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縁側でノットイコール彼女

ごめんなさい。また書きました。

 「おはよう、今日も暑くなりそうだね。」


 回覧板をおばあちゃんに渡した後、家の外から縁側に座る幼馴染の左隣に座った。肩が触れるか触れないかのぎりぎりの距離。スキッと角刈りにされた生垣と真っ赤なサルビアの花が見える。いつもの風景、いつもの距離。高校2年の夏休みが始まったばかりの朝9時、私はいつものように縁側で幼馴染の隣に座っていた。


 コイツの家には縁側がある。縁側の外側にガラス戸がある『くれ縁』というタイプの縁側。家が隣同士、いつからかは覚えていないけれど、気づいた時にはもうこの縁側に並んで座っていた。小学校も中学校も高校も一緒、ずっと一緒に登下校もしている。朝迎えに行くと、コイツはランドセルを背負って、いつもこの縁側に座って私を待っていた。一緒に登校して一緒に下校して、縁側にランドセルを投げ捨ててから二人の時間が始まる。縁側に二人で座り、並んで本を読んで、並んで笛の練習をして、並んでおやつを食べて、天気の悪い日はガラス戸を閉めてトランプしたりゲームしたり、年齢が増えるごとにここでの過ごし方は少しづつ変わっていったけれど、高校2年の今になってもこの縁側に並んで座ることは、二人にとって何も特別なことではなかった。


 「やっぱりお前、何の躊躇いも無くそこに座るよな。」


 だけど、今日は違った。突然に彼の言った言葉に私は戸惑った。幼稚園の頃からか、もしかしたらもっと前からか、この縁側のコイツの隣は私の場所だった。それは今も変わらない。そのことに対してただの一度も、躊躇ったり疑問に思ったりした事はなかった。ここに座ることは当たり前の事なのだ。

 

 「えっ、どうしたの、いきなり。いつもと変わらないよ。ダメだった?」


 「いや、お前がそこに座るのは普通だし、ダメでも嫌でも無いんだけどさぁ…。」


 歯切れが悪い。けれど表情はわからない。並んで座ってお互いに前を向いたまま広い庭に向かって話し、広い庭を見ながら話を聞く。近すぎて顔を見ることができないという事もあるのだけれど、お互いに表情を伺ったりはしない。顔を見ないから言いづらい事も少しだけ言い易くなり、表情がわからないから言葉はしっかりと受け止める。これが私たちの縁側スタイル。


 「じゃあ、どうして?」


 歯切れの悪かった話の続きを促す。


 「昨日さあ、部活の後にマネージャーに言われたんだよ。例え幼馴染だとしても、俺達距離が近すぎるって。それで、じゃあ俺達は幼馴染としてどんな距離が適切なのかって考えちゃってさぁ。」


 そういう事かと合点がいった。


 いつもコイツと一緒にいた。小学校、中学校とクラスが違う時もあったけど、多くの時間を並んで過ごした。小学校の高学年頃からは『カップル』とか『夫婦』とか揶揄われる事も多かったけれど、私達は意にも介さず学校でも縁側でも多くの時間を一緒に過ごした。

 中学校に入ると、付き合っているのか?と、聞かれる事も多くなったけど、私達の答えはいつも決まっていた。


 「付き合ってなんかいないよ。ただの幼馴染だよ。」


 『ただの幼馴染』が、私達二人の共通の肩書だった。


 でも、その頃から少しだけ小さな変化はあった。きっかけとかはわからないけれど、縁側に座る二人の間に隙間ができた。指一本入るか入らないかくらいの隙間。どちらかが少しでも体を動かせば、コンコンと肩が触れ合ってしまうくらいの隙間。それまでは肩を寄せ合っていた二人にできた本当に小さな隙間。それが今の私達の幼馴染としての距離だった。今も私はその距離で座っている。


