第四十五話 Eランク昇格への道 四 依頼の終了
「なるほどねぇ~。あの幽霊騒ぎは精霊様だったのね。なんか申し訳ない事した気分だわ」
「本人が言っているだけなので本当かは分かりませんが」
「僕も視えませんしね」
「でもいたのでしょう? 」
午後の部であったことを話すとすんなりと信じてくれた。
フラベールさんが少し興奮した顔でこちらを見てくる。
精霊と言うのは思ったよりも信仰されているようだ。
今さっきまでそこにいた、というだけでこの興奮気味。
影響力がすさまじい。
だが視て、聞いて、触れる俺としてはむしろ、もし同じ状況になったら落胆しないだろうかと思う。
それほどまでに周りの具合と視えているものが異なるのだ。
「今さっきもフェナの周りを浮かんでましたね」
「うらやましいわ」
「僕は……それほど……」
少し俯き、口籠る。
あの時の事を思い出したのだろう。
最初の接触が『いたずら』だったら、多分フラベールさんもケイロンと同じ感情を持ったかもしれないな。
「それにしてもなんでアンデリック君だけ視えるのかしら? 」
「話によると精霊の加護を受けた人ならだれでも見えるらしいですよ」
「私ももらえないかしら~」
「精霊は気まぐれで与えるらしいので、気分が乗ったら受けれるかもしれませんよ」
「ならそれまでアンデリック君を拝んでおくわ。何かいい事がありそうだし」
ニコリと笑い、拝みだした。
や、やめてくれ。
と、いうか笑うなケイロン!
誤魔化しきれてないぞ。
気分が済んだのか、拝むのをやめ今日の依頼は終了した。
依頼達成のサインをもらい俺達は冒険者ギルドへ終了を報告する。
そして次の日の依頼——【ゴブリン退治】を受けて、今日の仕事は終了した。
★
バジルの町にある、とある貴族の別荘。
「皆さん聞いてください!!! 」
「どうしたのです、アイナ」
「いつもに増して騒がしいですよ、アイナ」
早朝、今日の昼ご飯を買いにパン屋『フラン』へ行ったアイナは急いで、しかし走らず働き先である屋敷へと戻った。
同僚を見るや否やすぐに声をかけ今日あったことを伝えようとする。
しかし彼女の日常の行いのせいか自身の興奮が周りに伝わらない。
それでもめげずに話しかける。
「今日、今日朝『フラン』へ行ったらお嬢様がいらしたのです! 」
「え? それは本当ですか! 」
「なんですか、その面白そうな話は! 」
掃除の途中だったがアイナの話に食いつく同僚。
メイドの一人サラはモップを置いてアイナに近付き、ルナはモップを杖のように使い顎を上に乗せている。
仕事中に取るような態度ではないのだが、娯楽が少ないこの屋敷で自身が仕える主人の子女が取引先にいたことに興味を隠せず掃除そっちのけで話を始める。
「で、何かあったのですか? 」
「貴方の事です。そこで何もなかった、ということはないでしょう! 」
「ふふん、よくぞ聞いてくれました。そこには――件の少年がいたのです!!! 」
アイナがそう言うとサラやルナは目を丸くし、身を乗り出す。
「まぁ! それはそれは」
「面白くなってきましたね」
「これから身分を偽り男装して殿方に恋する子女。あぁ~これほど絵になる物はないですわ! 」
「貴方達! 何しているの!!! 」
「「「げっ! メイド長!!! 」」」
まさに話に花を咲かせようとした瞬間、彼女達の目に妙齢で眼鏡をかけた厳粛そうな雰囲気を纏う女性が現れた。
仕事をさぼり、話をしている彼女達を見て注意しに来たのだ。
「仕事は勿論終わっているでしょうね? 」
「えっと」
「いえ、その」
「あ~いやぁ……」
「一時的とはいえお嬢様がこの町にいらしているのです。ご自身で宿をとっておられますがこの屋敷に滞在する可能性も捨てきれません。今まで以上に気を抜かず隅々まで掃除をするように! 」
「「「は、はい!!! 」」」
メイド長ことモイラの言葉に直立不動となり返事をする三人。
モイラはこの屋敷のメイド長である。本家——つまり領都にある屋敷のメイド長ではない。しかしこの屋敷における権限を有している。よって部下である彼女達は従うしかない。
モイラは少し溜息をつき先ほど何をしていたのか問いただす。
「で、貴方達何を話していたのですか? 」
「えっと……」
「あの……」
「いいから、話してみなさい」
モイラも興味があるようだ。
雰囲気を保ち背筋を伸ばした状態で聞く。
「実は朝パンを買いに行ったのですが」
「そこでアイナがお嬢様を見たというのです」
「そしてそこに件の少年がいたとの事でどのような雰囲気だったのか気になりまして」
「はぁ……そう言うことですか。アイナ、失礼なことしてないでしょうね」
「も、勿論です! ハイ! 」
「よろしい。では仕事に戻ってください」
「「「はい!!! 」」」
彼女の言葉を受けアイナ達は仕事を再開した。
★
バジルの町の町役場の一室。
そこには書類塗れになっている一人の壮年の男がいた。
黒く塗装された机は書類が散乱しており彼の忙しさを物語っている。
「あのロックライドの馬鹿娘め、余計なことをしてくれた」
彼——バジル町長ことアンドリュー・バジル子爵は独り言ちながら書類を見る。
そこに書かれていたのはエカテー・ロックライドの蛮行と彼女が脱走したという報告書。
痛い頭を抑えながら、それらを見て、必要な書類にサインを書いていく。
サインをしていく中、コンコンコンと扉からノックの音がする。
なんだこの忙しい時に、と思いながらも返事をし入室を促す。
「「失礼します」」
入って来た二人を見て、顔を歪めた。
文官服の男性一人と武官服の男性一人。
最近問題ばっかりで、この組み合わせに嫌な予感しかしない。
「ご報告に参りました」
「そうか。ご苦労。だが報告書では済まない事なのかね? 」
「早急に捜査が必要と思い、こうして直接来た所存でございます」
『捜索』という単語を聞いて、胃が痛くなった。
厄介事確定だ。
いつ戻ってくるのか分からない日常を恋しく思いながらも彼らの報告を聞くことに。
「わかった。では報告してくれ」
「はっ! スラム街が、消えました」
……勘弁してくれ。
そして文官服の男性が報告書を読み上げ、武官服の男性が現場目線から補足する。
報告を終えた彼らの退出を見送ったアンドリューは一人残され、頭を悩ませる。
「一旦再調査だ。そして報告をドラグ閣下へ送り、あぁ……報告書を……」
次から次へと問題が彼を襲う。
愛妻家アンドリューは今日も帰れない。
お読みいただきありがとうございます。
もしお気に召しましたらブックマークへの登録や下段にある★評価よろしくお願いします。