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その57・笑い上戸なそよ風

おはようございます。

 自然と聖女の気まぐれによって住処を追い出され、こっちにお引越しを目論む鉄甲アリ大家族だが、普通に蹴散らすだけなら特に問題はない。こっちには壊したり殺したりが得意な輩が揃いも揃っている。

 しかし劣勢を悟り、やってられんとばかりに卵抱えられて四方八方に逃げ出されるともうめんどくさいことになる。そのうちの一つでも、後に新たな女王になられでもしたら、また同じことの繰り返しだ。

 魔力分が豊富な大地でなければ女王へと成長することはないらしいが、忘れてはならないのが、この大陸の底の底に満ちる力が、大悪魔の屍から垂れ流された汚い呪いの影響をふんだんに受けているという点だ。

 女王アリになるだけならまだいいが女魔王アリにでも変態されたらどうしようね。俺が口説いて大人しくさせないといかんのかな。


 そんな嫌な役目がこないことを祈りながら、俺は自分が考案した策を最大限生かせるように、細かい話し合いで煮詰めていく。

 かくして執務室の夜は更けていった。


 ナナが眠気に負けてうつらうつらする度に首がずれ、このままだと頭部だけ床に落下して一大事になりかねないので、俺が付き添って宿へ連れてったりと余計な手間もあったが。





 ──そして翌朝。


 予測のつかない不安もあって、いつものように力押しという名の後腐れない解決策を選ぶわけにはいかなくなった、今回のアリ退治。

 俺がどうにか頭をひねって編み出した作戦の鍵となるのは、町の正門前にドンと座ってるサイクロプスゴーレムと、その大きな手に乗っている、災いを退ける大樹と呼ばれし聖女ナナと、ゴーレムリーダーことロードスである。

 俺が知恵絞って苦労する義理もないと思うのだが……ソルティナに任せると行き当たりばったりで解決しようとするから……俺も人のこと言えないけど、ものには限度が……


「上手くいくといいわね」


「理屈では大丈夫だが、あくまで理屈だしな。上手くいかなかったら、あえて引きつけて壁攻めに夢中にさせといてからの反撃で、逃げる隙を与えず一気に全滅させるしかないってリアージュさんは言ってたな」


「どこかの壁に一点集中してくれてたらまとめて片づけられるけど、広く浅く攻められたら、取りこぼしが出そう」


 それは昨夜の話し合いでも焦点の一つになっていた悩みだ。

 最悪、逃げられても仕方がないにしても、その代わり周囲の森や山岳などを探索して、アリの足取りを掴むための山狩りを徹底することでこの話はまとまった。


「やむを得ないさ」


「巣の中に引きこもっててくれたらよかったんだけど、いきなりの噴火で慌てて逃げ出すとか、世の中うまくいかないものね。間の悪いタイミングで目覚めるんだから、あの大きな眠り姫にも困ったものよ。アリどもがポトカではなくこっちに向かってきてくれたのが、せめてもの救いかしら」


「ふん、火山が人間の都合に合わせて暴れるもんかよ」


「言ってみただけよ。愚痴の一つくらいいいでしょ」


 本当のところは人災に近いのだが、それは死んでもソルティナに言えないので、鼻で笑いつつごまかす。思いがけない不幸な出来事だったんだ。誰も悪くなかったんだ……


 言い訳じみた愚痴を心の中にだけこぼし、俺はナナ達を手に持ってのしのしと歩いていく鉄の巨体を見送ることにした。

 あ、ここら一帯の大地が汚染されて、魔物においでおいでする性質へと変わってないか調べてもらうの忘れてたが……あとでいいか。今はアリ退治が先決だ。


『ちょっくら行ってくるぜー』


「おう。ロードスも、ナナのことをくれぐれも頼むぞ」


<善処する>




 ……それから五分後くらいにリアージュさんが来て、段々と小さくなっていくサイクロプスゴーレムの背中を見ると「一足遅かったか」と呟いた。行く前に激励とかしたかったらしい。マメな令嬢さんだな。


