メイドは見た!
アンデリックとケイロンそしてエルベルが『ドルゴ』で騒ぎを起こしている中、バジルの町の貴族街にある屋敷の別荘の廊下で騒ぐメイドが一人いた。
「皆さん聞いてください! 」
「どうしたのです? 今日も騒がしいですよ、アイナ」
「そうです。しかし……何か面白い事でもあったのですか? 」
アイナの騒ぎに淡いロングブルーの髪をしたサラと黒髪ロングのルナが応じた。
同僚達が反応してくれたのが嬉しいのか少し得意げに前に進みもったいぶって話す。
「聞きたいですか? 聞きたいでしょう」
「確かに気にはなりますが」
「貴方の情報には当たり外れがあるので、今日はいいです」
「そんなことをおっしゃらずに! 聞いてください! 」
二人のまさかの反応に慌てて懇願するアイナ。
「とくダネですよ、とくダネ! 」
「そこまでいうなら本当にとくダネなんでしょうね? 」
「もし納得のいく話でなかったら、今度何か美味しい物でもおごってもらいますから」
「う、受けて立ちます! 」
サラとルナの挑戦ともいえる口ぶりに堂々とする。
もし外したら二人分の食費を余分に払わないといけないので大変なことになるのでいつもなら引き下がるのだが、今日の彼女は一味違う。
「ついさっき外出していた時の事です」
「ああ、おつかいですね」
「で、その時何があったのですか? 」
「お嬢様と件の男の子、そして……エルフの女性がいました !」
「「!!! 」」
「つまり! 恋敵の出現です!!! 」
本人がいたら「違うから。そっちの趣味はないから! 」と弁明していたかもしれないが、ここにアンデリックはいない。
ケイロンもケイロンで『恋敵』と言われたら全力で否定するだろう。
「それは由々しき事態です! 」
「こうしていてはいけません。すぐにそのエルフの身辺調査を! 」
『恋敵』というパワーワードに引かれ持っている掃除用のモップを放り出し仕事を放棄しようとするも、アイナが途中で割って入る。
「ふふふ。私がそれを怠っていると? 」
「まさかアイナ。すでに身辺調査を?! 」
「貴方が率先して調査を?! 」
「……皆さんが私をどう思っているのかよくわかりました。情報はいらないのですね」
「アイナがどうしてもというなら聞いてもいいですよ」
「さり気なく外に行った時に調べればいいのです。貴方に頼らなくても大丈夫ですよ。しかしどうしてもというなら私も聞いていいですよ? 」
「……聞いてくだちゃい」
慣れぬ駆け引きに出たアイナであったがすぐに陥落。
元より少々、いや大分お馬鹿なところがあるアイナなのだ。
話し好きであっても頭の回る二人に勝てるはずがない。
「相手は件の男の子よりも少し身長が高く緑の髪と瞳をもった爆乳エルフでした」
「なんと……」
「強敵ですね」
三人はケイロンの姿を見てエルフと勝負に勝てるか不安になった。
双方とも魅力のある女性だ。
ケイロンはボーイッシュな感じで気軽に話せて一緒にいて気苦労しないタイプ、エルベルは女性の魅力を濃縮したような人だ。
だが主人の恋バナを追いかける三人には違って映るらしい。
『女性の魅力』と言う一点のみに反応して、ケイロンが歩むであろう苦難の道を想像すると同時に恋の成功を祈る。
「あ、でもなんかそのエルフ族の女性。確かどこかで見たことがあるのです。確か……そう、以前大通りで。その時様子がおかしかったのですがあれは一体何だったのでしょう? 」
「「様子がおかしい? 」」
サラは持ち直したモップを抱えるように、ルナはモップの柄に顎を乗せながら反芻した。
「そうですね……。その時は女性にあるまじき行為をしていて」
「どんな行為だったのですか? 」
「大声で叫びながら踊ってました。昼の大通りで」
「「……。変態だー――!!! 」」
サラの問いに答えたアイナだったが、サラとルナはその行動を聞いてエルフが尋常ではない変人である事が分かり大声で叫ぶ。
「エルフ、変人……ちょっと待ってください。それって」
「まさかタウ子爵家縁の人? 」
「誰ですか? そのタウ子爵と言うのは? 」
首を傾げ二人に聞くアイナ。
変人で有名なタウ子爵の事を知らないのに驚いたのだろう。
目を見開いている。
「知らないのですか?! タウ子爵を! 」
「あの変人一家を知らないのですか? 」
「……しりまちぇん。教えてください」
言葉が幼児退行したアイナに諭すように言う。
「タウ子爵家は有名な——エルフの魔法使い一族で、その源流はこのバジルの町を二つ三ついったところにある『タウの森』に住むエルフ族です」
「その一族からは多くの優秀な魔法使いが排出されています」
「いい事なのでは? 」
「排出された人達が『普通』ならそうでしょう? 」
「……その言い方だと普通じゃないのですね」
「残念ながら」
アイナ以外の二人が表情を暗くする。
それほどにタウ子爵家とは異常な一家なのだ。
「例を挙げて話しましょう。まず何も知らずに彼の子爵家に使用人として入ったら一か月持ちません」
「分家であっても同様の様ですね」
「見た目は普通のエルフなのですが異常なまでの精霊愛や精霊の事となると異常行動をしだすみたいです」
「そのテンションについて行けず、全員辞めていくようですね。残っているのは『慣れてしまった人』か『主人の行動に諦めた人』、『そこしか行き場がない人』くらいです。まともな人は足を踏み入れるのも躊躇うくらいの家です」
異常行動、と聞いて路上でトリップしていた様子を浮かべるアイナ。
どうやら納得したようだ。
わかった、というような表情をして二人を交互に見る。
「……路上でトリップしていたのはそれだったのですね」
「そんなことが」
「大観衆の前で……」
二人も想像したのだろう。
そこに自分がいなくて本当に良かったと思った。
もしそこで自分達に話かけられたらと思うと気が気でない。
「しかし解せませんね」
「何がですか? 」
「仮にタウ子爵家縁の人としてもその人は何で路上でトリップしていたのでしょう? 」
「まさかこの町に精霊が? 」
「けど精霊って本当にいるのでしょうか? 精霊魔法は聞いたことあるのですが直接見たことがあるわけでもないですし」
「妖精族の方々は何やら感じ取れるらしいのですが」
「ならいるのでしょうか? 」
「そこまでは……」
加護を得ないと人族には視るどころか感じ取れることすらできない精霊。
彼女達が精霊の存在に疑いを持つのも何ら不思議ではない。
視える方が稀なのだ。
「そう言えば、お嬢様と一緒にいたのですよね。そのエルフ」
「ええ、そうです。それが? 」
「お嬢様。お可哀そうに」
「「「ご愁傷様です」」」
彼女達はケイロンの方を向き、同情の目を向けた。
ケイロンは知らない所で家人の同情を買っていたのであった。
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