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その27・奇跡の螺旋

 いやー、何もないな。

 雑草すらろくに生えてない荒れ地のあちこちに、煉瓦や木で作られていたらしき建物の一部や、それらが崩壊した後の瓦礫の小山が残っているくらいだ。


「まだ残ってたのね、この石碑。……この町を離れる時に、当時の町長の息子さんが町名の横にこう刻んだのよ。いずれまた、収穫の喜びを……ってね」


 かなわなかった願いが込められた石碑を撫で、ソルティナが過去に思いをはせていた。



 やることもないのでそこらをフラフラしてみたが、やはり何もない。

 見つかったのは獣の骨らしき白い破片や、旅人が捨てたのかもしれない折れた剣、壊れたランプくらいだった。広大なゴミ捨て場か。


「屋根どころか柱すらないな」


「えっと、私が処刑されたのが十五年前で、不死の王を滅ぼしたのがさらに四年前、その一年前にここに来てダンジョン制圧してから、北へ向かって研究施設を見つけてだから……つまり、ここに来たのは二十年ぶりね」


「そんな年月ほったらかしにされてたなら、こうなるか。それにしても、雑草がほとんど生い茂ってないのは不思議だな。まさか定期的に刈られてるわけないだろうし」


「変と言えば変ね」


『いやぁ、別に不思議でもねぇぜ。ここの土地はよ、やられちまってんだろうなぁ……』


「やられてるって何にだよ。まさか草だけ狙い撃ちする流行り病とかか?」


 植物の病気とか全然わかんないけど、ありそうではあるよな。


『ちげーよ。そういう分かりやすいやつじゃねぇ。ろくでもねえのがここらの大地の力をごっそり吸ってやがるんだ。だから、こんなに土が弱ってやがる』


 ナナは足元の地面を手で掘って掬い上げ、自分の発言が正しいか確かめるようにまじまじと掘った土を見つめていた。


「それって、また獄獣の巣窟に大物でも湧いて出たってことかしら。けど、ケルベロスの屍は燃やして灰にしたし、砕いた魔石も全て回収して、念のために浄化の儀式までやっておいたから、そんな危険な魔物が自然に生まれるとは思えないわ」


『その、何とかの巣窟ってダンジョンだけどよぉ、どっちの方角だ?』


「あっちよ」


 村から少し離れたところに見える、枯れ木ばかりの林をソルティナが指差す。


「あの林に入って、だいたい歩いて小一時間くらいの距離にあるところね」


『なら外れだなぁ。俺がかすかに感知してるのは、向こうだ』


「……? あの方角には何もないわよ。墓地くらいしか………………あっ」


「それは怪しいな。いかにも不吉な存在が寝床にしていそうだ」



 そんなのをほったらかして野営するより、日の出ているうちにこっちから先手を打ってしまおうということになり、俺達はナナの先導で墓地へと向かうことにした。

 そのまま野営して相手の出方を待つという手もあったが、相手の正体や手口が不明な以上──まあこの面子で遅れを取るとは思えないが──こっちが後手に回るのも思わぬ痛手を受けるかもしれないし、ならとっとと殴ってしまおうという結論になったのだ。

 もしその間にゴブリンや野盗の類が多勢で襲い掛かってきた時、コークス一頭だけでは荷物を守りきれるか難しいので、素早い対応ができるファングを留守番に置いておく。

 雑魚集団に幌馬車を狙われて、飲み水代わりの果樹酒や干し肉を奪われたり駄目にされるってのもシャクだからな。


「ここの生き残りさん達は私が魔女だと罵られても、無実を信じてくれたからね。恩を返すわけでもないけど、危険なものが巣くってたら排除しておきたいわ。それが遠い将来、ここが復興するためのきっかけになるかもしれないし」


『んなの俺には関係ねーけどよ、貪るだけ貪ってよぉ、何も大地に返さねえ野郎がいるってのはムカつくぜ。できりゃ潰しておきてぇ。そういう奴は調子に乗ってどこまでも食い尽くしやがるからなぁ』


「まあ暇だし付き合うさ。後はまかせるぜファング」


「ウォウン」


 大した事ない相手でも楽でいいし、歯応えがあってもそれはそれで遊べるからいいか。




「見えてきたな」


 歩いて十分もたたずに、町と同じくらいかそれ以上に荒れ果てた墓地が目に入ってきた。

 まともな墓標は一つとして存在せず、墓地のそこら中に砕け、転がっている。何かに死体が掘り返されたのか、地面のあちこちに穴が空いていた。そしてここも草がほとんどない。


「あら」


 ソルティナが何かに気付いたらしい。


「そこも、あそこも、そっちも地面がモゾモゾ揺れてるわね。何かしら」



「ギュイイイイィィ!」



 地面から大きなミミズのような魔物が何体も飛び出てきた!

