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その7・蒼風のリアージュ

 もう駄目だね。


 この連中のソルティナに対する認識は、ただの銀髪美少女ではなく、突然表舞台に現れた若き天才ポーションマスターになっている。

 まだ誰のものでもないカゴの鳥をこのままみすみす解放するはずがない。


「独学でこのレベルのものを作り出すとはね……。そういえば、まだ名前を聞いてなかったけど、よければ教えてくれないかな」


 うーわ、名前聞きだしたよ。

 さっきまで興味ない雰囲気出してたのに一変したわ。お前をガッチリ掴んで離さない気だぞこの姉ちゃん。とんでもない拾い物したって顔してるぞ。

 適当に偽名言っとけよ? 俺より実年齢は上なんだし、そのくらいわかるだろ?



「テ、ティナです」



 俺は額に手をやってうつむくしかなかった。

 なぜ愛称のような偽名を名乗ったんだお前は。素性を隠す気ないんか。


「ティナか。うん。いい名前だね。君によく似合っている。……ああ、名前と言えば、僕も正式な自己紹介をまだしてなかったね。といっても……僕についてよく知ってる君には今更だろうけど」


 コホンとひとつ咳ばらいをすると、蒼風の姉ちゃんが背筋を正して胸に手を当て、ソルティナに向き直った。


「僕はリアージュ・アルドルーク。真帝国のアルドルーク侯爵家の一人娘にして六英傑の一人、蒼風のリアージュと呼ばれている。以後よろしく」


 蒼風の姉ちゃん──リアージュさんはそう自己紹介を終えると、ソルティナに右手を差し出して友好の握手を求めた。


「えーと、その、こちらこそ」


 何かを思案しているような顔で、ソルティナがその手をぎこちなく握り返した。


 後で聞くと、前世の自分を陥れた者たちの中にアルドルーク家の者がいたかどうか記憶を掘り返していたが、特にいなかったので普通に握手したとのことだ。もしいたら、後でそいつを潰すための取っ掛かりとして、これでもかと媚びを売っておくつもりだったのだろう。


 ──にしても、以後、か。

 今後とも長い付き合いになりますねって宣言してるに等しいなこれ。


「そういや、そっちの坊ちゃんは何て名前なんだ?」


 ギムおじさんが世間話感覚で俺に聞いてきた。


「俺はサトーっていいます。こいつとは腐れ縁で」


 謎のポーション少女ティナを指差し、俺は焦ることなくあらかじめ考えておいた偽名を名乗った。




 青々と茂る木々を抜け、ようやく俺達と兵隊御一行は森と平原の境目へと辿り着いた。

 少し離れたところには、俺が生まれるずっと前、帝国がまだ一つだった頃に整備された石畳の街道が見える。あれを西に進めばマードラッド、東に戻ればグラッドだ。

 また魔物に襲われるかと思ったが、どうもさっきの下位ドラゴンが暴れたことで辺り一帯から魔物が脱兎のごとく逃げ出したらしく、何事もなく森から出ることができた。


「もう昼かぁ……」


 まだ時間に余裕はあるから、お日様の出ているうちにマードラッドに着くのは問題ないだろうが、そこからポーションを露店販売して後片付けを済ませて帰るとなると、自宅に着いた頃には真っ暗になっている。

 なので露店を出せそうな場所とポーションの相場だけを確認してさっさと帰るのが正解なのだが、今回は思わぬ助け船が出た。



『今あるポーションを全て買い取りたい。金に糸目はつけない』



 そんな一見すると美味しい提案が、リアージュさんの口から飛び出てきたのだ。


「何が入ってるかわからないのにいいんですか? 大損になりません?」


 急に警戒を解いて太っ腹になったリアージュさんに、流石にソルティナも訝しんだ。


「最初はそう疑っていたけど、あれだけの劇的な効果を生みだしたポーションに混ざり物などあるわけがないよ。門外漢の僕でもそれくらいはわかる。立場上、前に言った通り、一応は調べるけどね。それでも何かあれば、僕が全ての責任を負うさ。君を信じるよ」


「そうですか……そこまで信じてもらえて嬉しいです」


 なにを喜んでるんだよ。

 英傑の地位にいる人間が責任を負うとまで言ってるってことは、お前にその信頼に見合った何かしらの縛りを要求するのは、火を見るより明らかだぞ?

 どんな代価を支払うことになるのかわかったもんじゃないぜ?


「その代わり、今後もポーションの供給を頼みたいんだ。最優先でね。このレベルのポーションが安定して手に入れば、魔物討伐や森のダンジョンの制圧にもかなりの大きな手助けになってくれるからね。それが条件かな?」


「森のダンジョン?」


 俺はつい聞き返してしまった。


「うん、実を言うとさっきのニードルスドラゴン、あれもそのダンジョンから出てきたらしいのさ。マードラッド近辺の村の住人が、たまたま薬草取りをしていたときに森を我が物顔でうろついている姿を目撃してね。それを仕留めるために、偶然滞在していた僕が腕の立つ衛兵を率いて動いたというわけ。村の長老が言うには、いつの時代のものかすらわからない地下遺跡が森の奥にあるって話だから、恐らくそこから這い出てきたんだろうね。見たのは一体だけという話だったんだけど……」


 地下遺跡ね。

 あんなのが地面から湧いてきたわけじゃないってことか。


「んー、安定供給かぁ……。どうしよっか、えっと、シオ……サトーちゃん」


「ま、悪い話じゃないし、契約してもいいと思うけど、決めるのはお前だよ」


 実際、デメリットなど皆無に近い契約ではある。一人で身構えてて損したわ。

 仮に騙していたとしても、いざとなれば力でどうにかすればいいだけのことだ。

 その場合この面子は皆殺しとなるが。


 それに、遺跡というのが気になる。

 自分のお膝元にそんな危険区域があるのは見過ごせない。この姉ちゃんでどうにかできるなら別に丸投げでもいいが、下位とはいえドラゴンが気軽に徒党で外出してくるようなダンジョンを、いくら英傑とはいえ十五の女の子一人とオマケ多数でどうにかできるのか、不安が残る。

 俺とソルティナが暴れて何とかすることも視野に入れておこう。



「わかりました。これも何かの縁ですし、その申し出、有難く乗らせてもらいますね」


「それは良かった。ではマードラッドに着き次第、独占契約の文書を作成するから、それにサインを……」


 なんか怖い単語が聞こえてきたけど聞かなかったことにする。

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