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act.8「馬鹿にしてるんですか?」

「――ちょっと、モタモタしてないでさっさと出てきなさいよ」


「お、おい、引っ張るなっ……うっぷ……」


 千景さんの乱暴な運転に脳髄まで揺さぶられた俺は、もう少しで胃の内容物をぶちまけてしまいそうなレベルまでダメージを受けていた。

 だが車の中にぶち撒ければ間違いなく殺されるので、目的地に辿り着くまで死ぬ気で耐えていたのだ。


「はぁ……貧弱ねぇ。これから怪異と戦うっていうのに。先が思いやられるわ」


 いや、あんたのせいなんだけど?

 こんなんじゃ、怪異と戦うどころの話じゃねーぞ……。


 ちなみにドライバーの千景さんは、当たり前だがピンピンしている。なんというか、理不尽だ……。


「……ところで、なんでこんなところで止まったんだ? 本当にここで合ってるのか?」


 俺たちが下車した場所は、怪異の出現地点からはまだ少し離れていた。

 お陰で、怪異にはまだ気付かれていないようだが……。


「この辺で待ち合わせをしてるのよ」

「待ち合わせ?」


 俺たちの他にも、誰かがここに来ているのか?

 すると、千景さんは俺の問いに、薄ら笑いを浮かべながら答えた。


「――もう1人の、魔法少女よ」

「え……?」


 魔法少女……?


「俺の他にも来てるのか?」

「当たり前じゃない。ロクに魔法を扱った事のない貴女だけに、怪異を任せられる訳ないじゃない」

「うぐ……」


 いや、そりゃそうだけど……。


「……だったら、その魔法少女だけで良いじゃないか。俺の出る幕なんてあるのか?」


「そこは安心して。ちゃんと貴女の出番は回ってくる。なんせあの怪異は……あの子だけでは倒せないから」

「え……?」


 千景さんのその意味ありげな発言が、俺には少し引っかかった。

 だが、そんな俺を一切気にする様子もなく、千景さんは続ける。


「……そうそう。貴女が元男だってことは、できる限り伏せておいてね? バレて面倒なことになったとしても、私はフォローしないからそのつもりで」


「つまり……俺は今日から『芹澤悠里(せりざわゆうり)』って訳か」


「そうそう。それと、その俺っていう主語もやめたほうが良いわね。オレっ娘っていうのも悪くないけど、そんなしょうもないことでバレたくはないでしょ?」


「……善処するよ」


「ふふ……お姉さん、素直な子は好きよ?」

 だから俺はアラサーだって――いや、少なくとも見た目的には、10代女子なんだった。

 なんだか先が思いやられるなぁ……。


 千景さんはポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。


「どうやら向こうも既に着いてるみたいね。さっさと合流しましょうか」

「……へいへい」


 千景さんの背中を追うようにして、俺は奥へと進んだのだった。


◇◇◇


 ――そこから数分、道なき道を進んだところで。

 俺は見知った顔に会った。


「待たせたわね――、莉子」


 その人物は千景さんに呼ばれて、ペコリと会釈する。


 うっすらとだが、覚えている。

 彼女は――研究施設で女体化薬を千景さんに渡した、あの女性だった。


 会釈を終えて視線を上げた女性は、千景さんの後ろにいる俺と目が合う。

 女性は驚きに目を見開いて、まじまじと俺の姿を見つめていた。


「もしかして、その子が……」

「そう。例の子よ」

「はえぇ……本当に女の子になっちゃったんですねぇ……実は私、半信半疑だったんですけど……」


 ……おい。よくそんな怪しいもの俺に飲ませたな。

 

