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その90・老人の回想

 どこの家庭でもそろそろ夕食の支度を始める時間帯。

 本格的な営業にはまだまだ早い夕方手前の酒場で、俺とソルティナとナナの場違いな三人組は、一癖ありそうな爺さんを接待していた。



 テーブルを挟んでタダ酒にありついているこの爺さんは、ベンドと名乗った。

 三十を過ぎた時に親から引き継いだ鍛冶屋をずっと営んでいたのだが、それも息子に譲って隠居し、今はこうして悠々自適の身なのだという。

 生まれも育ちもリュムレインであり、骨をうずめるのもリュムレインの予定だと笑って語った。まだ死にそうな雰囲気ではないが、そう見えて季節の変わり目にポックリいくのも年寄りだ。


『で、そろそろ本題に入ったらどうなんだい、爺さんよぉ?』


「そうじゃな」


 ここの店は味付けがしょっぱいが接客はきちんとしてるとか、働いてる姉ちゃんの尻がデカくて目の保養になるだのと、爺さんは聞いてもいないことばかり喋っていたので、黙ってニコニコしながら聞いてたソルティナの目がだんだん細くなってきて危ない領域に突入しかけていた。

 これまでの付き合いでそれを察したナナが、こりゃマズイなと思って急かしたのだ。

 それと、これは重要なことではないが……味付けについてや、目の保養になるという話は、正しかったということを付け加えておく。


「ワシは今年で七十になるんじゃが」


 まあそれくらいの年になるのは顔見た時にわかってたよ。


「確か……十かそこらになった頃にな、ハッソムさんがおかしくなってのう」


 ってことは六十年前か。


「誰なんですか?」


 これがお目当ての話じゃなくて年寄りの思い出話だったら「あーはいはいあのハッソムさんね」と、適当に相槌うって聞き流していたのだが、今回はそうはいかないのでどこの誰なのか尋ねておく。


「当時、リュムレイン一の腕のええ鉱夫でな。『脈動』っていったかの……詳しくはようわからんが、生きもんの脈や地面の下の水脈とかの音を聞き分けるっつうスキルを持ってたそうでな。それでどこに金脈が埋まっとるかまで見極めてたんだとさ」


「そりゃ凄いね。さぞ引っ張りだこだったんじゃないの」


「はは、ところがこの世ってのはそう甘くなくてのう」


 爺さんが木のグラスを呷り、三分の一ほどあった残りのエールを飲み干した。


「おかわりええかい?」


 下手くそなウインクして、悪びれずに追加を要求する爺さん。

 そのふてぶてしさに俺はおかしさがこみあげてきて、笑いながら店員に新しいエールを注文してやった。


「お姉さん、エール追加ね」


 まあ、このくらいの出費なんて痛くもかゆくもない。稼ぎがまだまだ残ってるので金には困ってないしな。はした金で情報を買うと思えば安いもんだ。


「私も果実酒おかわり」


「はいはーい。エールと果実酒ねー」


 間延びする声の女店員さんが注文を聞くと厨房へと消えていった。たぶん二十代そこそこだと思う。爺さんイチ押しの尻の持ち主だ。


「んでな、そのスキルっつうのは、土や岩の中に眠っとるもんの流れは、似通っててわかりづらかったみたいでな。掘ったものの何もなかったり、金銀じゃなくて石炭だったりしたこともあって、そこまで重宝されんかったそうじゃ」


 それでも当てずっぽうや経験則よりはずっと精度が高いので、そこそこ信頼されてはいたと爺さんは語った。


「本人が言うには、『聞き耳』という生まれ持ったスキルを使っとるうちに覚えたんだということじゃ。鉱山や近場の森に魔物が発生したり住みついたりことがたまにあっての。ほっといて数を増やされても困るし、そいつらを駆除するために巣の場所や頭数を探っとるうちに会得したらしい」