 その長さは十メートル以上はあり、体表は赤黒く、なんだか巨大な血管の化け物にも見える。

 よく見ると、ミミズと違って、大きく口の裂けたドクロじみた顔がある。こいつらがナナの言っていた、ろくでもないやつなのか?


『なぁシオン、お前今、こいつらが本命だと思ったろ? ちげーよ。こいつらは多分よぉ、食い意地のはった手下どもで、本命は地面の下で様子見してやがるんだろうさ』


「……うーん、見たことない魔物ね。魔法で生み出されたか、突然変異か。見た感じや大きさからしてワームの亜種に見えるけど、にしてはやけに邪気が強いわね」


 とりあえずヘルワームとでも呼んでおきましょうか、とソルティナが命名した。


 プシャアアッ!


「おおっと」


 呑気に会話していると、ヘルワームの一匹が口から謎の液体を吐いてきたので飛びのいて避けることにした。飛び散るタイプの攻撃は余裕をもって離れないとな。

 じゅうじゅうと音を立てて地面が溶けていく。酸か。この手の魔物によくある攻撃方法だな。


『一匹一匹仕留めるのも面倒だからなぁ、まとめて片づけてやるぜ。死の終わりよ、形ある者を蝕む大地の呪いよ、分け隔てなく食い尽くせ! 呪蝕の冥気!』


 宙に飛んだナナの突き出した右手から、負の力が込められた腐敗ガスの魔法がヘルワームの群れへと撒き散らされていった。


「ギュエッ!? ゲギッギイイイィ~~~~!」


「ゲピイイィッ、グギッギギギギッ!? ギゲァアッ!」


 聖女の本気の攻撃魔法に抵抗するすべもなく、次々と断末魔の叫びをあげて魔物たちが腐れ死んでいく。だが生命力だけはあるのか、半身以上腐れ落ちているのにまだビタンビタンのたうち回っている。

 それでも数分立たずに一匹残らず赤黒い腐肉の山になったが。


「ふっ」


 こんなのに虫だの野犬だのが食いついたら変な病気が広まるきっかけになりそうで嫌だから、息を吹きかけて地面のシミ一つ残さず消しておく。なら最初から俺がやっとけば良かったのだが、今更それを言っても仕方ない。


「まだまだお出ましのようだぜ」


 今のは小手調べというかのように、墓地の地面のいたるところが盛り上がり、ヘルワームが次々と姿を見せて襲い掛かってきたのだった。




「……これでおしまいの様ね。時間がかかったけど、所詮はワームね。連携も対策もできない虫ケラの群れが私達に勝てるはずもないわ」


 最後の一匹の頭を蹴り上げて弾けさせ、ソルティナが勝ち誇った。

 そりゃそうだ。並の冒険者には命がけでも俺達にとっては単なる害虫駆除である。


『その割にはよぉ、胴体ブン殴って破裂させたときに、ハラワタの中身浴びて「やだやだ汚いこれ~~。シオンちゃんこっちに息を吹きかけてよ~~。うえ~ん」って泣きついてた気がしたがなぁ』


