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その5・いざ、出張販売

 クレセントウルフの成長は早い。

 ほとんど子犬だったファングも出会って二か月経った今では成犬サイズになり、元気に野山を飛び回ったり、口から電撃を吐いたり、動きを封じる視線を用いたり、兎どころか猪や鹿まで余裕綽々で狩ったりしている。

 ソルティナの両親に『もしかして魔物じゃね?』と疑われる日も近いだろう。

 そうなった場合は例の秘密基地の番犬になってもらうか。


 それはさておき。


 ソルティナが曖昧な記憶を頼りに作ったポーションの数々だが、どこでどうやって売ればいいものかわからず、二人して途方に暮れていた。

 まず、素性のわからない者がどんな材料でいかなる製法をしたのか、何もかも不明なものを金出して使いたい奴なんてそうそういない。今すぐ使わないと死ぬってくらい切羽詰まっているならともかく。

 相場については、まあ、そこらの薬屋や神殿にでも冷やかしに行けばわかるから問題ない。


「まずは別の町に行ってそこの薬屋にお試しで置いてもらうか、もしくは路上で販売するか……という感じか。地元だとお前の両親に見つかるからな」


「それは困るわね。役立たずが金の生る木だとわかったら、絶対に私のことを手元から離さずに酷使するのは目に見えてるし」


「となると、森を挟んで向こう側にある、西のマードラッドか、川沿いに南東へ向かった先のパリオンのどちらかだな」


「ならマードラッド一択ね。地元との交流も深いパリオンと違って、危険な森を超えてまであの町に行く人はあまりいないでしょうし。顔見知りに会う可能性が薄いほうがいいわ」


 そうと決まれば後の行動は迅速だった。

 翌日の早朝、人さらい二人組が残してくれた荷馬車に、比較的きれいな瓶に入れたポーションや敷き物や鞄、実演用の蛇などを載せ、マードラッドへと出発する。

 俺は自分用に短く切り詰めた安物マントをいつもの衣服の上から羽織り、ソルティナは素性を隠すことを優先したのか、いつものワンピースではなく長袖にズボン、さらに帽子と子供用のケープで別人を装っていた。


 朝から晩まで出かけるにあたり、最近『遊び歩いてないで家の手伝いやれ』とボヤいていた俺の両親に、でかい籠に山盛りにした質のいい薬草と遊びでファングと競って狩りしたときの猪を一匹、


「ドヤァ……」


 と見せたら、無茶しすぎだ馬鹿と怒られたが、これでしばらくは何も言われないだろう。


 ソルティナのほうは、放任というか、出来のいい長女がいるからお前は成人するまで好きにしてるといいという感じらしい。

 長女のティエルは去年、見習いを経て、なんと女性で最年少の騎士に任命されたというし、そりゃ親も余裕だよな。エリートルート一直線な娘が町に凱旋したときのソルティナの両親の鼻高々な顔といったらなかった。


 汚かった馬も、ソルティナが毎日世話していた甲斐があってそれなりに小ぎれいな見た目になったし、長旅や重い荷物にも耐えられるように薬草を混ぜて活力増強の祈り(ムシャムシャしたらムキムキになりますように~~)を捧げられた飼い葉を食わせていた効果は覿面で、体格が異様に良くなっている。

 そこらの軍馬が裸足で逃げだす筋量と威圧感だ。

 息をするたびに鼻から蒸気のような煙を吹いているのは……まあ、元気な証拠ということで。

 それと名前だが、体内で石炭でも燃やしてるのかってくらいの鼻息にちなんで、コークスと名付けることにした。


「人のこと言えないくらい適当なネーミングね」


「こういうのは直感でつけるべきなんだよ。ひねるとろくなことにならない」




 途中、何度か野性の獣や魔物に遭遇することはあったが、言うまでもなく難なく切り抜けた。

 一度コークスがどれだけ戦えるか試してみたのだが、ゴブリンの群れを体当たりで蹴散らし、鉄のように丈夫になった蹄で踏みつぶしまくってあっという間に壊滅させた。

 あの平凡な馬がかなり強くなっている。

 そう満足していたとき、コークスが逃げようとしたゴブリンに燃える硫黄のような炎を吐いて焼き尽くしたのは、俺もソルティナも見なかったことにした。




「……中間を超えたし、あと三分の一ってくらいだな……」


 やはりこの広い森を迂回せずに突っ切るのは早い。ほんとに早い。普通なら向こうに着くまで丸一日はかかるところだが、このままだとお昼前にマードラッドに着きそうだ。


「お留守番してるファングに、なにかお土産でも買ってきてあげないとね」


「それはポーションの売れ行き次第だな………………おや?」


 

 ガキィン、キィン……!

 

 グァウルルルルル!!



「この音って……?」


 はい、遠くから物騒な音が聞こえてきますねえ……もしかして、誰かが何かと戦ってる真っ最中? それも、二ヶ所ときた。


「……シオン」


「わかってるよ。おいコークス、俺達は先に向かうからお前は後から来い……って待てっつーのソルティナ!」


 荒ぶる聖女の血が騒いだのか、近いほうの音の方向へと駆けだすソルティナ。

 俺はコークスに一声かけてから、その背中を追いかけることにした。

 森の中央に戻ることになるんだがな……




「あらら、死屍累々ね……って、まだ息があるみたいね、運のいいこと」


「こっちはまだ終わってないようだな」


 そこそこ広めの、穏やかな草原。

 その雰囲気をぶち壊すように、巨大な怪物と兵隊が対峙していた。

 戦意衰えず武器を構える者もいれば、倒れ伏し、血を流してうめき声をあげている者もいる。倒れている兵士のものと思われる槍や剣が、何本も散らばっていた。

 よく見ると、兵士の体や地面のあちこちに、長い石槍のようなものが刺さっている。


「チャンスね。ここでこの人達に私のポーションを使って売りこみましょう。都合よく死にかけてくれてて助かるわ」


 人の心とかないんか?


