スミナ
カーン、カーン、カーンと鉄を打つ音がする。
打っているのは褐色肌に短い銀髪のドワーフ族女性『スミナ』だった。
カーン、カーン、カーン……。
熱気漂う工房の中ただ黙々と鉄を打つ。
★
「ダメだ、これじゃダメだ」
自分で打った剣を手に持ち光にかざす。
それを金色の瞳で見て項垂れる。
これで何本目だろうか。未だに彼女は父の剣を超えられずにいた。
見てわかるほどのレベルの差。
彼女と彼女の父にはそれほどの差があったのだ。
「何がいけないってんだ! 」
独り言ちながら今まで打った剣をぼーっと眺める。
『剣』としては出来上がっている。
均一で一定の切れ味を持つ剣達だ。
他の職人が見たら羨ましがるだろうが彼女はそれで満足していなかった。
通常、この国で剣は型に流し込むことで大量に剣を作り均一な製品を作っている。
他の職人がスミナのように打って、均一で鋭利な製品を作ろうとしてもどうしてもムラが出る。よって彼女の鍛冶師としての腕が一人前なのは確かなのだが父を超えるとなると絶対的な隔たりがあった。
ぐぅぅぅ。
「もうこんな時間か。メシくいにいかねぇとな」
工房に籠り二日。寝ず食わずの状態だった為、食事をとるために工房を後にした。
★
「できたか」
「できた、と思うか」
父が作ったであろう男飯を前にがっつく彼女。
それを見てドルゴは厳つい顔を少し緩ませながら見る。
ドルゴの視線に気付かないまま、彼女はご飯を腹におさめる。
「何がいけねぇんだ」
「なんだ。躓いてんのか? 」
「躓いてるわけじゃねぇ! 少し考えてるだけだ! 」
「それを躓いてるってんだ」
「よりいいもん作るために考えてんだ! 違いを分かれこの野郎」
心外だと言わんばかりに怒声を上げるがドルゴは気にもせず彼女を見る。
ドルゴからすればもうすでに、いやこの勝負が始まった時から彼女が勝つためのヒントを示しているのだが気付かないようだ。
こりゃ長引きそうだ、と思いながらもドルゴは食器を手に取る。
「どうしたんだ、父ちゃん。父ちゃんが洗いもんなんて。明日は雨か? 」
「……なんて失礼な娘だ。俺だって洗いもんくらいするわ」
娘から中傷を受けながらも小さな体に合わせて作った台所へ行き、食器を洗い出す。
「あ、鉄を買いにいかねぇと」
「それは自分で行ってくれ」
「わぁってるよ! じゃ、行ってくる」
体の半分はあろうかという愛用のハンマー片手にスミナは鉄を買いに行った。
★
「お、スミナじゃないか」
「久しぶりだな。ライカ」
「と、言っても二週間くらいじゃねぇか? 」
「はは。そうだった、そうだった」
彼女が町中を鉄を運ぶためリアカーを引いていると大盾を持ったドワーフ族の女性に会った。
昔馴染みの友達だ。
「冒険者、うまくいってるか? 」
「ああ、今の所はな」
「ならよかったぜ。何なら俺んちで盾を見てやろうか」
「すまんな、これからまた違う町に行かねぇといけねぇんだ。また今度頼むよ」
そうか、と言い少し寂しく思う。
彼女はCランク冒険者、自分は単なる鍛冶師だ。
「そういや、冒険者になるって話どうなった? 」
「まだ父ちゃんの了解がでねぇ」
「そっか。ま、気長に行こうぜ。俺達はまだ十代だ。先がある」
「そう、だな。焦ってもいけねぇよな」
そうだ、そうだと頷きながらある事を思い出した。
「そういやぁ『焦る』で思い出したんだが、この前は大変だった」
「大変? 」
「ああ、ギルドの汚職は知ってるだろ? 」
「知ってる。だがそれがどうしたってんだ? 」
「それが発覚する原因となった事件に巻き込まれたんだがよ。あんときゃヤバかったな」
「お前がか? 」
このライカという冒険者。
ランク以上に盾役がうまい。上手に相手の注意を引きつけ立ち回る。背丈ほどある少し特殊な盾をうまく使い注意のみならず、魔法攻撃までも誘導するのだからその実力は見張る物があるのを知っている。
材料がなく、仕方なく鉱山に鉄を親と掘りに行く時大抵スミナが盾役をやるがこのライカ程うまくできた覚えはない。
だからこそ、ライカの言葉に驚いた。
「実はな、ゴブリン村を発見したのは良かったんだがその後がよ」
「いや、村でも良くないだろ。まぁライカの実力なら気にしないレベルだけどよぉ」
「はは、でな。そのあと奥から更に大量のゴブリンやらウルフやらが押し寄せてよ。ヤバかったなぁ」
「……良く生きてたな」
「ははは、良く生きてたと思うよ。今、生を実感してらぁ。だからよ、焦るな」
肩をぽんぽんとライカが叩き「じゃぁな」と手を振ってスミナが行く方向とは別の方向へ歩いて行く。
その後ろ姿は大盾に丸隠れして盾そのものが移動しているように見えた。
「焦るな、か」
独り言ちた後、彼女はリアカーを引いて行く。
リアカーを引いた状態で商業区を行くと様々な店や人が見える。
衣服店に宝石店、アクセサリーや小物を売っている店に商業ギルド。またそこに出入りする商人に客、そしてスミナのようにリアカーを引いて大量に商品を運ぼうとする者等。
一瞬アクセサリー店を見てその美しさに見惚れた。
リアカーを止め、覗く。
昔は作ってたんだけどな。
母がまだ生きていたころは武器よりも小物づくりの方が好きだった。
母親の影響もあるのだろうが、それよりもあの小さくとも魔石に刻み上げたあの魔法陣や魔法式がキラキラと光り美しく綺麗だったのだ。それに加え自分の手で作り上げた時に溢れんばかりの高揚感に包まれた。あの感覚は忘れられない。
死後小物造りよりも父の鍛冶で生計を立てなければならなくなったのでできなくなったがまたやりたいものだ、と頭を過る。
ダメだ、ダメだ。
今は鍛冶に集中しないと。
思い出に浸りつつも現実に戻り家路につく。
今日もまた彼女は鉄を打つ。
父が課した課題を乗り越えるために。
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