 そしてその距離にクレームがきた。私もコイツもバスケ部に入っている。男と女、練習は違うけれど、最近何度もコイツとマネージャーが体育館の隅で楽しそうに話をしているのを目にしてきた。そんな私の視線に気づいた友人達からは、


 「幼馴染だからって油断してると、アイツとられちゃうよ。」


と、何度も言われていた。


 「そんなんじゃ無いから、ただの幼馴染だよ。」


と、返していたけれど、この距離で隣に座る私の事をコイツはどう思っているのだろうか。


 清楚で明るくて可愛いマネージャーは、男子女子問わず人気がある。今年はコイツと同じクラス。私は違うクラス。教室での様子はわからないけど、ガサツで背の高い私では太刀打ちできそうに無い。だから、そういう事なのかと合点がいった。


 「ごめんね、気づかなかったよ。言ってくれたら良かったのに。」


 ほんの少しだけお尻を浮かして横へ移動し、コイツとの間に人一人分の空間を空けて座り直した。


 「これくらいでいいかな。幼馴染の距離。」


 前を向いて庭を見ながら、明るい口調になるように気をつけた。緑色の生垣、真っ赤なサルビアの花、見える物は何も変わっていないのに、コイツの体温を感じなくなり、匂いがしなくなった。たった人一人分の距離が、こんなにも遠いとは思わなかった。どこか広いところに一人置き去りにされたような感じがした。


 「お前、バカなの?」

 

 どんな言葉を待っていたのかは、私にもわからない。ただ、予想もしていなかった言葉が遠くから聞こえ、慌てて声のした方を向いて目があった。真顔の幼馴染は目を逸らそうともせずに話を続けた。


 「そんなんだから、国語の点数悪いんだよ。もう少し考えろよ。

 あのなぁ、電車の中とかで席に座ろうと思ったら、他人とは席一つ空けて座るだろ。だからこれは他人の距離なんだよ。俺とお前は幼馴染なんだ。幼馴染はもっと近くていいんだよ。」


 納得した。その通りだと思った。確かに一人分開けて座る。人一人分、これが他人を意識しなくなる距離なのだろう。だから、コイツの体温も匂いも感じなくなった。でも私達は幼馴染。

 

 『幼馴染はもっと近くていいんだよ。』


 コイツの言ったこの言葉はきっと正しいに違いない。


 「確かにこれは他人の距離だね。幼馴染はもっと近くてもいいと私も思うよ。

 

 じゃあ、これくらいかな。」


 再び腰を浮かし幼馴染の方へお尻半分ほど近づいた。先程まであった空間は半分ほどになり、今二人は体半分ほどの距離を空けて座っている。この距離になると流石に顔を見ていることが困難になり、顔を真っ直ぐ前に向け横にいる幼馴染に聞いた。


 「これくらいかな。幼馴染の距離。」


 「……………………いや、これも幼馴染の距離ではないと思う。それはな、リョータとショッピングモールに買い物に行った時のことなんだけど、偶然マネージャーと飯倉さんに会ったんだよ。二人で買い物しに来てたみたいでさ。で、なぜかリョータとマネージャーが二人で盛り上がって、俺と飯倉さんを放置して二人であっち行ったりこっち行ったりするんだよ。でも仕方ないから俺と飯倉さんも二人の後をついて回ったんだけど、俺飯倉さんと仲良い訳じゃないし、そんなに話した事もないただのクラスメイトって感じだからさ、二人で歩いててもなんかヨソヨソしくて、そん時の俺と飯倉さんの距離がこれくらいだったんだよ。


 だからこの距離は、他人ではないんだけどなぁ的な距離、いわば、知り合いだったがゆえの距離だと思うんだ。これより離れれば他人、近づけば身内みたいな、ボーダー的な距離だな。」


