彼女と関わった切っ掛け2
「あれ……こ、こは」
目を覚ましたら僕は知らない場所にいた。だけど天井を見てなんとなくここは病院なんじゃないかと思った。天井にはオタマジャクシのような黒い点線が無数に広がっていた。僕は上体を起こしてみる。身体中の痛みに声があがる。これ骨とか折れてないのかな。不安だ。
「良かった……目が覚めたみたいだな」
声のした方へ目を向けるとそこには男二人に絡まれていた女の子が今にも泣き出しそうな顔をしていた。さっきまでの嫌そうな顔を見ていたからこんな顔も出来るんだと内心驚く。僕の勝手なイメージでは彼女は誰に対しても冷たく接している印象だったから。
「だ、大丈夫です。貴女こそ大丈夫ですか?」
僕は身体中の痛みを必死に堪えて笑顔を作る。
「アタシは大丈夫」
彼女は僕の問に頷きながら答えた。
「どうやら目が覚めたようですね」
彼女の後ろから警官服姿の男が現れる。
「良かった。ちょうど近くを見回りしていた私を見つけて助けを求めてきたんだ」
そうか。あのあと彼女は逃げるのではなく警察を呼びに行っていたのか。僕は彼女に目を向ける。
「ありがとうございます。助けを呼んでくれて」
「お、おう」
素直に感謝の言葉を述べたら彼女は照れくさそうに返してくれた。しかし実際警察を呼んでくれて助かった。あのままだったら僕はもっと殴られてこの程度の傷じゃ済まなかっただろう。
「おいなんで泣いてんだよ」
「え」
彼女に言われて手を頬に触れさせる。そして手のひらを見ると涙で濡れていた。どうやら今頃になってあの時の恐怖を思い出して涙が出たみたいだ。
「本当に怖かった〜っ」
僕は心の底から思った事を大声で発した。胸の中に溜め込んでいた恐怖やストレスを発散するつもりで。
「うんうん怖かっただろうね。見たところ喧嘩に慣れてそうには見えないからな」
「はい」
「ならなんでアタシを助けようとしたんだよ」
彼女の問いかけにしばし考える。理由、か。
「ただ目の前に困ってる人がいたから、ですかね」
僕の答えに彼女が呆れたような顔をする。 僕はそれを見て苦笑する。少しカッコつけたように見えてしまっただろうか?
「うんうん、誰にでも出来る事じゃない。でもちゃんと自分の出来ないことは理解しないとな。今回は私がいたから良かったけど、君はあのままだったら命に関わる大怪我をしていたかもしれないんだぞ」
警官が少し怒ったような顔で諭してくる。でもあのままだったら彼女は僕以上に傷付いていたかもしれない。身体的にも精神的にも。それに比べれば僕なんかどうなったって良い。僕は自分に価値なんてものを見出してなんかいないのだから。
「さて君の傷がある程度回復したら事情聴取をさせてもらうよ。私の名前は佐藤だ。暫くの間宜しくね」
「僕は高橋――高橋裕司です」
「高橋君か……宜しく。では私は他の要件があるから失礼するよ」
そういうと彼は病室を去っていった。部屋には僕と彼女だけが取り残される。
「…………」
暫しの沈黙。二人の間には静寂が生まれ若干居心地が悪い。
「……とう」
「え」
彼女が何かを呟く。でもその声はか細すぎて上手く聞き取れない。
「だからありがとうって言ってんのっ」
彼女は顔を真っ赤にするも今度は大声で感謝の言葉を口にする。
「本当は怖かったんだ。特にアタシの身体をベタベタ触ってきた奴、思い出しただけでも本当ムカつく」
彼女の顔が恐怖を感じた顔から怒りの顔へと変わる。ここまでコロコロと表情を変えるなんて今までこういうタイプの人間と関わったことがないからどう接したら良いのか反応に戸惑う。
「でもえっと……高橋は、さ。喧嘩強くもないのに怖いって思いながらも助けてくれたんだよね。本当に嬉しかったっ」
でも彼女は僕の顔を再度見ると満面の笑みを浮かべてそう言葉を述べた。
「アタシさ、高校中退してこんな成りしてるからよく周りに誤解されるんだよね〜」
それはあるかもしれない。僕も最初見たときはあの二人組のお仲間なのかなって思ったほどだ。それに気が強そうだった。もし同じ学校に通っていたら間違いなく関わっていなかったと思う。
「それにあの場には他の人もいたけど、誰も助けようなんてしなかった。当然だよね、間違いなくさっきみたいに殴り合いになるのが目に見えてたんだから」
そう。いくら綺麗事を述べようがこの世では力のある者が全てだ。法的力を持っている警察がいなければあの二人組みたいな連中は好き勝手に暴れまわるだろう。彼等の見えないところで。
それに誰だって痛いのは嫌だ。そんな面倒事に巻き込まれるくらいなら誰かがやってくれるまで静観を決め込むだろう。
「だから誰も助けてくれないだろうって諦めてたんだ」
その気持ちは少しは分かる。きっと彼女は僕と少し似てるのかもしれない。似た孤独を抱えているのかもしれない。
「そういえばアタシの名前まだ言ってなかったね。アタシの名前は――宮野鈴。これからよろしくね」
そう言って彼女……宮野鈴は手を差し出してくる。僕はその手を取る。
「はいこれからよろしくお願いします。宮野さん」
痛い思いをしたけどその先にあったのがこの宮野さんの笑顔。これを見れたのなら少しは頑張ってよかったとこの時の僕はそう思っていた。