メイドは聞いた!
「先ほどのお話に続くのですがお嬢様、例の男の子にデートの誘いを受けていましたよ? 」
「まぁそれは! 」
「それを先に言ってください! お嬢様の勝率が上がりました」
『デート』という言葉に食いつき、目を輝かせる。
この屋敷の人達は出入りが少ない。
出会いが少ない年頃の女性には他人の――主人の縁者であっても――色恋沙汰は娯楽の一部なのである。
「どこに行くかおっしゃってましたか? 」
「いえ「遊びに連れて行ってやる」とだけ」
「あらまぁ大胆! これは湖のある町でアバンチュールですわ!!! 」
「危険な一夜から始まるのですね。お嬢様の本格的な恋が」
仕事の手を止め妄想にふける三人。
もしこの場にメイド長がいればすかさず怒鳴られるだろう。
しかしメイド長は今日本家の人と会談中。
まだ彼女達の命は続いている。
「もし、仮に休みが取れたらどこに行きたいですか? 」
「何を唐突に言っているのです? アイナ」
「そうです。私達がどこか遊びに行けるはずはないでしょう」
「もしもですよ。もしも。この際お相手は男性じゃなくてもいいです」
「え、アイナ。そっちの気が? 」
「貴方……。結婚相手がいないからと言って……グスン」
「ち・が・い・ま・す!!! 遊びに行きたいですね、と言う話ですよ。全く」
同僚の勘違いに全力で否定するアイナ。
彼女達は下級貴族の三女や四女である。
サラとルナはドラグ伯爵家のとある使用人との婚約が決まっているのだがアイナだけ決まっていない。
しかし婚約が決まっているといっても使用人同士の結婚であるため遊びになど行く時間がない。
よって『もしも』の話なのである。
「……まぁアイナの趣味は置いておいて、私はやはり水の都『アクアディア』でしょうか」
「いいですね、アクアディア。確か色々な水が出るのでしたわよね? 」
「そうですね。確か温泉と呼ばれていたような」
「疲労回復に美肌効果。あぁ……休みを取りたいです」
サラが一人アクアディアに想いを馳せていると次はルナが希望を言う。
「私は職人の町『トレイン』でしょうか」
「トレインには何があるので? 職人さんしかいないイメージなのですが」
「あそこには掘り出し物がいっぱいあるようなのです。それにバジル付近では高値な物が安く買えますし、何より品質が違います」
そう力説するルナ。
その勢いに若干押されながらもアイナも負けないよう口を開く。
「私は……」
「「いえ、アイナはいいです」」
「なんですか、それ! 私の話を聞いてくださってもいいじゃないですか」
「はいはい、どうぞ」
「冗談ですよ、半分」
「え、今半分って言いましたよね? もう半分は?! 」
二人の冗談に詰め寄るアイナ。
だがサラとルナは「早く話してください」と言い、相手にしない。
自分語りモードに入ったアイナはめんどくさいのだ。
「コホン。私はやはり王都『カルボ』です! 」
「「やっぱり」」
「やっぱりとは何ですか、やっぱりとは! 」
サラとルナの予想通りの答えが返ってきて一気に興味を失った二人。
それに対してアイナの熱量は収まらない。
「来月は王子殿下のお誕生日ですわよ! 今行かなくてどうするのですか! 」
「行っても会えるわけではないですし」
「親が爵位を持っているといっても一介の使用人が会えるわけないじゃないですか」
「何故に会うこと前提なのですか?! 違いますよ、私が行きたい理由は」
「なら何だというのですか? 」
「いつもの貴方なら王子殿下を一目見ることだと思うのですが」
二人のジト目を受けながらもチチチと右手の人差し指を横に振り「違う」と主張する。
「どうやら今年はお誕生日会に合わせて音楽旅団が来るみたいなのです」
「「音楽旅団??? 」」
「そうです。だから一回でいいから聞いてみたい、と思いまして」
「「結局いつもと同じ」」
「同じじゃありません!!! 」
談笑を楽しんだ後、忘れていた仕事を思い出し再度モップをかけ直した。
★
「昼の話じゃないですけどお嬢様方はどちらへ行かれると思いますか? 」
「蒸し返しましたね」
「見事なまでに蒸し返しましたね。しかし確かに気になりますね。どちらへエスコートされるのでしょうか? 」