 「じゃあ、幼馴染の距離はもっと近いって事?」


 「まあ、そうなるんじゃないか。」


 「じゃあ、これくらいかな。」


 腰を浮かし幼馴染との距離を詰めた。今、二人の肩と肩との間は拳一つ分ほどの距離となった。ずっと今まで、もっと近くにいたのに、なぜか今は気恥ずかしい。


 「これくらいかな。どう?」


 「…………。あ、あのな、この前教室でマネージャーとヒロキがキャーキャー言いながら猫動画見てたんだよ。そこにリョータが、お前ら近すぎじゃね?って言ったんだけど、ヒロキってちょっと面倒くさい奴だからさ、僕たちは猫好きの仲間であり友達なんだ。だからこれぐらいで近すぎることなんて無いんだ。なんて言い返したんだけど、そん時の動画を見てたマネージャーとヒロキの距離がこれくらいだったんだよ。」


 「マネージャー意外とやるね。」


 「そうなんだよ。あんな顔して意外とやるんだよ。でな、ヒロキが言うには、これは仲間とか友達とかの距離らしいんだ。」


 「仲間とか友達の距離かぁ。じゃあ、幼馴染と仲間ってどっちが近いんだろうね。」


 「それは俺も昨日考えたんだけどさ、どんな幼馴染なのか、どんな仲間なのかにもよると思うんだ。まあ他の幼馴染の事はよくわかんないけど、俺とお前の幼馴染はそう簡単には負けないと思うんだ。」


 「だよね。昨日今日からの猫仲間になんて負けるはずないよね。だから、私達の幼馴染はもっと近くてもいいんだね。


 じゃあ、これくらいかな。」


 腰を浮かし距離を詰めた。


 楽しかったんだ。私が縁側で横スライドする度に、コイツが一生懸命訳のわからない解説をしてくれる事が。

 嬉しかったんだ。遠くに離れた私に、もっと近くでいいんだよと何度も言ってくれたコイツの言葉が。


 だから、はしゃいでしまった。


 だから、はしゃぎ過ぎてしまった。


 ぴと。


 私の右腕とコイツの左腕が密着した。


 ちょっと考えれば、いや、考えなくてもどうなるかなんて容易に想像出来たはずだった。拳一つ分の距離を詰めたらどうなるかなんて、分かりきった事なのだから。それでも私は楽しくて、嬉しくて、浮かれた気持ちで、


 「じゃあ、これくらいかな。」


なんて、はしゃいだ結果が『ぴと。』なのである。


 長年幼馴染をやってきて、これくらいの接触は数限りなくある。なのに、なぜか今は強烈に恥ずかしい。何かいけない事をしたような気持ちになっていた。

 『ぴと。』の瞬間、コイツはビクンと体をハネさせ、その後動かなくなった。その様子を右腕を通して感じ取った私は、恥ずかしさのあまり口走ってしまった。


 「これくらいかな。私達の幼馴染の距離。」


 返事はなかった。そして私も何かの呪いにかけられたように動けなくなっていた。


 み〜ん みん みん みん み〜


 もう朝とは言えない時間、真夏の直射日光を浴びながら肩を寄り添い静かに縁側に幼馴染と座っている。青い空、緑の生垣、真っ赤なサルビアの花。いつもと変わらない風景。私は蝉の声を聴いていた。


 密着している右腕が熱い。火が出そうなほど顔が熱い。蒸発してしまいそうなほど体全体が熱い。


 どれほど時間が経ったのだろうか、先に幼馴染が再起動に成功した。


 「…………………….あ、あれだよ、あれ。二日前に本屋に行ったんだけど、その帰り道で、ばったりとキャプテンとマネージャーに会ったんだよ。二人並んで歩いてたんだけどさ、キャプテンが、これはそう言う事だから皆んなには黙っていてもらえるかな、って言ってくるんだよ。それでマネージャーも、よろしくね、って。で、そのまま二人と別れたんだけど、その時のキャプテンとマネージャーの距離がこれくらいだったんだ。


