エカテー・ロックライド 一
アンデリックとケイロンがとぼとぼと冒険者ギルドを去っていく中、その原因を作った本人、エカテーは一人受付台に座り直し先ほどの出来事に憤慨していた。
「なんて生意気なガキ共なんでしょう! 」
周りに他の冒険者達がいるにもかかわらず独り言ちる。
冒険者達は「またか」と思いながらも長年居座っている彼女を注意しようとしない。いやむしろ放置状態だ。
なぜならば……
「エ、エカテー先輩! さっきのはなんですか?! 」
「さっきのとは何ですか? さっきのとは? 」
「アンデリック君とケイロン君、です!!! 」
「彼らが何か? 」
「あ、あんな態度はないと思います! 先輩、受付なんですからもう少し愛想よくした方が良いと思います! 」
「なんで私が貴方に受付の何たるかを聞かなければならないのかしら」
「それはあまりに先輩が……ひぃ」
鬼の形相をしたエカテーを見て新人は少したじろぐ。
しかし今日ばかりは、と言わんばかりに一歩足を踏み出し食い下がる。
奥で軽食片手に受付を見ていた冒険者達は、注意に入った新人の受付嬢を見て「まずい」と思う。恐らく彼女の異常性を甘く見ているのだろう。
しかし仲介に入らない、入れない。
「それにFランク冒険者に専属をつけるなんて聞いたことがありません! 」
茶髪ショートの受付嬢はその茶色い瞳で見上げながらも強く睨みつけながらなんでそんなことをしたのか問いただす。
「ええそうね。専属を付けることなんてないわね」
「だったらなんでっ! 」
問いに肯定したエカテーに食いつく新人。
二人の言い争いに気が付いたのか事務員や他の交代要員の受付嬢が集まってくる。
「だって専属にしていないもの、書類上は」
「えっ??? 」
思いもよらぬ言葉に抜けた言葉が漏れる。
「どういうこと? 」と混乱していると、エカテーが呆れた顔で馬鹿にしたような感じで告げた。
「簡単な話よ。こんなことも分からないのかしら。つまり彼らには『専属』って言った、けれども『書類上』は専属ではない。何も知らない彼らはどうすると思う? 」
「……先輩の所へ依頼を持ってきます」
「そうよ、お馬鹿さん。でも身の丈に合わない依頼を持ってくることもあるでしょう。そこで冒険者ギルドの先人たる私が依頼を選ぶことで彼らの生存率を上げ、経験を積ませ、立派な冒険者に育て上げる。これのどこに不利益があるのかしら? 」
それっぽい正論を言われ、ぐうの音も出ない新人。
悔しく唇を噛むが、言葉が出ない。
「それに貴方、いつも大変でしょう? 多くの冒険者達の相手をしていて。なら少し私が手伝って貴方の負担を少なくするというのも非常に合理的だと思うのだけど、ねぇ皆さん」
「「「そうですわ」」」
いつの間にかエカテーの周囲に彼女の取り巻きが囲んでいた。
新旧合わせて様々な事務員や受付達である。
「いい加減にしてください。貴方、またやったのですか? 」
「サ、サブマス?! 」
声がする方を見ると、彼女達の目には一人の女性が映っていた。
銀色ショートに青い瞳の小柄な女性、冒険者ギルドサブマスターのミッシェルである。
カツカツカツとヒールの音を鳴らしながら二階の階段を降りてくる。
元々冷たい雰囲気の彼女だがエカテー達を見る瞳は極めて冷ややかである。
「誰の権限をもってFランク冒険者の『専属』となったか、理論的な説明をお願いします」
冷たく言い放つと彼女の後ろについてきた屈強な事務員達が新人受付嬢を守るように囲った。
「専属になっておりません」
先ほどまで大声で専属について主張していたが、ここに来て言葉を翻した。
「そうですか、ならば聞いてみましょう。そこの貴方」
「はいぃ! 」
「こちらのエカテーさんは誰かの専属となりましたか? 」
冷たい、カルボ王国ではまず感じない寒さに見舞われた冒険者はエカテーが睨み「余計なことをいうな」という視線に気付かずに「はいぃ! 新人冒険者の専属になりました! 」と直立不動で言った。
「なるほど、双方の主張が異なりますね。しかし以前にも同様の問題があったことを認識しております」
「以前に問題があったからと言ってエカテーさんがそのようなことをしているとは限らないでしょう! 」
「理不尽です! 」
エカテーの取り巻きから反論が飛び交う。
彼女達の言動にミッシェルは眉を顰めた。
彼女は取り巻きの行動により不利益を被る可能性を感じ少し宥めようとしたが、それよりも先にミッシェルが問う。
「周囲の反応を見れば貴方が嘘をついているのは明白。何故嘘をついたのですか」
「嘘ではございません。『書類上』は専属となっておりませんので」
チッ! と舌打ちを打ちながら、正直に答える。
こうなるとミッシェルは追い詰めてくるだろう。それを予見し、頭を働かせる。
「『書類上』は、ですか。ならば本人達にエカテーさんが専属になる事を伝えたのですね? 」
「……はい、しかしこれは彼らの事を思ってのこと。何も不利益がないように思えますが? 」
「利益不利益問わず『専属』の任命は各冒険者ギルド支店のギルドサブマスター以上の権限が必要となってきます。サブマスターでもない貴方が依頼されていないにも関わらず専属を告げる行為自体が問題であり、規則違反となります。以前に違反した時、詳しく当時のサブマスターがお伝えしたはずです」
一方的に告げられるがそこは歴戦の規則違反者。
対抗策はすでに講じていた。
「……その件を受け、以前より『受付嬢による自主的な専属任命』を申請していたのですが」
「それは却下しております。勿論申請者である貴方にも通知は行っているはずですが? 」
自身よりも遙かに年下のサブマスターに『権力』で押さえつけられ、苛立つエカテー。
少し体を震わせながらも、きつく睨みつけ抵抗する。
「……しかし現状、なりたての冒険者の死亡率が高いのは事実です。これを機に再考していただければと」
「確かになりたての冒険者の死亡率が他の――熟練の冒険者方に比べて高いのは事実です」
「ならばっ! 」
「しかし、少なくともこのギルドでは必要はありません。なぜならば、他の街のギルドに比べ死亡率が極めて低くいからです。故に本ギルドにおけるそのような特別な規則は必要ありません。もしこの問題に関して根本的な解決が必要と感じたらカルボ王国王都本部にご連絡ください。対策と同時に」
冷酷な目をしてそう言い放ち、二人のやり取りを呆然と見ていた新人受付嬢に声をかけ二階へと向かった。
「くそっ!!! あのガキィィ!!! 」
ミッシェルが二階のサブマス室に入ったことを確認して、拳を机に叩きつけ毒づいた。
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