第七十話 スラム街探索 三 ケイロンと言う名の女の子
目の前に映ったのは怯えきった男の子と隣で寝込んで横になっている女の子だった。
憔悴している。顔色が悪い。
だが少しでも女の子を守ろうとしているのだろう。震える体で女の子の前に立つ。
「お、お、お前ら! ここに何の用だ! 」
震える声で叫んだ。
それを意に返さずに一歩前に進むと少し鼻を突くにおいがする。
何だこの臭い。どこかで嗅いだことがあるような。
そう思い記憶を手繰り寄せる。
「僕達は君達の敵じゃないよ」
「そうだぞ。むしろ助けにやってきたと思ってくれても構わない」
「嘘だ! お前達は俺達を……俺達をっ!!! 」
男の子に涙ぐみながら必死に拒絶された。
役場に助けを求めるにしろ孤児院に入れるにしろまず話し合いが出来なければ事を進めれない。困った……。
どうしたものかと俺達は顔を合わせる。
「うう……」
「アリス! 」
「カイル君、私は良いから」
「でもっ! 」
この二人は近い距離にいるようだ。
だがどうしたものか、と考えているとエルベルがある事に気が付いた。
「これ、スタミナ草の臭いじゃないか? 」
「え? あぁ……。そう言われれば」
「デリク、右の方を見て」
エルベルが気付きケイロンに言われ右を向くとそこには大量のスタミナ草があった。
これをどこから持ってきたんだ?
根っこも見える。まさか南の森のスタミナ草?!
「もしかしてスタミナ草で彼女を元気付けようと? 」
「アリスと呼ばれた子は病気じゃないのか? 見た感じ病気に見えるが」
「恐らく病気だと思う。顔色悪いし、何より呼吸が荒い」
耳を澄ますとずっとアリスから「はぁはぁはぁ……」と荒い呼吸が聞こえる。
少し見ると顔も蒼白い。
素人目でも病気なことが分かった。
増々放っておけなくなったがどうしようか。
「スタミナ草は体力を回復させ傷の治りを早めるけど病気には効かない」
「オレの森でもそうだった」
「ああ、俺の村でもだな」
「多分だけど他の人の傷が治っているのを見て見様見真似でやったのか、騙されたか……」
「なっ! この草じゃダメなのか?! せっかく採ってきたのに! 」
俺達の言葉に衝撃を受けたのか反転してこっちを向き手に持つスタミナ草を握りしめ叫んだ。
「あのおっさんが言ったんだ! これはこの草を潰して飲ませたら治るって! なのに治らない?! そんなの嘘だ! 」
「嘘じゃないよ。現に彼女は治ってないじゃないか」
「う……」
ケイロンの容赦ない一言で後退りする。
その間も彼女の呼吸は乱れている。
一瞬の間呼吸音だけが支配した。
「ならっ! ならどうしたらいいんだよ! 」
「もう、私の事は……」
「そんなわけにいくか! 」
「なら僕の所に来る? 」
「「「え??? 」」」
その言葉に全員が驚く。
俺達で養うってか?!
流石に無理があるぞ。ケイロン?!
「デリク、ごめんね。騙したような感じになってしまって」
「ケイロン、何をいってるんだ? 」
こっちを向き少し寂しそうな顔をして俺の方を見た。
俺が動揺している間に一歩一歩カイルの方に近寄る。
「本当は父上の判断を仰がないといけないのだろうけど……」
「こっちに来るな! 」
彼の中で『ケイロン』という未知が恐怖を沸かせているのだろう。
拒絶されながら、それでも進む。
そして右手を差し出し口を開いた。
「僕の名前はケイロン。ケイロン・ドラグ。この領地ドラグ伯爵の娘だ! ケイロン・ドラグの名において君達を保護しよう。ま、この手を取るかどうかは君達次第だけどね」
確かに、そう言った。
★
「「「りょ、りょ、りょ、領主の娘?!!! 」」」
衝撃の事実がケイロンの口から判明……いや前から貴族の息子っぽいなとは思ってたんだがまさか領主の娘とは。
町役場の人達が緊張するわけだ。
はぁ、と溜息をつきケイロンを見る。
「ん? いやちょい待て! 『娘』?! 」
「そうだよ~。第一印象と一人称で『男』と間違えたままみたいだけど僕は『女』だよ~」
「え? デリクは気付いてなかったのか? 」
エルベルが不思議そうにこっちをみた。
え? まさか気付いてなかったのは俺だけ???
そして今までの行動が脳裏をよぎる。
「男同士だから大丈夫だよね~」とか言いながら行っていたことの数々。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!! 恥ずかしい! めっちゃ恥ずかしい!!! 」
「訴えようかな~」
「やめろぉ! やめてくれぇ! シャレにならない!!! 」
横に倒れ右に左にゴロゴロと転がり悶え苦しむ。
なんてことを!!!
厳罰ものじゃないか!!!
うぉぉぉぉぉ!!!
転がると瓦礫にぶつかり、痛いが気にならない。それほどに羞恥の方が勝った。
「ふふ、いいよ。言わなかった僕にも非はあるしね。ま、出来れば『今まで通り』接してくれると嬉しいかな」
俺の様子を見て満足したのか笑顔でこちらをみてそう言った。
ふぅふぅふぅ、まさかこんなところに性別を隠した貴族の娘がいると思わないじゃないか……。
仕方ないんだ。そう、仕方ないんだ。
「で、どうする? 」
俺達の雰囲気に圧倒されたのか呆然とした顔で声の方向——ケイロンの顔を見て、アリスの方を見る。
「……アリスと一緒なら」
「カイル、私はいいから、こほっ! こほっ! 」
「ダメだ! アリスと一緒じゃなければ!!! 」
「了解、了解。愛しいアリスちゃんと一緒に保護しよう」
「ありがとう」
ケイロンが保護を約束するとカイルはお礼の言葉と共に頭を下げた。
そしてケイロンに近寄り、手を取る。
「よし。一旦役場に戻ろう」
「そうだね。彼らを抱えたまま探索は出来ないからね」
「ワーハハハ! 想像以上の成果になるぞ! 」
口を慎め場を読め! エルベル!
少し和やかな雰囲気になろうとした瞬間――
ドゴン!!! という音が外からした。
★
「何が?! 」
「一旦出るよ! 」
「あれは? 」
大きな音に晒され外に出ると巨大な骨が――宙に浮いている。
いや違う。骨同士が集まっている?!
「あれは……なんだ? 」
「骨同士がくっついている?! 」
「……終わったみたいだぞ」
俺達が驚きその様子を見ている間に骨同士がくっつき終わり一つのモンスターになった。
人の形をした白い骨に胸の部分に大きな魔核。
「アンデット! スケルトン……か? デカすぎないか?! 」
「これはスケルトンじゃないよ。ヒュージ・スケルトン。スケルトンの上位種だ」
「——」
バゴン!!!
「「ちょっ!!! 」」
エルベルが容赦なくヒュージ・スケルトンに精霊魔法をぶっ放した。
いや、先制攻撃はモンスター討伐の基本だけども?!
ほら! ヒュージ・スケルトンも何が起こったのか分からないような雰囲気だしてる!
いや、感情があるのか知らないけれどもっ!
「一撃では倒れんか」
エルベルが先制攻撃をしたためヒュージ・スケルトンが戦闘準備に入ったようだ。
その大きな体を動かそうとしている。
「くそっ! エルベルのお仕置きは後だ! ケイロン! 」
「分かってる! 」
俺とケイロンはそれぞれ剣をとり、構えその巨体と対峙した。
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