 だから、これは恋人の距離だと思う。幼馴染の距離じゃ無いと思うんだ。」


 恋人という言葉に私の体は反射的にコイツから離れ、ちょうど指一本入るくらいの隙間が空いた。


 「「ハァーッ。」」


 二人同時に大きく息を吐き出した。そして確かめる。隣との距離感、雰囲気、体温の感じ方、匂い。全てがいつも通りだった。いつもの縁側だった。心は少しづつ平静に戻っていく。


 「やっぱりお前はそこにいるのがいいんだよ。なんかしっくりくるんだ。」


 耳のすぐ横から声が聞こえる。これもいつも通り。


 「私もそう思う。二人の距離はこれがいいんだね。なんか落ち着くよ。」


 離れるのは嫌だった。怖かった。でも、距離ゼロにはまだ抵抗があった。


 「だよなぁ。だからこの距離はいいんだよ。マネージャーに、幼馴染だとしたら近すぎる、って言われて、色々試してみて、やっぱり二人ともこの距離がしっくりきた。」


 「うん。」


 「だから、変えるとしたら距離じゃなくて肩書きの方。この距離に合う呼び方にすれば良いと思うんだ。」


 「それはわかるけど、恋人よりは遠くて、友達や仲間よりは近い呼び方って、例えば何?」


 「……ほぼ彼女。ほぼ彼氏。……」


 「何それ、ヤダ。」


 「濃縮彼女還元、彼女成分95%みたいな感じで………。」


 


 コイツとは本当に小さい時からずっと一緒にいる。どんなに記憶を遡っても、コイツとこの縁側は登場してくる。そして今も縁側で二人並んで話をしている。一年間片想いをして付き合って一週間で別れた、とか、馬鹿みたいにベタベタしてたくせに、今では全く話もしないなんていう元恋人達は、私の周りにゴロゴロいる。また飯倉さんと山本君のように、今は他人のように振る舞っている元幼馴染もいる。なのに、いまだにコイツとは一緒にいて、これからも一緒にいたいと思っている。

 友達や仲間よりは近くて、恋人よりは遠い関係。恋人になれない理由は指一本分の隙間があるから。この隙間が私とコイツをずっと幼馴染のままでいさせた。ピッタリとくっついていたら解消できなかった二人の間の歪みやヒビを、私達が無意識のうちに作り出していたこの隙間が解消していたのかもしれない。距離ゼロの恋人にならなかったから、今もこうして縁側にいられるのかもしれない。

 

 二人並んで縁側に座り、同じ方向を向いて話をする。庭に向かって愚痴を言う。庭に向かって怒る。すると、肩にコンコンと返事が来る。笑ってコンコン、泣いてコンコン。顔は見えないけれど、むしろ顔が見えないから、顔を見られないからこの縁側は心地良い。


 私達には隙間がある。だから二人の距離は0では無い。だから私はコイツの彼女では無い。でも、コンコンと肩をぶつけ合うこの縁側でその隙間は無いに等しい。


 

 「ほぼ彼女って、案外いいかもね。」


 「じゃあ、明日マネージャーに言ってみるよ。」


 「やっぱダメ。無しで。」


 「了解。それよりさ、川に行かない?ここ暑くて死にそうだよ。」


 「いいね。あの石がゴロゴロしてるところにしようよ。」


 

 去年一緒にホームセンターで買った洒落っ気の欠片も無いお揃いの麦わら帽子を被り、川へと続く田んぼ道を歩いて行く。草の生えていない左側の轍を『ほぼ彼女』が、右側の轍を『ほぼ彼氏』が歩いている。


 「何かきっかけが欲しいな。」


 隣から呟きが聞こえてきた。


 「そうだね。」


 並んで歩く二人の間には名前の知らない草が生えていた。


 



             ( 完 )

幼馴染欲しかったよぉ。

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― 新着の感想 ―
[良い点]    うーん。こういう体験したことないけど懐かしい思いに駆られました。縁側で身体をどう離すか、距離感ですよねえ。幼馴染というのは、ついつい保つべき距離感というのがあやふやになったりしそうな…
2023/04/21 19:33 退会済み
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