「リアージュさんどうもっす」


「これから大一番だっていうのにリラックスしてるようだね。流石というべきかな。……詳しい経緯はメリエレイスさんやアル君から聞いたよ」


「へえ。どんなこと言ってました?」


「属性詐欺もいいところだってね」


「ははは」


 乾いた笑いが勝手に口から出てきた。


「そ、それはそうと、聞く暇なかったから後回しにしてたけど、なんでリアージュさんがこの町に来たのか、よければ教えてもらえないですか?」


「おや、まだ言ってなかったっけ。まあ別に秘密にしておくことじゃないからいいけど」


 この人と面と向かって話すのって初めてだったな。

 貴族っぽくない親しみやすさのある女性で、昔から知ってる近所の頼れるお姉さんって雰囲気だ。誰とでも同じ目線で静かに話してくれる感じがさ。

 ……メッさんのほうは、親切だけど口うるさいおばさんぽいんだよなぁ……


「君、真鉄って知ってるかな? …………へぇ、知ってるんだね、僕が思っていたよりずっと博識のようだ……いやいや、感心してるんだよ?」


 うっすら怪しいが、話が横道にそれそうなのでここは水に流そう。


「その質問で何となく話の先が読めてきましたけど、その真鉄を材料に使った装備品でもここに発注していたってところなんでしょ?」


「ふふ、その通りだよ。賢い子との会話は説明する手間がはぶけて助かるね」


 まあ本当に賢いからね俺。無から生じる知識のおかげで同年代よりずっと知恵がついてる。やっぱわかる人には俺の言葉の端々から滲み出てる知的さが感じ取れるんだな。


「これが伯爵家のあの人だと、先入観で間違った解釈されるからほとほと困る──というのは内緒にしておいてくれないかな。彼女に知られたらしつこく絡まれるからね」


 誰とは言ってないが誰かはわかった。メッさんだ。というかそんなのメッさんしかいない。

 それと……なんか口が滑りやすい人だな、この姉ちゃん。


「昨日のやり取り見てて思ったんですけど、もしかして、メッさんのこと苦手なんですか」


「メッさん?」


「あっ」


 会話のやり取りが滑らかに進むせいで、ついうっかりあの金髪縦ロールさんに対する砕けた呼び方をしてしまった。礼儀がなってないと怒られるか?


「メッさんって、その、ひょっとしてメリエレイスさんのことかい? そっか、そういう略し方も……ふっ。……ま、まあ、ありといえばありかな…………ふっ、ふふふっ」


 不意に笑いの急所を突かれたのか、リアージュさんが、口元を押さえた指と指の間から、隙間風が抜けるような笑いを漏らしている。


「ふふっ、そうか、メッさんか。いや、言われてみればそんな感じもどこか似合って、ふっ、ふふふっ、あはははっ」


 自分で言えば言うほど耐えきれなくなり、リアージュさんの指の結界がついに決壊した。

 ところで、そろそろお気づきの方もいるかと思うが、ソルティナはリアージュさんがこっちに向かって来たのを見た瞬間にこの場から逃走している。

 多分、逃げたついでにナナ達の後を追って、例の地点で隠れてそのまま待機でもするんじゃないか。

 それとファングについてだが、伝令として町で待機させておく。何かあれば俺達の元へ駆けつけて知らせる大事な役目だ。

 コークスは幌馬車……ではなく、大きくて頑丈そうな荷馬車を引いて討伐隊に付いてくることになった。モンバムおじさん達がどうしても持っていきたいものがあるというので、了解したのだ。

 何に使うんだろうな、あの無茶苦茶でかい大鍋。



「あら、どうかなさったの?」


「い、いや、何でもないよ。目にゴミがね」


 目尻に浮かぶ涙を指でぬぐい、リアージュさんが適当にごまかした。


「? まあいいですわ。それより、私達も所定の場所に向かいましょうか」


 そう言ったメッさんとアル坊ちゃんの後ろに、兵士や冒険者や町の人が入り混じった集まりが、思い思いの武装をしてズラリと並んでいた。

 木や革の装備してる奴は…………うわ、昨日注意されたのにまだ持ってるのいるよ……

 もう言っても無駄だからほっとくとして、素人さん達が昨日の指導で少しはものになっていてくれるといいが、それで一人前の戦力になれれば誰も苦労はしないんだよなぁ……

 どうやら自信だけは十二分についたのか、顔つきは誰もが凛々しかったりする。その自信の十二分の一でも実力に反映されればいいのにな。




「さあ皆さん、覚悟と準備はよろしくて? ……などと聞くまでもないですわね。勇ましい方々が集まってくれて、わたくしも心強いですわ。共に勝利を掴みましょう。コホン……では、これより鉄甲アリ迎撃作戦…………開始ですわ!!」




「おおおおお!!」


「やったるぞーーーー!!」


「虫けらがなんぼのもんじゃい! ぶっ潰してくれるわあ!!」



 メッさんの切れ味良い号令に集まった一同が激しく燃え上がる。

 ……いや燃え上がるのはいいけど、まだアリの姿さえ見てないのにそんな興奮してどうすんだ。まさかそのテンションのまま目的地まで行くのか? 嘘だよね?


 そんな俺の心配をよそに、町を出てしばらくすると、一同の熱は割と早めにスン……と静まった。花火みたいな精神してんなこの町の連中って。


「……ナナのやつ、上手くやってればいいんだが」


 しくじって大暴れしてたらどうしようとか思いながら、俺は英傑さん達と並んで討伐隊の先頭に立って予定の場所へとひたすら歩くのだった。

今週は月曜、水曜、金曜の同時刻に投稿します。

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