その6・この程度のポーションで驚くのか……レベル低いな
「それじゃ頼むよお嬢ちゃん。あと、俺のことは兵隊さんではなく、ギムと呼んでくれ」
「わかりました、ギムおじさん」
「ぐふっ」
「どうしたの? 心臓に持病でもあるとか?」
「き、気にしなくていいよ。辛い真実を突きつけられただけさ、ははっ」
ギムと名乗る、この爽やかさと軽薄さの中間みたいな兵隊さんの提案に、ソルティナは絶好の機会とばかりにすかさず乗ることにした。
彼女のポーションは、言うまでもなく、これまで一度も生身の人間には使っていない。
なのでこれはガチの人体実験になる。だからこそソルティナも試したいのだろう。
「じゃあ振りかけますね。しみるかもしれませんが我慢して下さい」
とか殊勝なことを言ってるが、早く振りかけたくてウズウズしているのは誰の目にも明らかだった。
「ああ、遠慮なくやってくれ……って、しみるのは嫌だなぁ」
「真帝国の兵卒が情けないことを言うな」
二十歳の半ばを余裕で過ぎてそうな男の泣き言を聞いて、年下の女騎士が叱咤した。
「ほんと、我らが『蒼風のリアージュ』様は厳しいっすねえ……」
リアージュって言うのかこの厳しい姉ちゃん。蒼風っていうのは、さっき見せた属性から付いた異名なんだろう。何のひねりもないそのまんまだ。
けど、なんか聞いたことある二つ名だな。
「蒼風って……ひょっとしてお姉さん、あの六英傑なの? 大陸最強の六人の一人で、単独で三つのダンジョンを制覇した勇者クラスにして、侯爵家の一人娘……ってもしかして、その剣が聖剣エアリアルとか? そうよね、それで合ってるよね」
「合ってるかどうかと言われても……俺はよくわかんないな」
まあ、そんな感じの話を両親が夕食時にしゃべってたような、ないような。
だがそれが本当なら……凄いな、この年上の僕っ子。
「詳しいね」
「ま、まあ、町の人がそんな話してたのを小耳に挟んだだけなんで、別にそんな。そ、それよりポーションを試しましょう!」
途中で横やりを入れて話を逸らそうと思っていたんだが、ソルティナもこれ以上はまずいと判断してスッパリと話を打ち切った。
騎士に任命された姉が帰ってきた時に逸話をじっくり聞かされてたとか、おおむねそんなところだろうし、それを正直に言ったら、姉つながりで素性がバレて親まで話が届きかねない。
わざわざ地元から離れてこっそり商売しようとしてるのにそれじゃ本末転倒だ。
「はい、ポーションかけまーす」
かけた。
「ん……思ったほど、というか別にしみない…………お? なんか、痛みが引いて……」
まさかという顔をして、ギムおじさんが自分の腕の包帯をほどく。
滲んだ血で汚れていた布の下にあったのは、何の痕跡も残っていない肌だった。
「おいおいマジかよ……けっこうな怪我だったのに傷跡すらない。凄いなお嬢ちゃん!」
おじさんの癒された腕を見た蒼風の姉ちゃんが、顎に指をあててうんうんと頷く。
「……ふむ、効果に問題はないようだね。ただ、何が混ぜられているかわからない以上、後で錬金術師にポーションの内容物を調べさせてもらうけど、いいかい?」
「いいですよ。けど、変なものや珍しいものなんて何も入れてないですけどね。じゃあ、本番といきましょうか」
ということで人体実験も終わり、下手に抜くと出血が激しくなるので脇腹にトゲが刺さったままのフレスさん(男性・二十二歳独身)の番となった。
ちなみに安静のためコークスの引いている荷馬車に乗せて運んであげている。
「あれ?」
刺さっている部分がうっすら蒼く光っている。気のせいではない。
「これは『春の息吹』というスキルでね、生命力と耐久力の上昇効果をもたらしているんだ。……これで森を抜けるまでもつとは思うんだけれど……う~ん、僕自身なら余裕なんだけどね……」
それを聞いたソルティナが、納得したとばかりに首を上下に振った。
「あー、本人の持つ力に応じて上昇率が変わるってことですね。この兵隊さんも、もっと強かったらよかったのに」
「ぐふっ」
「治す前にさらに刺してんじゃねーよお前」
「はい、ポーションかけまーす」
さっきも聞いたなこれ。
「…………ん、な、なんだか熱い……? 傷口が、こう、ざわめいて……!? おっ、おおっ、これはっ!?」
困惑しているフレスさんの脇腹から、トゲがグイグイ押し出されていく。
やがて、刺さっている部分が全て抜け、トゲが地面に落ちて鈍い音をさせた時には、もうフレスさんの胴体はきれいさっぱり元通りとなっていた。
「し、信じられない、本当に治るなんて……君はいったい…………」
さっきまでトゲが刺さっていた場所を撫でながら、フレスさんが聖女でも見るかのような目でソルティナを見つめていた。
周りの兵士たちもこの光景を見てざわついている。
「腕や足ならともかくこんな重傷まで治すとか、上級ポーション並じゃないのか……!?」
「嘘だろ、こんな若い子がここまでのポーションを作るとか、聞いたことないぞ。西帝国の上位神官でさえ、十日以上かけてようやく一つ作るのが限界って話だぜ?」
「天才かよ……」
いや、大げさすぎるだろ。
死にかけを完璧に治す程度のポーションだぞ。ここまで騒ぐことか? もしかして、世間に出回っているポーションは品質がよくないのか?
いや、兵士たちの話だと、高位の神官が数多くいる西でもこのレベルのポーションは必死にならないと作れないようだし、これは下手こいたな。水で薄めておけばよかったか。
これはまずいなぁ……兵士だけじゃなくて、蒼風の姉ちゃんまでソルティナを見る目がさっきとまるで変わってるわ。
「驚いたよ。良くて重傷が軽傷になるくらいが限界だと思ってたのに、まさか完治させるとはね。君は……何者なんだい?」
「え、ええと……」
どうしよう、と言わんばかりにこっちを見てくるソルティナに俺は、何とかごまかせ、という目つきで無言の返事をした。伝わるといいがどうかなあ。
「わ、私はですね、最近というか……先月から見よう見まねでポーション作りを始めた、ただの女の子です、はい」
『先月!? 見よう見まね!!???』
俺とソルティナを除くこの場の全員が、目を白黒させて今日イチの驚愕の叫びをあげた。
はいはい終了終了。一番ぼかさないといけないことをハッキリ言っちまった。もう知らね。
強さとしては主人公>聖女>>>英傑です