『真面目に頑張って働いてたら、花開いたってことかぁ』


「日々の積み重ねの成果ね。まあ、それはどうでもいいとして、そんな努力の人がなんでまたおかしくなったの?」


 果実酒を飲みながらソルティナが尋ねた。

 俺もこいつもまだ酒は早い年齢だが、この程度の酒なら水みたいな感覚で飲んでも許される。それでも酔いつぶれるほど飲めば大人達からお叱りの一つは食らうが。

 何でも程々が一番だ。


「わからん」


「わからんって……おじいちゃんの話って、そこが肝じゃないの?」


「いや、そこも確かに問題じゃろうが、話の本題はそこじゃなくてな」


 爺さんは、グラスを置き、大きく息を吐く。


 今の今までつまみをチビチビ口に運んだりエールを胃袋に流し込んだりしていたニヤケ顔が、スッと真顔に近いものになった。

 テーブルに片肘を乗せて頬杖をつき、眉間に皺を寄せ、爺さんはぼそりぼそりと、本題について語りだした。


「……なにを急に思い立ったのか、ハッソムさんは……………………自宅の地下を掘り始めてのう」


『あ゛ぁ?』


 ナナが低くしゃがれた呆れ声を出した。

 もったいぶっておきながら何普通のこと言ってんだこのクソジジイ。そんな意味が込められたような声だった。


「地下に倉庫か氷室でも作ろうとしたんじゃないの」


 俺はそう言ってはみたが、爺さんの様子からして何かが違うのは明らかだった。


「それもわからん。近寄る気にもならんでな」


 さっきまでの軽快な喋りから一転、爺さんの声に不気味なものが感じられてきた。


「最初はまだ、趣味の範疇かと思っとったわ。それが次第に、暇さえあれば昼夜を問わず黙々と家に籠りだしてのう。裏口から、土だの岩の破片だの乗せた猫車を押して出てきては、庭に中身をぶちまけて、また家の中に戻っての繰り返しでな。ワシも何度か目にしたが、一心不乱とはまさにあのことよ」


 爺さんは知り合いのその姿を思い返して嫌な気分になったのか、かぶりを振ってから、エールをワインのように少しだけ口に含み、話を続けた。


「そのうち採掘の現場にも顔を見せなくなったそうじゃ」


 それもまた本人の自由だし、ほっといてもいいが、やはり話の一つくらいすべきだろうということで、仲の良かった鉱夫たちが気を利かせて様子を見に行ったら、



「知らん! そんなことはどうでもいい! 帰れ、帰らんか!!」



 恐ろしい怪力でツルハシやハンマーを振り回し、威嚇するように──いや、あの目には殺意があったと爺さんは苦々しく語り、残りのエールを一気に流し込んだ。


「ワシは、鉱夫のおっさん達が怯えながら這う這うの体で逃げ去っていくのを、遠目で震えながら見ておったよ。口下手ではあったが、誰にでも優しかったあのハッソムさんが、あんな険しい形相で荒れ狂うとは、想像すらしたことがなかった」


『それで、結局どうなったんだい?』


「もう誰もハッソムさんには関わらなくなったわい。家には、度胸試しの悪ガキすら近よらんかった。たまに雑貨屋や肉屋に買い出しに来ることはあっても、誰ともろくに言葉も交わさず足早に帰ってたそうじゃ。その買い出しも段々と頻度が減っていってな」


 空のグラスを指でつつきながら、爺さんは言葉を切った。


「おかわり頼みますか?」


「……いんや、やめとこう」


 爺さんはグラスの上を手で覆うように隠した。


「数年後には、ハッソムさんは全く姿を見せなくなった。恐ろしいのはそれからよ。もし死んでたなら弔ってやろう。天涯孤独なんだから家族もいないし、同じ鉱夫仲間で金でも出し合って小さい墓でも建ててやればいい。そういうことで何人かでハッソムさんの家に向かったそうじゃが……」


 玄関に鍵がかかっていたので、壊すかどうか迷っていたら、鉱夫の一人が裏口が空いていることに気づいた。そこから中に入ると、奥に進むにつれてなぜか気分が悪くなりだし、そのうち吐き気や目まいがするようになって、よろめきながらやっとの思いで全員逃げ出したのだという。