「してない」


「まあそこまで泣き言は言ってなかったが、別に泣きついても良かったんだぞ?」


 あんなきったない体液まみれになったら泣きついても仕方ないと思う。


「えっ。ふ、ふ~ん」


『何だよその唐突ないちゃつき方はよぉ……ずりぃぞそんなの……』



 なんてじゃれ合っていると、地面が大きく揺れ、凶悪な気配が俺にも感じられた。


「おっ、これはもしや、本命が重い腰を上げたかな?」




「グオオオオオオオオゥゥゥゥ……」




「でかっ」


 そう言わざるを得なかった。これまで見た魔物で一番の巨体だ。太さも長さもさっきの雑魚長虫どもの三倍はあるぞ。

 顔もなんか五つくらいついてるし、それぞれの口がなんか嫌なもの吐くんだろうな……


「ファイブフェイスジャイアントヘルワームか」


 言ってみた時点でダメ出しされるとわかっていても言ってしまった。


『なげぇよ。もうちょい短くて分かり易いの頼むぜ』


「クイーンヘルワームでいいわよ。どうせ何度も使う名称でもないしね」


「こいつがここ一帯の土地から栄養を吸い上げていたってことか。とんだクソミミズだな」


『そっちの呼び名のほうがしっくりきて俺ぁ好きだな……ん、あのクソミミズ、口開けて、なんか吐き出しそうじゃねぇか?』


「くるわよ!」


 クソミミズがいくつもの大きく開けた口から、紫色の霧を四方八方に吐き出した。膨大な量の霧であたり一面が覆われ、ろくに視界が利かなくなる。


「ただの目くらましだけではないよな。毒か、あるいは……っぐっ!? 息が……!」


 呼吸ができなくなってきた。窒息の効果かよ……とんでもねえもん吐くなこいつ!

 俺はすぐさま胸を叩いて吸い込んだ霧を消し去り、肺を無呼吸に切り替えてからソルティナに霧の毒性を伝えることにした。ナナはそもそも息をしていないので問題ない。


「霧を吸うな! 息ができなくなるぞ、窒息の毒か呪いだ!」


 そのアドバイスを聞いたソルティナは、思いっきり息を吸って肺に空気を溜め込んでから、いつものように神聖力を高めて素手で突っ込んでいく。

 無言でファイブフェイス以下略の顔面のひとつに垂直チョップを叩き込み、そのまま顎まで抜けて縦に引き裂いた。


 ところが……再生が早い! あのダメージが十秒くらいでもう治りやがった。


『このクソミミズ、どんだけ大地の気をたらふく食いやがったんだ。ふざけやがっ……何だぁ!?』


 毒づいていたナナへ、何か鞭のようなしなるものが素早く伸びていく。


『ぐはっ!』


 宙に浮かんでいたナナが地面へと叩き落とされる。

 鞭の正体、それはクソミミズの舌だった。弓矢のように速く鋭い一撃に、接近戦が不得手なナナは対応できず、もろに喰らってしまったのだ。


「ちっ!」


 さらにナナへと襲い掛かる数本の舌へ俺は立ち塞がり、五指の斬撃でそれらを切り捨てた。


『悪りぃな、不覚を取っちまったぜ……。俺としたことが面目ねぇ』


「あら、せっかくの機会なんだから彼に泣きつけば良かったのに」


 仕返しとばかりにソルティナが茶々を入れてくる。

 

『う、うっせぇ!』


「……二人で盛り上がってるところを挟まって悪いが、どうやってケリをつける?」


 こちらに襲い掛かる舌を切り払いながら、どう仕留めるか話し合うことにする。


「そうね、試したい大技があるんだけど……あれを浮かせなきゃいけないのがまだ未成熟な私では、ちょっと面倒でね……」


『ま、やれないこともねぇぜ。ちっと時間かかるから、それまであのクソミミズの動きを止める必要があるけどよぉ』


「ならそれでいこう。動きは俺が止めるから後はまかせたぞ」


 俺は颯爽と飛び出すと、両足を揃え、突き刺さるような蹴りをなんたらワームの巨大な影へと命中させた。墓地の地面に両足が脛まで埋まり込み、身動きが取れないが、動けなくなったのはこいつも同様だ。


「虚像潰し──さらに、闇楔」


 獅子の大悪魔アリオーシュに使った重圧技に封印魔法をプラスすることで、単純に動きを止めるだけでなく、術やスキルなどの使用までをも封じ込める。

 縫い合わされたようにクソミミズが地面に押し付けられ、その巨体を中心にした巨大なクレーターが墓地に誕生した。


『やるねぇ、んじゃお次は俺だなぁ』


 ヒュウ、と口笛を吹いたナナが、右手の平を地面にペタリとくっつけて魔法の準備にとりかかった。


『これだけでけぇと手間かかるなぁ……えぇと、雲の如くたゆたい…………地に決別し、天に抱かれよ…………空転の浮舟!』


 ナナが地面に触れていた手から黄金色の光が放たれると、それまで地面に押し付けられていたクソミミズにもその光が宿りだし、やがて、俺の重圧に対抗するかのような反発する力が発生しだした。

