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その2・無能と空っぽ

 ある日。


 町からまあまあ離れたところにある森の中で、俺はこの残虐な聖女の前世について説明を受けていた。

 普通、腕に覚えがある者でなければ、魔物が出るこの森の奥まで入り込まない。

 ましてや成人でもない十三歳の子供二人が、それぞれ単独で散歩していて偶然出会うことなど、ありえるはずがないのだが今回はありえた。


 俺もそうだが、こいつも普通じゃなかったのだ。



「魔女だよ。言い訳できないレベルの大量殺人者だよお前」


「いやー、一度は使ってみたかったのよね。実を言うと不死の王との決戦のために覚えておいた最終手段だったんだけど、使う機会がないまま倒しちゃって。でもね、せっかく覚えたのに死蔵させるのも、なんか勿体ないなと思ってたのよ。まさか聖都が丸ごと消し飛ぶとはねー」


 てへっ、と舌を出して、幼馴染のソルティナが悪戯を咎められたようにおどけた。正直おどけて済む話ではないと思う。



 どういうことか理解できないだろう。俺もそうだ。


 結論から先に言うと、この腰まである長い銀髪が目立つ同い年の美少女は、十五年前に魔女の烙印を押されて冤罪で処刑されたことになっている『黎明の聖女』ソルフィアス・ノーティンの生まれ変わりなのだという。

 俺も最初は冗談だと思ったが、ついさっき、目の前で死にたてホヤホヤの子犬を蘇生させられては、これはマジもんだと認めざるを得なかった。

 向こうは向こうで、その子犬を仕留めた熊が、たまたまそこに遭遇した俺たちを次の獲物にしようと襲い掛かってきたときに、俺が全てを無に還す虹色の吐息を浴びせたら一瞬で熊のでかい体が崩壊したのを見て、あれこいつヤバイぞと思ったらしい。


 ただの幼馴染が只者じゃない幼馴染だったのだとお互いに認識し、そこから腹を割って何もかも教え合って、今に至るというわけだ。



「にしても、属性もクラスも、本当の意味で『無』だったとはね……あなた、ちょっと規格外すぎない? もしかしなくても唯一無二の力なのは間違いないわよ」


 特に理由なく生まれ変わるのに比べたら、あまり大したことない気がするんだが。


「無能のシオンじゃなくて、無のシオンだったわけね」


「空っぽのソルティナに言われたくないな」


「言ったなコイツ」


 言い出しっぺの自分を棚に上げて、ソルティナが俺の頬っぺたを左右からつまんでムニムニしてきた。

 俺たちがお互いに言い合ったのは、周りからそれとなく、あるいは面と向かってこれまで言われ続けてきた蔑称のことだった。




 帝国において、八歳になった子供が受ける祝福の儀式。

 それは帝国が東西に別れた後でも変わることはない。いや、従来は希望者だけに受けさせていた儀式は、地位とか本人の意思を問わず必ず受けねばならないものになっていた。

 優秀な人材をお隣よりできるだけ多くそろえておけば、向こうに対する大きなアドバンテージとなる。そういうことだ。

 どうにかして力と策謀で再び帝国を統一したがってる者も、かなりいるらしいしな。


 それは俺とソルティナが生まれ育ったここ──東の帝国に属するグラッドという名の田舎町でも例外ではない。



「では、次の者、こちらへ」


 真面目そうな中年の神官に促され、俺は儀式の舞台に上がる。

 神への祈りと感謝を意味する文字によって描かれた円の中心に立ち、目をつぶって、とっくにわかりきっている結果を待った。

 聖なる文字円が光り輝き、その光が一際輝いて消えた時、神官の意識に対象者の属性とクラスが天から託宣される。


 で、俺が受けた結果……祝福の内容は、属性、クラス、共に『無』だった。知ってた。


 同情する視線と馬鹿にする笑い。まあこうなるよな。

 それらを土砂降りのように受けながら、俺は内心(よし勘違いしてくれた)とほくそ笑んでいた。

 何もないという意味の『無』ではなく、ゼロから全てを生み出す『無』という属性と、それを自在に使役する『無』のクラス──

 俺が年齢に見合わない大人びた知恵を有しているのも、祝福を受ける前からこの力を使えるのも、この異常すぎる特性ゆえだ。

 そのせいで、わずか八歳にして俺は、早熟を通り越して年寄り臭いというか、派手な振る舞いや贅沢や誉め言葉よりも、波風のない平穏のほうが好みになった。

 英雄の茨道よりも暇人の歩道のほうを選ぶような枯れた子供、それが俺。

 俺を哀れんで涙ぐんでた父さんと母さんには悪いが、こういう息子なんで……うん、ごめん。



 そして、ソルティナへと順番が回り、


「見てなさいシオン。あなたの分まで当たりを引いてあげる」


 という前フリをかましてから祝福を受けたソルティナだったが──



 まさかの、属性もクラスも『なし』という大外れを引き当ててしまった。



「……………………」

 

 無言でその場を後にするソルティナを、彼女の両親が冷え切った目で見つめていた。

 五年前、姉のティエルが『光』の属性と『聖騎士』のクラスを得たのだから、妹のソルティナも負けず劣らずの祝福を与えられるはず、そう皮算用してたらこんな悲惨な結果となり、打算めいた愛情が一気に消えたのだろう。

