その52・絶望を砕き散らせ!
『坊ちゃんによる、シオンへのリベンジバトル開幕さ!』
いやあのね。
昨日勝負したばっかで今日また再戦とかおかしいだろ。早すぎるわ。
等とぼやいても、事態は無慈悲にとんとん拍子で進んでいく。
坊ちゃんはナナの宣誓を最初はぽかんとした顔で受け止めていたが、徐々に理解していくにつれ、やがて色めき立ち、挑戦的な目を俺に向けてきた。
君ね、俺に勝てるどころか善戦すら不可能だぞ。昨日の事まるっと忘れたのか?
しかもだ、仮にも英傑であるあの姉ちゃんは、俺が手加減してお前に花を持たせたりしようものなら、きっと……いや、間違いなく見抜くぞ。そんなことになったら、アリ退治同行の件なんぞ白紙になって丸めてゴミ箱にポイやでえ。
どうなっても坊ちゃん的には好転することなど無いんだが、ナナに焚きつけられて血迷ってるとしか思えない。
その焚きつけた本人は『どうよこの名案』という風のドヤ顔をしているので、後で何らかの罰を与えることにしよう。
そして、朝からリュムレイン正門前の広い平原で、俺と坊ちゃんの二回戦が早々に幕を開けちゃったんだな、これが。
平原には二日前にゴーレム軍団と町の腕利きによる激闘が繰り広げられた痕跡が、まだ痛々しく残っている。地面には武器やゴーレムの破片が無数に散らばり、流れた血があちこちを赤黒く染めていた。
そんな現場に、当事者である俺と坊ちゃん、審判役のモンバムおじさん、そして観客としてうちの聖女二名とロードスとファング、英傑姉ちゃんがいる。
どうなってももう知らん。
こっちは死なない程度に叩くから、無様な負け方だけはしないでくれ。そう願う俺であった。
◆
僕は、アルマーナ・ウェスター。
伯爵家の長男であり、六英傑の一角である美麗なるメリエレイスの弟にして、神から『氷』の属性と『勇者』のクラスを授かった、運命に選ばれし者。
その選ばれし自分が、全くといっていいくらい目の前の人物に歯が立たない。
「……くっ、速い! 攻め手に回れない……っ!」
シオンと名乗っていたこの少年が、前回使っていた鉄鞭の真価を見せると、勝負の前にそう言っていた意味を、僕は今、まさに身をもって味わっていた。
彼は勝負が始まってからまだ一歩も動いていない。なのに僕を追い詰めている。
「ぐうっ!」
重く、芯に響いてくる打撃を、家宝の剣で受け止める。
鉄鞭の打撃に用いる部分が、金属でありながらどこまでも長く伸び、何本にも枝分かれして、触手のように自在に襲いかかってくる。
その一本一本の威力は、先日受けたことのある鉄鞭のそれとほぼ大差ない。
たて続けに受け続ければ、腕が痺れて勝負を続けられなくなるだろう。回避できない攻撃以外は、できるだけ避けるかいなすかしないと身が持たない。
「し、しっかりなさい、アル!」
不安そうにオロオロする姉さまの姿に、どうしようもない不甲斐なさを感じる。
勝てないのは承知していたけれど、手の内は前回でだいたいわかっていたので、最初から全力でいけば、善戦くらいはできると思っていたが甘かった。
「えぇいっ!」
避けながら苦し紛れに氷の魔力を放つも、鉄触手の一本に容易く打ち払われる。
しかも、劣勢を打破しようと安易にもがいたその行為は、致命的な隙となって僕に返ってきた。
「隙あり」
「しまっ……!」
死角から迫りくるいくつもの触手を凌ぐのも、限度があった。
背中に強い打撃。
宝剣こそ手から離さなかったが、背後からの一撃を受け、僕の五体は地面へとしたたかに打ちつけられる。後先考えずに動いた代償がこれだ。
「がはっ!」
実際のところ、ダメージはそこまででもない。彼もそこまで本気で打ってきてはいないのかもしれない。それでも並の者なら重傷を負う一撃だけど。
でも、僕はまだ立てる。まだ動ける。
