その4・ポーションを作ります
「今日からポーションを作ります」
何の脈絡もなくソルティナが年齢に見合った──いや、控えめか──サイズの胸を反らせ、偉そうに宣言した。反らせたことで起伏が「控えめ」から「まずまず」になった。
「知り合いに怪我人でも出たのか」
「そういう事じゃなくてね、聖女ってポーション作るのもお仕事の一つだったのよ。前世の私は神聖魔法と暴力を主に行使してたんだけど、今となってはその必要もないし、だったら新しいことにチャレンジしようかと思って」
「ポーション作りなんて薬屋とか錬金術師のやることだと思ってたわ」
「それも間違ってはいないけど、秘薬や霊薬ならともかく、聖女の力が込められたポーションは他と比べて回復効果がケタ違いなのよ。だから、今のうちに効率いい作り方を編み出したり、よそで売りさばいてお金を貯めたりしておきたいのよね」
まだ慌てるような歳でもないだろと思ったが、ソルティナが言うには、あの両親の元にいてもどうせ小金持ちや三流貴族に身売りに近い形で嫁に出されるのが関の山だから、その前にさっさと町を出て自立したいということだった。
そうじゃなくても、実の娘を中身のない出来損ないとだと断じて冷遇してくるような連中は、親と思うことはもうできなくなったらしい。
「前世といい今世といい、どうしてこうも親に恵まれないのかなぁ」
はあ……と溜め息をつくソルティナ。
「気の利いた冗談や優しい気休めとかいる?」
「いらない。見た目通りの小娘ならともかく、私はこれでも黎明の聖女よ? 世の中の世知辛さや無常さなんてとっくに知り尽くしてるわ」
口の端を上げて皮肉げに笑うソルティナに、俺も同じ笑みを返した。顔見知りに処刑されかけた奴の言うことは一味違うな。
ということで俺達の秘密基地はポーション製作所を兼ねることとなった。
割のいい小遣い稼ぎと考えれば、彼女を手伝うのもやぶさかではない。
問題は、いくら伝説の聖女とはいえド素人に毛が生えた程度のソルティナが、まともなポーションを作れるのかどうかという点だ。
製作過程でしくじって爆発とかやめてくれよ。俺達は大丈夫でもファングが焼きファングになったら悲惨だろ。
「まずは森から採取してきた薬草を、たしか、最初にすり潰します。そのはずです」
ソルティナが拾ってきた作業台の上にすり鉢を置き、数種の薬草を入れ、迷いながらすりこぎを動かす。
……いや、初手から迷うなよ…………つーか、そこ迷うところか?
「はい、すり潰しました。で、次に、水を混ぜるんですが……ここが難しい。聖なる力を込めてまぜるのか、それともただ混ぜるのか、他に混ぜるものがあるのか。謎が謎を呼びますね」
「全部試せばいいだろ」
「名案ですね」
「……はい、とりあえず三パターンできました。果たしてどれが正解なのか、それは今となっては私にはわかりません」
聖なる力入り薬草水。
ただの薬草水。
低品質の魔石(人さらいたちの遺品)を砕いた粉入り薬草水。
「これで終わり……ではないんだろ?」
「その通り、ここから最後の仕上げがあります。これをよく煮詰めるのです。それで世間一般でいうところのポーションとなる……のではないかと思います」
さっきから何一つ断言できてない。
お前、よくこの調子でポーション職人目指そうと思ったな。
「みんなが癒されますように~~、いつでも癒されますように~~」
変な祈りをあげながらソルティナが薬草水を煮詰めていく。匂いは……うん、薬草くさい。
「どこでも癒されますように~~、死んでも癒されますように~~」
祈りのせいなのか、作り方が正しかったのか、煮詰まっていくにつれて薬草水の濁りがなくなっていき、キラキラとした青い光を放つようになってきた。
これがポーションだと言われたらまあ納得してしまう見た目である。
「見よう見真似のうろ覚えでしたが、どうにか形になりました。黎明の聖女流ポーション、三種類……完成です!」
ウォオオオオォォーーーーーン、とファングが祝うように吠えた。空気の読める魔獣だ。
「完成したのはいいけど効果がどのくらいあるかわからんし、実際に試してみようか」
失敗とは別の意味で不安があるんだよな……効きすぎるかもしれないという不安が。
どう試すのかというと、やはり生き物に使わなければ分かるわけがないので、食料にするため森で数匹捕まえていた蛇に実験台になってもらうことにする。
尻尾のほうから数センチ切り落とし、ポーションを垂らしてから断面をくっつけて様子を見るということを、三度繰り返す。すまんな蛇さん。
その結果、聖なるポーション、薬草ポーション、魔石ポーションのいずれも断面がきれいにくっつき元通りとなった。
「おー、手探りで作ったわりにはいい出来ね。さすがは私」
「まあ言うだけのことはあるな。じゃあこの調子でどこまで治せるかやってみよう」
今度はちょうど半分、人間でいう胴体あたりか? ……まあその辺から二つに切ってみる。本当にすまんな蛇さん。
でもこれもポーションを求める人々のためなんだ……
「……時間差はあったが、どれも見事にくっついたな」
「自分の才能が少しだけ怖くなってきたわ」
こうなったらいけるところまでいこう。
処刑場と化したまな板の上でかわいそうな蛇の首を落とし、死んだのを確認してからこれまで同様に切っては垂らしてくっつけてみる。なんだか死霊術師になった気分だ。
やろうと思えばそれに近いことはできるが死体遊びは嫌なので俺はやらない。
「生き返ったなあ」
「生き返ったわね」
薬草しか入れてないポーションは駄目だったが他二つはその過剰な効果を発揮した。
これポーションじゃなくてエリキシルだわ。
「くふふ、これ、どのくらいの値段で売れるかなぁ」
「このおバカ!」
間髪入れずに俺はソルティナの頭を加減抜きではたいた。
「急になに!? なんで!?」
頭を押さえ、涙目で問いかけてくるソルティナ。
「こんなもん気軽に売れるか! 名前が知れ渡るどころか死ぬまで最高レベルの時の人になっちまうだろ!」
それで済むならまだいいが絶対に済むわけがない。
こんな安価で簡単に蘇生可能なポーションを一人で作れることが世間に知れようものなら、確実に国が動く。それも一国や二国ではない、全国だ。
平穏な生き方をしたいなら有無を言わず秘匿するしかない。
「せっかく作ったのにお蔵入りかぁ……とほほ…………」
過ぎたるは及ばざるがごとし、というやつだ。
大陸全土を舞台にしたエリキシル職人争奪戦を開催したいなら止めないけどな。
「何も混ぜ物してない薬草だけのやつを売るだけにしとけ。それが無難だよ」
がっくりとソルティナが肩を落とした。
「あまりに出来が良すぎて騒動の元にしかならないとか、皮肉な話ね」
まるで、前世の私みたい。
ソルティナがそうこぼした。