 その時、先頭を切って入り込んだ男は、廊下に残っている泥だらけの靴跡を追っていたら、床板をほとんど剥がされた居間と、さらにその下に、底が分からないほど真っ暗な大穴がぽっかり空いていたのを見たのだとか。


「よりによって居間って」


 やるにしても、裏手とか台所とかだと思うんだが。普通そんなところに地下室掘らないよなぁ。


「やり方が雑ねぇ。土木作業の現場じゃないんだから」


「そこ気にする?」


『気にすべきなのは家主の正気だろ』


 俺だけでなく、爺さんもその意見に首を縦に振った。ソルティナだけがあっけらかんとしていた。



「……ハッソムさんは、どうなったんかのう……」


 俺達にというより、自分に問うように、爺さんは店員さん達が灯し始めた明かりを見ながら呟いた。

 それは、本当に死んだのかどうかという意味なのか。

 それとも、人ではない何かになって未だに町の下にいるのではないかという意味か。


「その人の家、今もあるんですか」


「いいや、もう残っとらん。誰も住んでおらん家というのは劣化も早いでな。ハッソムさんが姿を消してから、十年持たずに半壊してのう」


 それから数年経った後に、ハッソムさんの親戚の者がその土地を更地にして穴も埋め、新たに家を建てると引っ越してきたのだという。

 が、しばらくすると、家の床下から何かを掘るような音や呻き声が聞こえてきたり、やがて家族の中に体調を崩すものが出てきたため、耐えかねた一家はとうとう新居から逃げるように出て行ったのだそうだ。


「そこから手つかずのままだったんじゃが、二十年ほど前に、その親戚が金に困って土地を家ごと町に売ったらしくてな。手入れもされとらんかったせいであちこちガタのきていた家をぶっ壊した後に小さめの倉庫が建てられて、今もそのままじゃ」


「じゃあ人の出入りも激しいってことですね」


 となると面倒だな……


「いいや、誰もおらんよ。昼でも夜でもな」


 意味深なことを爺さんが言った。


「……元々、ちゃんとした倉庫はあったんじゃがな。屋根や壁の改築で使えなくなってのう。そのため、一時しのぎのために空いた土地に建てたもんでな。急ごしらえなんで、大きさもさほどではない。といっても、その後も使い続ける予定ではあったんじゃろうが」


「予定って……つまり、やっぱり何かあったの?」


 わかってるけどねと言わんばかりの、念押しのようにソルティナが尋ねた。

 聞かなくてもまあ予想はつくがな。


「建てられた当初はまだそうでもなかったらしいがの、荷物を出し入れしとった労働者たちが、次々倒れてな。倉庫の中にしばらくいると、立っていられんくらい具合が悪くなるが、外に出て少し経つと、顔色も戻って元気になるそうでな。それで誰も入りたがらなくなってな、開かずの倉庫になったんじゃ。若造どもはどいつも首をひねっとったが、事情を知っとるワシからすると、さもありなんと言わざるを得んよ」


 爺さんは一気にまくし立てると大きく息を吸って、溜め込んでいた様々な思いを全て出し切るように、長く……そう、とても長く……息を吐いた。


「──ワシが知っとるのは、ここまでじゃ」


「そうですか。……いい話が聞けてよかったです」


「お前さんたちの参考になればええがな」



 それから、一応倉庫の場所を聞いておくと、俺は追加のエールをもう一杯爺さんにおごり、店員にお金を払って二人と共に酒場を後にした。



「話のつじつまが噛み合いだしたな。まだまだ不十分だが」


「そうね」


『ま、わかってねぇ事のほうが多いがよぉ、それでも取っ掛かりはできたなぁ』


 真相には程遠いが、それでも後は実際に行ってみればわかる。

 置き去りにしていた三人娘とこれからの話を詰めるため、俺達は宿へと向かうのだった──

今週は、火曜、木曜、土曜の二時過ぎに投稿します。

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