夕方食事を終えた彼女達は割り当てられている部屋の一つに集まり、話していた。
今日は三人とも珍しく同じ日に夜勤ではない。
なのでこうして集まり、話している。
窓の外はすでに真っ暗。
寝静まった夜の窓の近くにはベットが一つ。部屋の隅を見るとクローゼットがあり彼女達は一つの少し大きめの木製の机に着き、持ってきた三つの椅子に座っていた。
灯りは机の上に置いてあるキャンドルスタンドのみでそれが彼女達を不気味に映している。
夜間集まるのはあまりよろしくないので巡回中の使用人にバレないために灯りを最小限にしているのだ。
「そうですね……。冒険者ということも踏まえるとやはりダンジョンがあるアース公爵領ミノスの町では? あそこなら少し行けばアクアディアもありますし鍛錬と療養二つ同時に出来ますよ? 」
「確かにそうですが……ロマンがないですね。やはり古代神殿が確認されているシリル公爵領では? 古代神殿の探索も面白いと思うのですが」
サラがいい、次いでルナが呟く。
だがそれに反論する形でアイナが口を挟む。
「何真面目な候補地を選んでいるのですか? ここはやはりダルクでしょう」
「魔族の方達が治めている領地ですね」
「ええ。しかし危険が多いと聞いていますが」
「大丈夫でしょう。きっと件の男の子が助けてくれますわ!!! 」
アイナがガタっと音を立て、椅子を倒しながら立ち上がり根拠のない事を言う。
「しかしお嬢様を率先して危険にさらすのは臣下の者として如何なものかと」
「私もそう思います」
「……『もしも』の話をしているのですよ。それにこれは全部、いわば私達の妄想。妄想の中に刺激と愛を殿方に求めても良いのでは? 」
「「それがお嬢様ではなくアイナだったら全力で肯定するのですが……」」
「泣きますわよ? 」
三人とも笑いながら「もしも」の話をしていると「ドン!!! 」と言う音が扉の方からしてきた。
突然の事で吃驚して体が動かず、何が起こったのか確認できないでいる。
「貴方達! 自分達の部屋に戻りなさい!!! 」
「「はぁい」」
声でやっと我に返り、動けるようになった。
メイド長『モイラ』に怒られ自分達の部屋へ戻っていく。
翌日彼女の怒りによりアイナ達の仕事量が増えたのは言うまでもない。
★
一転して同日の昼頃まで遡る。
ここは町役場の二階、町長アンドリュー・バジルの執務室。
奥の黒い机には疲れた顔をしたこの部屋の主が座っており、その対面には数人の武官と文官がいた。
「一先ず座ってくれ」
そう言われた彼の部下達はソファーに座る。
だが彼らの顔色も悪い。
「では報告してくれ」
少し困った顔をしながら文官と武官は顔を合わせていた。
尋常ではない事が起こっているのが彼らの顔色からわかる。
だが聞くしかないのだ。報告を。
でなければ行動方針を決めれない。
「……生存者一名。他行方不明となります」
「私が現場に赴いた時、目に入ったのは血溜りがあった痕跡と瓦礫のみ。骨等は見つかりませんで、した。生存者がいないか探索したのですが、一名しか確認できませんでした」
それを聞き、痛い頭を我慢しながら動かす。
「その生存者から何があったのか聞き出すことは? 」
「できませんでした」
「ただうわごとのように『化け物が』と呟くだけで……」
アンドリューの問いかけに彼らは報告する。
「分かった。本件は我々の手に余る。スラム街住人の移動のような生易しい物ではない事は明白。即座にドラグ伯爵へ連絡をとり指示を仰ぐ」
「「了解しました! 」」
「探索済みではあるが念のため冒険者ギルドにスラム街の探索を依頼しよう。念に念を越したことはない。予算を見積り、提出してくれ」
「了解しました! 」
「では、ご苦労! 」
アンドリューが解散の一言を言うと即座に文官と武官は出ていった。
「……この町に化け物が潜んでいるのか? いや違うものか、組織か? 何にしろ大事になってきたぞ」
今日も帰れない愛妻家は嘆きながらも災厄が家族に降りかからないよう今日もまた仕事に励む。
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