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その42・暴力的な振り子

「……静かね」


『なんもいねーなぁ』


 入口から瘴気や邪悪な魔力などは全く漏れ出ていなかったので、危険など無いのはわかりきっていたものの、それでもダンジョンに入った時のお約束として、気配を探ってはみたが何も引っかかることはなかった。


「拍子抜けだな」


 出入り自由になってるし、少しは雑魚が巣くってるかと思ったが、ゴブリンの一匹さえもいない。静かすぎるくらい静かだ。


「これ、魔物除けの魔法でもかけてあるのかもしれないわね。仮にも不死の王の隠し拠点だし、弱い魔物どもに寄って来られて巣にでもされたら、冒険者のヒヨコたちがちょっとした腕試し感覚でチャレンジしてくることもありえるもの」


 運が悪い奴はそこでしくじって人生終わるんだよな。


「探索が快適で助かるから、そこはありがたい」


『けっ、あんな野郎に俺ぁ感謝なんざしたくねーな』


「さらに付け加えるとね、さっきの封鎖されていた場所には元々、鉄格子がはめられていたわ。あれを打ち破ってまでこんな捨てられた廃坑の中に入ろうという者は、ま、いなかったでしょうね。実際、かつての私が引き千切るまであの鉄格子は無傷だったし」


 さっきの板や鎖の残骸の中に、場違いな、牢屋のパーツみたいな鉄くずが転がっていたが、もしかしてそれが鉄格子の成れの果てだったのかな。


「二回もここに足を運ぶなんてねえ……わからないものだわ」


「お前が一度探索済みだからトラップを警戒する必要もないし、楽といえば楽で助かる」


『だけどよぉ、盛り上がりが無さ過ぎて、ちと物足りねーがなぁ』



 ナナの首だけが、俺のそばで好戦的にぼやいた。

 ここに足を踏み入れた直後に分離したのだ。



『最近、ずっとくっ付けっ放しだったもんだからよぉ、たまにはこうして羽を伸ばさねーとなぁ』


 俺の顔の近くをふよふよと漂いながら、スッキリ爽やかな笑顔を見せる聖女の生首。その胴体はというと、肩を押さえながら腕をグルグル回したり、腰を横にひねったりと、長時間同じ姿勢を取った後のおっさんみたいな動きをしていた。

 ……死んでるからちょっとしたことでも体がマジで固くなるのだろうか。


「あら、アンデッドになっても体をほぐしたりするのね。それとも死後硬直でも今更きたとか?」


『うっせーな、解放感からついやっちまうんだよ』


「解放感って……前も言ってたが、もうそれが自然体なんだな……」


『おうよ。別にさぁ、肩がこったとか腰が痛てえってんでもねぇけどよ、気分の問題だな。精神的にほぐれるというか、気が楽になるっつーかなぁ』


 アンデッドになった今でも、生きていた時の習慣や癖に囚われてるんだなあ。


「物足りないといえば、ここもそうだな」


 俺はぐるりと一回転して、この広間らしき場所を見渡した。



「見事なくらい、値打ちのありそうな品物が何もない。あるのは忘れ去られたゴミだけだ」



 骨董の知識がないのでよくわからないが、なんか高価そうに見える壺が割れて転がってたり、他にはボロボロの羊皮紙やフラスコの破片が散らばるテーブルが二つほどあったりするくらいで、欲しいと思わせる魅力が全く感じられない。


「十五年前もこんなものだったわよ。そこにもう一つテーブルがあってね。その上に、不死の王の日記が無造作に置かれていたの」


 ナナのすぐ横の何もない場所を指差して、ソルティナがそう言った。


『今はもうねぇみたいだがよぉ、もしかして、持ち帰って売りさばいたんか?』


「………………私の仲間に、パメラって魔術師がいてね、これがまたドジっ子で」


 過去を懐かしんでいるのか、天地がひっくり返っても普段は絶対にすることのない悲痛そうな笑顔で、ソルティナが言葉を区切った。


「日記を見つけて、大喜びで駆け寄った時に、なぜか何もないところで足をつまづいてそのままの勢いでテーブルへダイビングよ。あの日記が丈夫な材質でできていて本当に良かったわ。ええ、本当にね」


