第79話 次のリーダー
ヘルヘイムメンバー全員の命と柊玲奈一人の命、比べるまでもないな。
合理的に考えて柊玲奈一人を犠牲にした方が今後のヘルヘイムのためだ。
ただ、烏孝雄は違うらしい。
氷室相馬の条件に答えを出さない。いや、答えることが出来ないと言った方が正確だろうか。
「あと30秒だ。30秒以内に答えを出さなかったらこいつを殺す。」
氷室相馬はナイフの刃先をさらに押し当て、柊玲奈の首筋からじわりと血がにじむ。
あと1mmでも押し当てたら経静脈を傷つける恐れがある。
そうなれば愛奈の能力を使用しても助からない。
残桜世界を使えばこの状況を打破することが出来るが、あれは俺にとっての奥の手だ。
だから、今は烏孝雄の判断に任せる。
烏孝雄は端末を操作し何かをし始めた。
「何だ、助けでも呼んでるのか?だとしたら無駄だ。ヘルヘイムの主戦力は今、屋内運動施設にいる。俺の能力が無ければどんなに頑張ってもここに到着するのに20分前後。それに、あっちには犠牲の誓いのメンバーが派遣されてるはずだ。」
烏孝雄は氷室相馬の言葉を無視し端末の操作を続ける。
タイムリミットまで残り約15秒を切ったところで烏孝雄が端末の操作を止めたと同時に俺の端末に通知が鳴った。
これを偶然ではないと確信した俺はすぐに端末を開く。
そこにはこう書かれてあった。
—連合への加入推薦—
推薦通知: 烏孝雄があなたのチームを連合加入に推薦しています。
—リーダー権譲渡—
烏孝雄があなたにリーダー権を譲渡することを希望しています。
簡潔に書かれたその通知の意味を理解するのに時間を必要としなかった。
俺は烏孝雄の意図を汲み取り連合に加入し、リーダー権をもらい受けた。
「如月さん、あとはよろしくお願いします。」
「あと5秒、4秒、、3秒・・・・」
残り1秒となったタイミングで氷室相馬の体に異変が起きた。
氷室相馬の首に切り傷が入ると同時に経静脈が傷ついたかのように勢いよく血を吹き出した。
「この能力を使ったのも久しぶりだ。前回は妻と娘を守るために使った。まあ、結局守れなかったが。だが、今回はこの能力で玲奈とヘルヘイムのメンバー全員を救う。」
烏孝雄の能力は見ただけで分かる。
自分の傷を対象に共有する能力。
烏孝雄は懐に忍ばせていたナイフを自分の首に押し当てていた。
確実に助からない。
命を代償にした必殺の攻撃。
先に力尽きたのは烏孝雄だった。
烏孝雄は高齢であったため氷室相馬に比べ血の量が少なく体力もない。
当然と言える。
烏孝雄の目に光はなく、まるで死を感じさせるようだった。
ただ、その表情は満足げでとても幸せそうだ。
「残念だったな。お前も頑張ったと思うが猶予を与え過ぎた。情でも湧いてたのか?」
殺し屋にとって30秒と言う時間は普通の人間の考える時間と異なる。
一見短く感じる時間だがその30秒は無限の可能性を秘めている。
そのことを知っているのが裏の世界で生きてきた人間だ。
そんな時間を氷室相馬は与えた。
傍から見たらただ氷室相馬が俺たちを舐めていたように見えるかもしれないが、きっと本当に情が湧いていたのだろう。
あの時微かだが氷室相馬の表情から俺を止めろという感情が現れていた。
「馬鹿か、情なんか湧くわけ無いだろ、俺は殺し屋だ。お前も殺し屋なら分かるだろ。幼いころに感情を捨てさせられる。そんな俺がこんな奴らに情なんて湧くはずが・・・」
何か思い当たる節があったのか断言できていない。
確かに俺も過去に殺し屋として育てられた時感情を捨てさせられたがそう簡単なものではなかった。
俺以外にも殺し屋候補として育成されていたがほとんどの候補者が感情を捨てることが出来ずにリタイアし廃人と化していた。
そんな事を氷室相馬が出来たとは思えない。
「まあ、今悔いても遅い。どの道お前は死ぬ。」
「そうか、俺は死ぬのか・・・」
もはや意識を繋ぎ止めるのも困難だろう。
氷室相馬は残された力を振り絞り、自分と柊玲奈の端末を操作する。そして、チームリーダーの権利を柊玲奈へと譲渡した。
そして瞼がゆっくりと閉じていき、ついに息絶えた。
俺は柊玲奈の拘束を解く。
柊玲奈は死んだ烏孝雄の元へ駆け寄り涙を流す。
「泣いてる暇はないぞ。お前がここで腐ったままだったら烏孝雄は無駄死にだ。」
心身ともに傷ついている人間に放って良い言葉ではない。
さらに心に傷を負わせる可能性がある。
ただ、このままでは柊玲奈は強くなれない。
烏孝雄は俺にリーダー権を譲渡したが俺はそんな面倒な事するつもりはない。
次ヘルヘイムのリーダーになるにふさわしい人間は柊玲奈しかいないと俺は思っている。
だから、柊玲奈を雪の様に成長させる。
「立て、このホテル内にまだ殺し屋がいる。今もヘルヘイムの非戦闘員を殺しているだろう。お前が動かなければ時期に全滅する。」
柊玲奈は立ち上がり涙を勢いよく払った。
「敵の位置と人数を教えて」
柊玲奈の目には強い意志が宿っているのが分かる。
復讐に燃える感情と誰かを絶対に守るという感情が混在している。
柊玲奈、確実に強くなる。
俺はそう確信した。
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