 もう頃合いだろう。俺は足を抜いて呪縛を解除した。

 すると、三十メートルはあろうかというその巨体がふわふわと宙に浮き、五つの顔がどれも驚いたように目を大きく見開いていた。ドクロみてーな顔のくせに表情豊かなことだ。


「捕まえ……たっ、と!」


 既に聖なる力を全身にみなぎらせていたソルティナが飛びあがってクソミミズの尻尾の部分を掴むと、野盗のおっさんを振り回していた時とは比較にならない本気の乱舞を見せた。


 

 ブンブンブンブンブンブンブゥゥゥゥゥゥゥゥウウン!!!



「おおぅ、こりゃ踏ん張らないとまずいな」


 とんでもない質量が宙で目まぐるしく荒れ狂う。俺はその余波で飛ばされそうになりかけていたナナの前に立ち、壁となって暴風を防いでいた。

 聖なる力や怪力は言うまでもなく回転力もフル活用して、ソルティナはクソミミズの重量をうまく殺しながら、空中で縦横無尽に振り回していた。本気でやるとこんな凄まじいことになるのか。ちょっとした竜巻だな。


「この体格に馴染んできた今の私なら、再び使えるはず…………極限まで練られた大いなる光の回転を込めて、今、ここに……!」


 ソルティナの全身が白く光り、その両腕に一際輝く聖なる螺旋が生じた。



「ちゃああああああああっ!!」



 気合一投!

 タイミングを見計らった、凄まじい回転がかかった投げで、大地の活力を食らう魔物は二重螺旋の聖なる光と共に流星のような勢いで近くの山へと突っ込んでいった……!




「グゴオオオオオオオオオォォォォ~~~~~~~~~~…………」



 ドゴオオォンッズガガガガガガガガガガガガガガァァッッッ!!!




 クソミミズの咆哮がだんだんと遠のき、そして、聞こえなくなった直後、山の中腹が爆発したかのように弾け、直後、とんでもない衝突音と掘削音がこちらにまで響いてきた。


「──龍渦回天撃」


 ソルティナは技名らしきものをぼそりと呟くと、大技の出来栄えに納得がいったのか、輝くような笑顔をこちらに見せた。



・龍渦回天撃

 かつて、闘争の神ハドゥムの信徒であった『力の聖女』マルヴァーサが編み出したとされる神聖魔法。聖なる力をこめた螺旋の動きで投げ飛ばされた敵は、何かに衝突してもその原形がなくなるまで止まることはない。その名の由来は、マルヴァーサが大東海を荒らしていた凶悪な水蛇龍──シーサーペントをこの魔法で海底へと叩きつけて仕留めたことによる。なお、その神聖な投げの余波で生まれたのが、力の聖女の奇跡の一つとされた、マルヴァの大渦である(ソルティナ談)



「……魔法や腕力、回転の練りそのものは申し分なかったけれど、自力で浮かせなかったのはまだまだ未熟だわ。かの力の聖女なら、タックルからの投げで上空に浮かせて一気に決めていたでしょうに。もっと心身を鍛えないと」


 心身もいいけど信心も鍛えろよ。やってることは蛮族だが仮にも本物の聖女だろお前。



 この後、一応ナナがクソミミズの激突した山のほうを、儀式魔法を使ってまで詳しく探知したが、もう何の気配も邪気もひっかからなかったらしい。

 綺麗さっぱり無くなったのだろう、ということで荒れ果てた墓地をできるだけ整え、ソルティナが鎮魂の祈りを捧げてからファング達のところへ戻ると、別に何も異変は起こってはおらず、普通に野営して、普通に翌日の朝に出発した。最後はあっさりしたものだ。

今週は隔日投稿で、日曜、火曜、木曜、土曜の同時刻に更新します。

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