エカテー・ロックライド 三
「全く、エカテーさんは懲りていないようですね」
「そのようだな。以前、貴方から話を聞いた時は耳を疑ったのをはっきりと覚えている」
「あの時は前職のサブマスターが責任をとって解雇となりエカテーさん自身は停職処分となりましたが、今回はそうはいかないでしょう」
「貴方を敵に回すとは……憐れというか、運が悪いというか……」
エカテー達が昼食をとっている頃、二人の人物が長机を挟み高そうなソファーに腰を下ろし話し合っていた。
一人はバジルの町の冒険者ギルドサブマスター・ミッシェルである。
対するのは事務員の恰好に白い下地の仮面を被った男性だった。
「で、今回も本部の力をお借りできるということでいいでしょうか? 」
「……私が派遣されていることがその答えだ」
「なるほど、感謝致します」
ミッシェルは無表情のまま感謝の意を伝え、仮面男がそれに答える。
瞳の部分がくりぬかれた白い仮面を通して手元を見る。
「本部においても貴族家との繋がりは問題視されている。貴族出身者だからと言って冒険者ギルドに入れないことはない。実際貴族出身者で功績を上げている冒険者も多い」
仮面男が茶色い机に置いてある書類を手にする。
パラパラとめくり、内容を確認した。
「だが……それは外部権力——つまり貴族としての地位を使わず実力で、というのが大前提。今回、いや以前の問題を含めて今回の一連の騒動は各地へ波紋を起こすだろう」
最も、と間を置いて報告書から目を離しミッシェルへ向き直し言う。
「ここまで汚職が進んでいたギルド支部はないと思うが、ね」
そう聞き、少し無表情が崩れ少し睨む。
仮面越しに表情は伺えないが、少し緊張した空気を出す。
「まるで私が原因のようですが? 」
「いやいや、少なくとも本部は感謝しているよ」
「そうだといいのですが」
「何せ冒険者ギルドは赤字でなくとも決して裕福ではない。その原因の一つを潰せるのだからもろ手を挙げて喜ぶよ」
冒険者ギルドは依頼者と冒険者との仲介料で稼ぎを出している。
その他に不動産も少し取り扱っているが、正直そちらは商業ギルドの領分で稼ぎは見込めない。むしろ売れない不良物件となるとその地の領主におさめる土地代でマイナスになる事もある。
確かにギルドを置く国や土地の貴族との関係は重要だ。
護衛依頼等を引き受けることもある。
しかしながらそれは相互に仕事以外は不介入という条文があってこそ成り立っている。
今回のエカテーのように実家の権力を存分に使いギルドに不利益を与えているような状況は喜ばしくない、というのが一般的な認識である。
そう『一般的』な。
「それで……如何いたしましょうか? 査察官殿? 」
ミッシェルが表情を戻して少し見上げ、問う。
様々な文字や図が描かれた仮面を少し持ち上げ、少し考えた。
「もう少し様子を見る。何か他にあるかもしれない」
「……ならば少し頼まれて欲しい事があるのですが」
「氷の処刑人直々の依頼とは――恐ろしい」
その二つ名に顔をしかめながらも、仮面男に憂いた顔を向けた。
★
翌朝、リリアンヌはギルドから貸与されている女子寮で身だしなみをチェックしていた。白い腕を後ろに回し、長い金髪を後ろにまとめる。服装も白いシャツに黒いブレザーの事務服。皺がない事を姿見で金色の瞳で確認する。
この宿舎には姿見が設置されている。受付であろうとなかろうと冒険者ギルドのような職場は対人業務。コミュニケーション力はもとより身だしなみも重要なのだ。
ここカルボ王国では鏡は高級品である。
幾ら受付業務とはいえ鏡——それも姿見のような高級品を貸し出すのは王城か商業ギルドか、ここ冒険者ギルドだけだろう。
これもまた冒険者ギルド職員が人気たるゆえんの一つであった。
「よし、今日も頑張りましょう」
独り言ちて気合を入れ、食堂へと向かった。
おかしい……。
いつもと違う雰囲気を感じた食堂の空気にリリアンヌは一人思う。
張りつめたような空気の中、彼女は一人カウンターへと向かう。
自身の好きなものを頼み、木製のお盆にいれ、いつもの席を見る。
いました。
いつものメンバーを金色の瞳が捕らえた。
他の部署の人達だが、同僚でもある。
五人がお盆に野菜を乗せ、長方形の机へ向かっていた。
「おはようございます」
いつもと同じように朝の挨拶をする。
……。
あれ? 聞こえていないのでしょうか?
