その9・うきうきダンジョン攻略
大口を開けた巨大な魔物の体内に入っていくような気分になりながら、俺は階段を降りて、人生初となるダンジョン探索へと踏み出した。
なんだろう、楽しいとも爽快とも違う不思議な高揚感がある。中身のわからない箱の中を手探りで確かめるような、謎解きみたいな期待が。
「暗いわね」
「そりゃそうだ」
階下は当然だが明かりなどあるはずもなく、ただ暗闇が広がるのみだ。
俺は別に光がなくとも闇を見通すことができるが、ソルティナやファングはそうもいかない。臭いや音や気配の察知だけでは得られる情報が少なすぎる。
コウモリのように音の反響で周囲を把握したり、壁や地面から伝わる振動を手足で感知することも修練すれば不可能ではないらしいが、困難を力でねじ伏せてきた聖女にそんな器用な真似ができるとも思えない。
「床の揺れを足で感じ取って、何がいるか感知するくらいなら割と簡単にできるんだけど……地形や建築物をそれで調べるのは面倒ね……」
できるんだ。
「輝く道標」
ソルティナがそう呟いた次の瞬間、彼女の頭上に眩い黄金色の魔力球が現れて真っ昼間のように俺達の周囲が明るくなった。
今いる階層の端まで届きそうな勢いの光だ。
「光が苦手な魔物を寄せ付けない効果もあるから便利よ。ただ、わかってると思うけど、こちらの存在をあからさまに教えてるようなものだから気を付けてね」
「言ってるそばからもう来たぞ」
「ぶふっ、ぶひゅう、ぶひゅううぅ……」
太った大男の首だけ豚のそれに付け替えたような魔物が数体現れた。
どいつも大きな骨付き肉みたいな形の棍棒を持っているが、一匹だけなんかの骨を持っているやつがいる。よく見ると首飾りまでつけてるし、もしかして魔法タイプか?
「これってあれだろ、オークってやつだろ。俺は詳しいんだ」
「いや誰でも知ってるでしょ。ゴブリンと同じくらい有名よこいつら。友達がいないシオン君にはわからないのかもしれないけど」
「なんで急にそんなこと言うの」
前触れなく言葉の暴力を駆使されて俺は膝をつきそうになった。
「ま、まあ知名度なんてどうでもいい。そこの骨持ちオーク、そいつは直接攻撃よりも魔術か呪いを使うと思うぞ、気をつけろ」
「それって、あれのこと? ……ぷっ、くふふふふふ……オークがそんな賢い訳ないでしょ。あれは多分『ウマ』よ」
「なんだそれ」
「続きはこいつらを仕留めてから教えてあげる。それとファング、あの骨持ちは必ず仕留めなさい。……それじゃ豚さんハンティングといきましょう!」
「ウォウッ!」
オークで構成されたパーティーが豚肉ばら撒きパーティーになるのに時間はかからなかった。あまりの短期決着に俺の出る幕がなかったくらいだ。
「流石に人型を食うのは嫌だなぁ」
「いざとなれば食べなきゃならないけど、今は別に飢えに苦しんでるわけでもないしね。勿体ないけど放置しておきましょ。まあ、味は豚肉そのものだから悪くないわよ?」
食ったことあるんだ。あるんだ……
「それはともかく、さっき説明の途中だったウマってなんだったんだ」
「あー、そうそう忘れてたわ。ウマって言うのはねー……」
ソルティナの話によると、ダンジョンに出現するモンスターというのは多少の個体差があれど、種族が同じであればだいたい似たような見た目と能力なのだという。
他より頭一つデカイとか、やけに毛深いとか、あってもそのくらいの差異なのだが、たまに宝の持ち腐れみたいな単体が生まれるのだとか。
さっきの骨持ちがその典型で、魔術の素養がないのに高い魔力を有しているだけなのでハッキリ言って単なる固太りのおっさんに過ぎないらしい。しかもその手の変異体は、例外なく、他の同種族より倒したときのメリットが大きいというのだから美味しすぎる。
実際さっきの骨持ちを倒した後のファングは、毛並みがよくなっただけでなく有する魔力の量もなんだか増えたように感じられる。
「そこから『旨味』たっぷりの『魔物』ということで、誰ともなく『ウマ』って呼ぶようになった、というわけよ」
「そんな呼び名が定着するってことは、よくある話なのか?」
下の階へ通じる階段を探しながら、俺は足元に転がっていた石を蹴とばす。
「前世の私が知ってるのは二ヶ所ね。ひとつは帝都の端にあった昔の地下墓地で、ここに出たのは『酔いどれ男爵』と呼ばれていたサーベル持ちのお酒くっさいゾンビね。こいつはさっきの骨持ちみたいに倒した時の能力の上昇率がけっこう高くて、そのうえ、強さ的にはただのゾンビがしぶとくなって武器持ってるって感じだから、駆け出しの冒険者がよく狙っていたわね。手早く強くなるために、無理してこいつの出現する階層まで行っては、めでたくゾンビの仲間入りする話も珍しくなかったんだけど……」
俺が蹴とばした石を、今度はソルティナが本気で蹴り飛ばした。
パンッ
ドスドスと足音をたてて曲がり角から堂々と姿を見せた、頭に角を生やした青肌の人食い鬼──オーガの頭が、その直撃を受けて粉々に吹っ飛んだ。
「よぉし! 命中!」
「やるね」
その場で力なく両膝をつき、噴水のように首から血を噴き出させてオーガの体が痙攣するのを見て、俺は拍手した。
「で。話を戻すけど、もう一ヶ所はリュムレインって町から近い場所にある、砦の跡地ね。ここは自然にゴーレムが生み出される場所らしくて、魔石狩りで一攫千金を狙う冒険者が常に潜ってたわ。彼らの一番のお目当ては、ここのウマである『ダッシュ・ダック』というアヒル型のゴーレムなんだけど、これがまた、人間を見ると一目散に逃げるのよね。しかも常に複数のゴーレムと一緒にいるから、アヒル狩りを優先して手痛い被害を受けることもよくある話だったと聞くわ。運よく狩れれば大型のうえ上質の魔石が手に入るとあっては、そのくらいの危険は誰しも承知の上だったと思うけどね」
「お前はそいつらを狩ったことあんの?」
尖った石を拾いながら、俺は前方から来る気配の主に狙いを定める。
「別にそんなことしなくても私は元々強かったから、上位のモンスターばかり狩ってたわ。アヒルなら生け捕りにしたことあるわよ。それほど速くなかったわね」
俺が投げつけた自分の拳ほどの大きさの石は、真正面の下り階段を登ってきたミノタウロスの胸に命中してそのまま貫通し、階段の向こう側にあった真っ赤な彫像にぶつかったが勢いは衰えず、さらに貫いて背後の壁にめり込んだ。
「ブモゥオッ!?」
「オオオオオオ…………」
胸に開いた大穴を押さえて苦しみもがく牛頭の魔物と動く彫像。なんだか階段を挟んでダンス対決してるみたいだな。
そのまま眺めていたら向こうの彫像──ブラッドスタチューが先に停止し、その後を追うようにミノタウロスが沈黙した。
牛頭はともかく、あっちは魔法生物かゴーレムの類にしてはあっさりしすぎではあるが、死んだふりする知恵があるとは思えないし、多分コアが酷く破損でもしたんだろう。なんか赤い煙吹いてるし。
「これぞ一石二鳥」
「たまたまでしょ」
「ウォン」
お前ら、俺は褒められて伸びるタイプなんだぞ。