諦めるには、泣き言を言うには、まだ早い。
僕は、勇者なんだから。
「アルッ!」
今まで聞いたことのない、姉さまの悲痛な叫び。
ごめんなさい、姉さま。余計な心配ばかりかける情けない弟で。
「もうおやめなさい! 十分ですわ! これ以上はただの虐待よ!」
審判を務めるドワーフ族の男性が、僕とシオンの間に割って入ってきた。
降参するかどうか確認を取りたいのだろう。
「どうするね? 正直、ワシもあんたの姉さんと同じ意見じゃい」
「当然、続行さ。まだ始まったばかりだしね。ようやく体が温まってきたよ」
僕がそう言うと、髭もじゃの審判はどこか困り顔で、僕達から再び距離を取り出した。
だけど嘘だ。こんなのただのやせ我慢でしかない。
でも、僕は笑ってそう言う。
才能にかまけて自信過剰になっていた自分と決別して、僕は『勇者』のクラス持ちから、自他ともに認める『勇者』になってみせるんだ。
「ここからが本番だよ!」
自分を叱咤するように叫ぶと、僕は余力など考えるのをやめることにして、全身から本気の冷気を惜しみなく放ち、触手の群れを操る少年へ全てをぶつけることにした──
◆
こんにちは。俺の名はシオン。
無の力に選ばれ、無の力を統べる大いなる者にして、一癖も二癖もある聖女たちの世話係でもある、十三歳の元気な男の子だ。
その大いなる自分にどうにか爪痕を残してやろうと、目の前の勇者様が躍起になっている。
なのだが、俺のこのトワイビュートの止めどない連続攻撃に打開策を見いだせず、ついに背後から隙を突かれて地面に倒れ込んでしまった。
しかし諦めない。
「ここからが本番だよ!」
その言葉通り、ここで決めると言わんばかりに、さっきの苦し紛れとは段違いの強烈な冷気の渦が坊ちゃんを中心に巻き起こり始めた。
余裕を持って伸ばしていた鉄の触手が、その寒波によってじわじわ凍りついていく。いや、鉄鞭だけでなく、あたり一帯が白に包まれだした。
戦場跡が氷の世界へと変貌していく。
俺は霜を纏いだした鉄鞭を元の形へと戻し、いったい何が始まるのか待ってみることにした。
「こりゃあイカンわい!」
危機感を感じたモンバムおじさんが冷やしドワーフにされるのを恐れ、逃げるように慌てて離れていく。
「人間相手に、これを使うことになるとは思わなかったけど、もう戦い方を選んでられる立場じゃないしね……」
坊ちゃんの手元にある剣が冷気の渦を飲み込むように吸い上げ、次第に、眩いほどの白銀の輝きに彩られていく。
「──零極剣」
全てを凍りつかせる氷の魔力。その極みのような刃が、ここに誕生した。
「成程ね。こんな大技を使えるってんなら、自信過剰になるのもそりゃわかるな」
『へぇ、あんな奥の手を持ってたのかよ。こりゃ驚きだ』
「才能と属性の合わせ技の極みね。彼の言う通り、人間に用いるには少々やり過ぎな技だわ」
「あれが少々ってレベルですって!? あ、貴女たち、なぜそんな落ち着いて観戦できるの……!?」
人前で使うのは初めてだったのか、ソルティナ達は当然として、親しい身内である英傑姉さんまでもが坊ちゃんの切り札に驚愕している。
「……これを目の当たりにしても、その態度か。つくづく恐ろしいね、君という存在は」
もっと凄くて酷い暴力的な奇跡をこれまで見てきたからな。そのくらいじゃビクともしないぞ。
「恐縮っす」
「底がはかり知れない存在である君に勝てるかどうか、とても疑わしいけど、それでも僕は挑むよ。絶望すら凍りつかせ、砕き散らすこの剣をもってね」
「俺は絶望の化身かなんかですか」
「僕からしたら似たようなものだよ」
じゃあ、俺も絶望らしく、本当の恐怖というものを骨の髄まで教えてやるか。
今週は、月曜、水曜、金曜の同時刻に投稿します。