再度声を掛けようとすると、彼女達はリリアンヌを一瞥し、他の――いつもとは異なる机へと行ってしまった。
え? な、何か私しましたでしょうか?
また別の同僚が視界に映る。
「おはようございます」
そちらを向き、今度は少し声を大きくして挨拶をした。
だが彼女達も無反応。
若干居心地の悪さを感じたのか、サクサクと足を進め、他の女性陣の元へと行ってしまった。
なに……が。
仕方なく一人いつもの机へと行き、緑豊かな食事をとるのであった。
★
リリアンヌが冒険者ギルドへ行くと、その風当りは最早言い逃れが出来ないくらい強くなっていた。
無視は当たり前。
わざとぶつかったり、職務の妨害を行われたり、と。
昼食も共にとることが出来ず完全に冒険者ギルドでの居場所を失っていた。
目を虚ろにしながら途方に暮れる。
なんでこんなことに……。
理由は、思い当たる所がある。
前回、忠告するような形で異論をはさんだことである。
だけどそんなことで……それにあれは皆の事を思って……。
空が紅く染まってきている。
なんで私がこんな目に……。
自分の影を見つめながらとぼとぼ歩く。
今まで角が立たないようにしてきたはず。いうこともきちんと聞いてきた。なのになんで……。
冒険者ギルドに併設された騒がしい酒場を通り過ぎ、女子寮へ足を進めているとリリアンヌが何かにぶつかった。
「おいおい、いてぇじゃねぇか。ねぇちゃん」
一人の男の声がした。
俯いていたかを上げるとそこには短髪男がおり、更に複数の男性達がいた。
冒険者……ではなさそうですね。
体が貧相だ。
浮浪者——にしては酔っ払っているようなきがする。
顔が赤い。それに酒の臭いがする。
途端にリリアンヌの中の警報がなった。
「ちっ! 謝罪の一言もねぇのかよ! 」
「これだからギルドのエリート様は」
「常識がなってねぇな」
彼らの言葉にリリアンヌの顔に緊張が走る。
まずい……ですね。
まずは謝罪し……場を治め、それから……。
「まぁいい。こいつを連れてけばもれなく報奨金だ」
「もっといい酒が飲めるぜ」
「はは、あの嬢ちゃん達には感謝だ」
誘拐するつもりですか!
一歩、後ろへ後退する。
「さぁ、やっちまおうぜ! 」
「「「おうよ! 」」」
町のごろつきらしい手つきで近寄ろうとした瞬間、一人の――怪しい人が突如としてリリアンヌの前に現れた。
「「「?!!! 」」」
誰もいないはずの空間に現れた者に全員の動きが止まる。
え?! 今までここには誰も!
リリアンヌは困惑しながらも黒いローブの人を背後から見上げた。
少し頭が光っているように見える。
「……調べものをしていたら、レッド直々の依頼に出くわすとは」
声からするとどうやら男性のようだ。
彼はリリアンヌの方へ振り向いたと思うと、再度ごろつきの方へ仮面を向ける。
「さて、職員への乱暴狼藉はやめてもらおう」
「な……なんだてめぇ! 」
「変な仮面を被りやがって! 」
「いきなりどこから現れた」
職員! ということはギルドの人?!
しかし疎まれるようなことはあれど助けられる理由などない。
レッドって誰?!
そう困惑しながらも、彼を見ていると右手を伸ばした。
その瞬間――
相手は全員、後ろへと倒れ込んだ。
「……アルコールのせいか? やけに睡眠が効きやすかったな」
あっけない終わりに少し間が空いた。
しかしそれもほんの少しの時間であった。
すぐさまぐーぐーと眠り込んでいるごろつきたちを慣れた手つきでコンパクトに縄で縛り、そしてリリアンヌの方へ向く。
「さて、君にも聞きたいことがあるのだが? 」
何事もなかったかのような声で彼女に聞いた。
「……素敵な殿方」
「……え? 」
突然現れた仮面男を見て顔を赤くしたリリアンヌ。
こうして白仮面の査察官——ジョルジの苦悩は始まるのであった。
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