 ひっどい親だな。うちの両親の爪の垢でも飲ませてやりたい。


 まあソルティナ本人は(第二の人生は大人しく過ごすんだ)と、真相を隠して絶望したフリをしていたらしい。

 こいつが『天』の属性と『聖女』のクラス持ちの転生体だとは、誰も見抜けるはずがない。

 既に一度祝福受けているので二回目の祝福はなしです、という天の声があればバレたかもしれないが、祝福とはひどく大雑把なものであって、そこまで細かくわかるものではないようだ。

 なので神官も『祝福されたが反応ない=属性もクラスもなし』と判断したのだろう。



 それから先は、案の定、同年代の子供たちからの侮辱といじめが始まった。


『無能のシオン』

『空っぽのソルティナ』


 そんな失礼な言葉をかけられても、俺は「はいはい無能です無能です」と平然と無視していたが、今思うと恐ろしいことだがソルティナはそうではなかった。

 同年代でも一番体が大きく、なおかつ『剛力』属性と『格闘家』クラス持ちのガキ大将がソルティナに狙いを定め、子分といっしょにからかおうとしたことがあったらしい。

 するとソルティナは、ガキ大将をできるだけ手加減したビンタで一発失神させると、おもむろに足を掴み、


「ほーら、風車ごっこー」


 と言って小枝のように軽々と振り回すと、そのまま今度は川辺に行って、


「疲れただろうし、お水飲もうねー」


 溺れない程度に、川の中にガキ大将の頭を突っ込んでは戻して、また突っ込んで……を何度も何度も繰り返して、心を完膚なきまでにへし折って粉々にしたのだという。

 もう誰も、俺とソルティナをいじめようという者はいなかった。いる訳がない。

 一度、他の町から引っ越してきた金持ち一家の一人息子が暇つぶしにちょっかいかけようとしたらしいが、ガキ大将がソルティナにやられたことの一部始終を聞くと、ビビッて外出すらろくにしなくなったとか。


 子供たちの間では、ソルティナは魔王のごとき恐怖の象徴と化していたのだ。


 俺?

 俺はあれだよ、ソルティナのおまけ。




 という感じで回想終わり。


「こんなことなら、とっくに打ち明けていればよかったわ」


「いくら何でもそれは無理だろ。今だって言い逃れできないと互いに思ったから、こうして手持ちのカードを見せあったんだしさ」


 そうだと言わんばかりに、さっき助けられた小さな狼が「ウォウッ」とひと鳴きした。

 まさか、子犬だと思ったら子狼だとはなー。

 いつまでたっても母狼が探しに来ないところを見ると、とっくに死に別れたのかもしれん。


「それより焼けてきたから食おうぜ」


 焚き火のそばでパチパチと音を立てて焼ける熊肉を前に、俺はよだれが出てきた。

 乾いた干し肉や辛い塩漬け肉じゃない新鮮な肉なんて、そうそう食えるものじゃない。塩があればもっとよかったが。

 

「あなたが手加減してくれてたら、もっと食べれたのにね」


「両足だけ残っただけでもラッキーだと思ってくれよ。ほれ」


 全く血抜きしてない熊の片足を渡すと、何のためらいもなくソルティナはかぶりついた。

 当たり前だが、いくら火で炙ったとはいえ、子供の歯と顎でどうにかなるほど野生動物の足は柔くないのだが、俺たちにとってはチーズと大差ない歯応えだった。


「がぶりっ……はふはふっ、もっちゃもっちゃ……うん、ほれおいひい!」


「もぐもぐ……俺も人のことは言えないがさ、血抜きもできてない熊肉を、むぐむぐっ、よくそんなうまそうに食えるな……」


 俺もソルティナも、口元を赤くしながら熊肉を堪能していた。


「ダンジョンの探索や山奥の魔物退治とかだと、食べられるものがあれば、何でも好き嫌いなく摂取できないと死活問題だからね。蛇や虫や草だって大事な食糧だったよ。それに比べたら、血のしたたる焼き肉なんて上等なご馳走かな」


 足の骨をしゃぶりながらソルティナが冒険の嫌な部分を語る。

 その隣では、すっかり懐いた子狼が、肉のおこぼれにあずかっていた。


「そうだ、その狼の子だけど、名前とかどうするんだ?」


「えっ?」


「手放す気ないんだろ? それにその子もお前から離れそうにないし」


「んーーーー………………」


 俺の問いにソルティナは腕を組んで、骨を噛み砕きながらしばし考えると、


「よし、決めた。あなたの名前はファングよ」


 とんでもないクソネームをつけたら却下してやるつもりだったが、無難な名前だった。運がよかったなファング。


「黎明の聖女たる私の牙として、邪魔者や危険人物を命がけでズタズタにするのがあなたの役目よ。わかった?」


 えっ、という顔をファングがしたように見えたが、多分気のせいだろう。

 『姐さんには助けられたし、しゃーないな』という感じで了承したように一声鳴いたのも、気のせい気のせい。



 なお、後に判明するのだが、ファングは犬でも狼でもなく、クレセントウルフという魔物の幼体だった。つまり気のせいではなかったのだ。かしこい。

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