第76話 訓練
「とりあえず、盗聴器の事は烏さんにも伝えず、この3人の秘密にしておこう。」
「そうね、無いとは思うけど烏さんが内通者の可能性もあるし。」
「じゃあ、私は寝るよ。雪ちゃんも早く来てね」
冬川の瞼は今にも閉じそうだ。
今夜はこれで解散した。
犯人捜しは追々暇なときにでもするとしよう。
翌日モニタールームにて
「皆さんおはようございます。」
やってきたのは烏孝雄。
「おはようございます。何か用ですか?」
「はい。次の襲撃が始まるまでに栗花落さんにヘルヘイム戦闘員の訓練を付けてもらえないかと。」
雪は先の襲撃で一人で4人の殺し屋を撃退することに成功した。
実際は最終的に俺が加勢したが、それでも2人の殺し屋を撃退する実力を身に着けている。
「私が?」
「はい。栗花落さんの実力はヘルヘイムメンバーのほとんどが信用しています。」
判断に困った雪は俺の方へ視線を送った。
今俺たちに出来ることは殆ど無いし、他人に教えるのは自分の為にもなる。
「良いんじゃないか?」
「分かりました。ですが、如月君も同行させます。彼にもある程度実力をつけてもらいたいので。」
「はい。如月さんも一緒に頑張りましょう。」
烏孝雄に案内されたのはホテルから少し離れた場所にある屋内運動施設だった。
屋内といえど面積はかなり大きく姫百合女学院の体育館くらいはありそうだ。
そこに居たのはヘルヘイムの幹部である氷室相馬と柊玲奈、その他にも約10人ほどいる。
「このメンバーがヘルヘイムの主戦力です。本当は戦闘員全員参加させたかったのですが人数が多すぎると効率が悪くなると思いメンバーを絞りました。栗花落さんに教わったことを他の戦闘員に教えようと考えています。」
「分かったわ。けど、あまり期待しないでね、訓練と言ってもかなり地味な事しかしないから。」
こうして雪教官による訓練が始まった。
訓練の内容は俺が雪を指導するときと同じメニューだ。
まずは腕立て伏せ100回×5セット。
雪も最初のうちは腕立て伏せ100回なんてできなかったが、今では軽くこなせるほど成長した。
「弟子の成長は嬉しい」というが本当にその通りだ。
「おい、お前なかなか体力あるじゃねえあ。」
俺が黙々と腕立て伏せをこなしていると隣から声を掛けられた。
見覚えがある、確か昨日俺に話しかけてきた人物。
めんどくさくて対応を雪に押し付けた記憶がある。
「普通だろ。」
烏さんほど高齢でないが確実に俺よりも年上。
それなのになぜか敬語を使う気にはなれなかった。
それは、この男の雰囲気が壁を作らせないのかもしれない。
いや、俺が本能でこの男を見下しているのか?
きっと前者だろう。
「普通って周り見てみろよ。」
男の言われるがまま周囲を見回すと殆どの人間が全500回の腕立て伏せに失敗していた。
現在も腕立て伏せを続けているのは俺と雪、そしてこの男の3人だ。
俺としてはまだまだ余裕はあるがそろそろやめた方が目立たないな。
そう考え、俺は疲れたふりをして、そのまま床に寝転んだ。
「何だ、もうギブアップか?俺はあと50回は行けるな」
黙れ、俺なら後50000回は出来るわ!と言いたいところだがここは男の腕立て伏せを黙った見届けることにしよう。
「久々にいい汗かいたぜ。」
男は雪のメニューである腕立て伏せ100回×5セットをやり切った。
「お疲れ」
「それにしてもあの嬢ちゃんすごいな。俺の2倍くらいの速度で腕立て伏せ500回やりきるなんて」
「そうだな。」
「まあ、お前もなかなかやる方だと思うぜ。お前ら全員あの嬢ちゃんの金魚のフンだと思ってたが認識を改めねえとな。」
口は悪いが悪い奴ではなさそうだ。
もう一度言おう。口は悪い。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は漆間勝義、よろしく」
「俺は如月暁だ。」
「暁か、最近の名前だな。」
「そうかもな。」
メンバー全員の体力が一通り回復するまで休憩時間となっているが、この男と話していると時間が一瞬出過ぎる。
「漆間は何かスポーツとかやってたのか?」
「何故そう思う?」
「一般人にしては筋肉の付き方が尋常じゃない。計画的な筋トレをしていたように感じる。」
スポーツをしていたと言ったが正直その可能性はほぼない。
俺のような筋肉の付き方をしている。
全身バランスよく、しかし一部が突出している。
俺の場合はハムストリング、腓腹筋・ヒラメ筋が主に発達していて、漆間の場合は上腕三頭筋、三角筋、前腕筋が発達している。
これらの部位が異常に発達しているのは殺し屋などの力と俊敏性が求められる職業の特徴。
俺の場合は上手く隠してあるからバレることは無いがこの男は隠していない。
つまり、殺し屋である可能性は低い。
では、考えられるのは一つ。
「ハズレだ。スポーツはやってない。だが、着眼点は良かった。俺は現公安警察。知ってるだろ、アニメとかで有名だしな。」
公安か、俺の予想では自衛隊と思ったが。
「良いのかそんなこと明かして?」
「本当は家族にも公安所属なんて言ったらだめだが今、公安も機能してない。だからいんだよ。それに、暁とは気が合いそうだし。自分の情報を開示するのは相手の好感を高める。」
馬鹿そうに見えるがちゃんと考えているのか。
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