『おっ、確かによぉ、テーブルの足みてぇなもんが転がってるわ』


 ソルティナがわずかに眉間に皺を寄せた。多分、パメラって姉ちゃんはその失態で、こいつに大目玉を食らわせられたんだろうな……


『で、その日記とやらに、あのクソ国王の根城の場所が記されてたってわけか』


「記されていたというか、大陸の地下に澱む負の力が溜まり込む絶好の場所を見つけたかもしれないから、そこに一大迷宮を掘ろう、くらいの楽観的な殴り書きね。日記といえば聞こえはいいけど厚めのメモ帳みたいなものよ」


 だからこそ処分されず、ほったらかしにされてたわけだ。


「ダンジョンも立地って大事なんだな。……しかし、本当に何もないな」


「荒らされた形跡もないのよね……。いやまあ、最初からこんな感じだったから、荒らされてたとしても、どこをどうやられたか判別できないんだけど……」


「『盗賊』のクラスか鑑定スキル持ちでもでもいればな」


 街中でも野外でも活躍の機会があってけっこう便利らしいけど、せっかく天から与えられたクラスが犯罪者ってのも、気分的に嫌なものかもしれない。自分なら嫌だな。


『ひひ、もしかしてよぉ、お前の仲間だったっつー女も、来たはいいが無駄骨でスゴスゴ帰っちまってたかもしれねぇぜ?』


「それならそれで良しとしましょう」


 からかってくるナナを軽くあしらい、ソルティナはあちこちの岩壁に耳を密着させて拳でノックしている。こうやって向こうに空間がないかどうか、音の反響具合で確かめているのだという。


 俺も真似してみよう。


 コツとかわかんないし本当にただの真似でしかないが、まずは形から入るべし。


 コン、コンッ……


「む~…………」


 コンコンコンッ


「やっぱわかんねえ」


 と、諦めかけていたその時。



「ん? なんかあるぞ。これだけ手触りが違うような……」



 ざらざらした岩壁の隙間に、やけにすべすべした感触の石がはまっていた。これってあれだろ、この石を動かしたり押したりしたら壁が動いて秘密のお部屋が御開帳とか、そんなのじゃないか?


「おい二人とも──」


「……あったわ! ねえシオン、見つけたわよ!」


 いやこっちにもあるんだが。つーかこっちが本命だと思うんだけどさ。

 それとソルティナは人を呼んどいてどこにいったんだ。いないぞあの女。

 声の聞こえてきた方向もなんか変だった気もするが……


「こっちこっち」


 頭上から聞き覚えのある声がした。

 まさか。


「ここよ」


 見上げると、そこには、天井にペタリとへばりつく銀髪の美少女がいた。


『……聖女じゃなくて、ヤモリの転生なんじゃねぇのかコイツ』


「言うならもっと褒めてる言い回しにしてやってくれ。でないとまた不機嫌になる」


「それじゃこじ開けるわね」


「いや待て、俺の方に鍵となるものが──」


「むんっ!」



 ソルティナは俺の静止など耳に入ってないのか、両手を天井に接着したままの体勢で振り子のように反動をつけ、右足で天井を蹴り上げた。

 ビシイィッという、頑丈なものが割れるときの音が響き、天井の一部に大きくヒビが入っていく。いつもの力技である。


「いい感じね!」


 機嫌がいいのは助かるが、ここが廃坑の中ということを忘れてないかお前。自分が乗ってる船の底を槍で突っついてるようなもんだぞ。



「なあ、ナナ」


『あぁん?』


「お前がさっき、もし生き埋めになったら助けてやるって言ってたの、しつこいって内心で思ってごめんな。あいつとつるんでたら普通にありえる話だったわ」


『気にすんなよ』


 暴力的な振り子と化したソルティナをよそに、謝罪で気をよくしたのか、猫が懐くように頭だけのナナが俺の頬に自分の頬をすり寄せてきた。

今週は、水曜、金曜、日曜の同時刻に投稿します。

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