「商売熱心なのはいいけどさ、アレほったらかしにしていいのか?」


 俺が指を刺す先にいたのは──嘘だろと思ったが、やっぱりどっからどう見てもドラゴンだった。

 四足歩行。体長は五メートルほどで、全身が緑色の鱗でびっしり覆われている。……あれだね、思ってたより小ぶりだね。

 爪と牙と角と尻尾があり、翼はない。その代わりなのか、背中にはビッシリと

鋭く長いトゲが生えていた。

 もしかしなくても、これが謎の石槍の正体なのだろう。


「ニードルスドラゴン……まあ、魔法も使えないしブレスも吐けない、ドラゴンでも下位の下位ね。たいした魔物じゃないわ。一流の剣士ならお遊び感覚で仕留められる程度よ。二流でも数人でかかればどうにでもなるわ。トゲを飛ばすのが多少鬱陶しいけど……鱗が緑ってことは、毒無しね」


 前世で戦った経験があるのか、ソルティナがつまらなそうにわかりやすく解説してくれた。


「こんなのいたんだな、この森」


 俺達がいない時にこいつがグラッドの町に来てたら大変なことになってただろうな。


「ひょっとしたら森のどこかに未発見のダンジョンでもあって、そこからのしのし這い出てきたのかもね」


 とか言ってる間にドラゴンは俺達を最大の敵とみなしたのか、こちらを向くと犬猫がやる『伸び』のポーズみたいに頭を低くして腰を上げ、いかにも背中のこれを撃ちますよという体勢を取り出した。



 バシュシュシュシュ!!



 どういう原理かわからないが、ドラゴンの背中から無数のトゲが発射される。

 撃つと思ったがやっぱり撃ってきやがった。


 おーい、さっさと俺達を守ってくれよー。()()()()()()()()わかってんだからさー。



「堅牢なる風よ!」



 上空から聞こえてきた若い女性の声と共に、蒼く光る風が俺とソルティナの前に吹き荒れ、ドラゴンのトゲを一本残らず弾いた。

 強い気力の持ち主がこっちにすっ飛んできてるのを肌で感じていたが、やっと間に合ったか。


「こちらにもいたとはね……遅れてすまない。向こうに三匹もいたんで少し手間取ったよ」


 そう詫びて蒼い風をまといながら地上に降り立ったのは、肩まで伸ばした金髪を煌めかせた、クールそうな一人の女騎士だった。

 年齢は俺やソルティナより何歳か上というところか。十五~十六という感じだ。

 その手には、聖なる力を宿している純白の剣が握られていた。


「それと、そこの見知らぬ二人……話はあとで聞くとして、今は木の陰にでも隠れているんだね。その年でまだ死の河は渡りたくないだろう? せっかく助かった命だ、大事にするといい」


 言い終わった直後、女騎士は俊敏な動きで瞬く間に間合いを詰め、その速度に対応できていないドラゴンの頭部めがけ、叩き割るように聖剣を振り落とした。



 白き雷鳴のような激しい一撃。



「ギュゴェエエ……!」


 もう一度トゲを放とうとするよりも先に頭を左右に分断され、さすがのドラゴンも一分くらいのたうち回りながらトゲを乱発したものの、やがて動きを止めて痙攣し、静かになった。




 念のため何度も槍で刺してドラゴンの死亡を確認し、別の場所にいた兵隊たちが女騎士に遅れてようやく駆け付けた後、おっとりとコークスがやってきた。


「……脇腹のこれは、下手に抜かないほうがいい。森の外まで運んで、そこで神官か救護部隊を待つべきだ。そこまで生きていられるかどうかは……母なるマイアナ神に祈ろう」


「た、隊長、そんなに信心深くないんですよ、俺……」


「喋らないで。ほんの少しの元気でも無駄にするんじゃない。僕も祈ってあげるから」


 何人もぶっ倒れていた割には重傷なのは一人だけだった。いい鎧着てたってことかな。


「……ちょっといいですか」


 それとない言動から察するに、この中で一番地位が高いと思われる、隊長と呼ばれている若い女騎士へソルティナが話しかけた。


「なんだい?」


「そちらの兵隊さんに、これ使ってください。きっと効果ありますよ、劇的にね」


「……君が作ったの? 本当にこれを?」


「はい」


 ガラス瓶の中で青く光る液体──ポーションを差し出し、満面の笑みでソルティナが答えた。


「正式な薬師でもない、かといって神官でもない、子供の君が作ったものを大怪我している者に使えというのかい? それはできない相談だね。僕としては、どうしても首を縦には触れないな」


 あんたも子供だろ。俺達といい勝負じゃん。


「効き目ならとっくに試してるんで問題ないですよ」


「安全面がね……」


「隊長、それなら俺で試したらどうですか? 元気ならありあまってますしね。それに、ヤバイものを入れるようなタチの悪い子には見えないし」


 静かに話を聞いていた一人の兵士が二人の会話に挟まると、ニカッと笑い、袖をまくりあげて包帯を巻いた腕を見せた。


「話がわかるねお兄さん! 性格も表情もガチガチなこっちのお姉さんとは違うなぁ!」



 女騎士さんがソルティナと兵士をギロッと睨みつける。

 兵士のほうはさっきまでの軽さが嘘のように固まったが、ソルティナはどこ吹く風だった。

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