「えと……」


 俺が反応に困っていると、千景さんがそれに気付いたようだった。


「ああ……ちゃんとした紹介がまだだったわね。彼女は楠木莉子(くすのきりこ)。私と同じ怪異対策課の人間で――翠桜花女学院の先生をやってるわ」

「楠木莉子です。これからよろしくね?」


 楠木という女性は、俺に向かって丁寧にお辞儀する。俺も釣られて頭を下げた。


「えっと、俺は――」


 ――グイっ。

 千景さんに脇腹を小突かれた。


「――わ、私は、芹澤悠た――悠里です。よろしく……」

「はい、よろしくお願いします! 色々大変だと思うけど、困ったことがあったらなんでも言ってね?」

「あ、はい……」


 学校の先生ってことは、これからもちょくちょく会うことになるかもしれない。

 まぁ、優しそうな人で、良かったけど……。


 自分のことを『私』と言うのが、なんだか気恥ずかし過ぎて……。

 これからのことを考えると、先行きが不安だった。


「……ところで、あの子は? 姿が見えないけど」

 千景さんは辺りをキョロキョロと見回して、楠木さんにそう尋ねる。


「はい、ひと足先に着いたので、辺りを偵察してもらっています。もう少しすれば戻ってくるかと」

「ふーん、そう――」


 ――その瞬間、俺たちの辺りを風が吹き荒ぶ。

 千景さんは空を見上げながら呟いた。


「――噂をすればなんとやら、ね」


 俺も千景さんと同じように、上空に視線を向ける。

 空の向こうから何かが、こちらに向かって接近していた。

 

 ――人だ。

 それも、箒型の機械に跨っている。

 つまり……魔法少女。


 少女は、長い黒髪を靡かせながら、俺たちの元に降りてくる。

 見覚えのある、端正な顔立ち……。


 ……間違いない。

 俺が初めて巻き込まれたあの日――、怪異と戦っていた魔法少女だ。


「速水です、ただいま戻りました」

 少女が地面に着地した瞬間、跨っていた箒型の機械は瞬く間に粒子となり、その場から消えて無くなる。

 楠木さんは、それに一切驚く様子もなく、少女に声を掛けた。


「ご苦労様。怪異の様子はどうだった?」

「今は大人しくしています。ですが、魔力が暴発するのも時間の問題ですね」

「そう……」


「ところで……その人は誰ですか?」


 少女の視線が、明らかに俺の方に向く。


「あ、えっと……」

 俺がなんと答えれば良いか言いあぐねていると、千景さんが助け舟を出してくれる。


「この子は、そうねぇ……期待の新人ってところかしら。私が直々にスカウトしたの。そして、今日の貴女のパートナーを務めてもらう」

「……だから、そんなもの必要ないって――」


 少女は忌々しく呟いたが、千景さんはそれを無視して、俺の背中を押す。

 押された俺は、よろけながら少女の目の前に飛び出した。


「さぁ、挨拶なさい」


 ちょ、ちょっと……まだ心の準備が……。


 だが、前に出てしまったのだ。このまま何も言わずに引っ込んだりしたら、確実に変な空気になる。

 俺は観念して、少女に向かって手を差し出した。


「わ、私……芹澤悠里ですっ……! よろしく……!」


 やべぇ、ちょっとテンパってしまった……!

 ちょっと変に思われたか……?


 俺は、恐るおそる少女の顔を確認する。

 だが、その表情は……俺の予想していたものとは全く異なるものだった。


 その顔は、怒りだとか悔しさだとか――そんな負の感情に満ちていて――。


 ――バチンッッ!!


 そして俺の差し出した手は、彼女によって、思いきり弾かれていた。


「ふざけないでッッ!!」


「――ッ!?」


「私のこと、馬鹿にして楽しいですか……!? 私はあなたとなんか、絶対パートナーになんてなりませんから――!!」


 そんな言葉吐き捨てると、少女は俺から背を向けて向こうに行ってしまう。

 残された俺は、ジンジンと痛む手を呆然と見つめた。


 ……え?

 どういうこと?


 なんで俺怒られたの?


 まったく訳が分からないんですけど――!?

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