました」
宮野さんがそこまで言うのなら無理に言わないほうが良いだろうな。
「それよりも」
と彼女は膨れっ面になりながら僕を見る。その目は睨みつけるというより子どものように拗ねてるように見えた。
「この一週間お見舞い来てて思ったんだけどさ、いつまで敬語なの?」
そう言って彼女は僕に抱きついてくる。
「は?」
「は? じゃないわよ。大してアタシと歳変わらないでしょ。アタシが18で高橋が16」
「いやそれよりもその離れてもらえませんかっ」
この人距離感バグって無いか。あの日を境に宮野さんは毎日お見舞いに来て僕と他愛無い話をして過ごしていた。まるで友達のように。けど今の距離感は僕の思う友達のそれではない。寧ろ僕の感覚が狂っているのだろうか?
「あ、ごめん」
僕との距離感の近さに気付いた宮野さんが名残惜しそうに離れる。
「で」
と言って僅かに頬を赤く染めてジト目で訴えかけてくる。
「はい……じゃなくて、分かったよっ」
僕が返事をした瞬間食って掛かりそうな勢いを彼女から感じてタメ口に速攻直す。
「ふぅ。ところで明日なんだっけ退院?」
なんとか機嫌を直してくれた彼女が僕の傍に置いてあった纏められた荷物を見て問いかけてくる。
「うん。この三週間で傷も大分癒えたし身体もある程度は動くようになったから」
これ以上病院に居続けるのは良くない。良く分からないけど、急患とか来たとき病院が満室だったら困るだろうし、僕もここに長居したい理由があるわけでもない。何より学校での授業に大分遅れているからそれを早めに取り返したい。
「そうか」
少し寂しそうな顔をする宮野さん。でもすぐに何かを思いついた彼女は途端に顔を明るくする。
「なぁ、連絡先教えてくれよ」
「え」
唐突な提案に僕は戸惑う。連絡先? 親との連絡先しか持っていない僕に宮野さんは連絡先の交換を求めているのか。固まっている僕を見て彼女の顔が不安そうになる。
「……アタシと交換は嫌か?」
「う、ううん。そんなことないっ」
嫌な訳ないじゃないか。ここまで宮野さんとともに過ごして楽しかったし話も弾んだ。出来ればプライベートでも関わりを持ちたいと思うくらいだ。僕の返答を聞いて彼女が満面の笑みを作る。
「そうかっ。ならこれがアタシのID」
そう言って宮野さんは僕にスマホのディスプレイを向けてくる。
「あー、なにこれ?」
「え、高橋lime知らねーの?」
僕の返答に彼女は目を丸くする。lime……そういえばそういうアプリがあったっけ? メールで打つより手軽でチャットをしてるような感じだと以前テレビで話題になっていた。
「しかたねーな。ほらスマホ出してみ」
そう言われてスマホを手渡すと彼女は手早くlimeのアプリをインストールしてそのアプリを開いた。
「ほらここに個人情報を書き込むんだ」
スマホを手渡されて僕は言われたとおりに個人情報を打ち込んでいく。その間宮野さんは覗き込まないように背を向けていた。別に覗き込んできても怒らないんだけどな。こういうところは律儀なんだよな。
「出来たよ」
「おー。であとは」
と言って彼女は自身のスマホのディスプレイに映し出されたQRコードというものを僕の目の前に持ってくる。そして僕は彼女の指示の元その画面を読み込んだ。読み込み終わった瞬間姫野さんの笑顔が映ったアイコンとhimeと書かれたユーザー名が出てきた。
「これでいつでも連絡が取れるなっ」
と、心の底から嬉しそうに言うととびきりの笑顔を僕に向けてくれた。僕はその顔を見て恥ずかしくなる。ちょっとした機会で関わることになった彼女がまさかそんな顔を不意打ちで向けてくるとは思わなかった。
「じゃあ少し寂しいけど、今日はもう遅いから帰るな」
そう言われて僕は傍に置かれている時計に目を向ける。時計は午後7時を指し示していた。そういえば先程夕飯が配給されていたのだからこの時間になるのも当然だ。
「じゃあな。また連絡するから」
そう言って去っていく彼女に僕は手を振る。そして僕は明日から再び通う学校に思考を傾けて遅れた分頑張るぞと決意する。その学校が僕にとって地獄になると気づかぬままに。