第五話 バジルの町の冒険者ギルド
ギギギ、という木の扉を開けると、そこはある種異世界の様だった。
例えるなら外は平和な日常、中は戦場といった所だろうか。
外から見たよりも中は広く、壁は煉瓦床は木でできていた。
ある所には多くの木製の丸い机と椅子が置いてあり、冒険者達が談笑している。
少し挙動不審になりながらも周りを確認すると、二階に繋がる半螺旋状の階段があり事務員と思しき人達が大量の書類をもって作業をしているのが見えた。
流石に場違い感があり、パニックになりそうになる。
だ、大丈夫!
た、多分皆通った道だ!
そう自分に言い聞かせながら茶色い廊下の中を歩きながらキョロキョロとし、少々パニックになりながら上ずった声で相方に聞く。
「ケ、ケイロン! どうしたらいい?! 」
もはや恥も外聞もない。
中にいるのは歴戦の戦士達や魔法使い達だ。
こ、怖え~!
騒がしい室内で、次どうしたらいいのか分からなくなってしまった。
そのような中ケイロンは周りの雰囲気など気にせず周りを見渡す。
周囲を見渡すと村では見たことのない物凄い人相の人もいれば優しそうな人もいる。
だけど、何故か優しそうな人に関しては話してはいけないような気がする。
紫色ロングでおっとりとした感じの魔女風な格好をしているけど、何か危ない。
本能がそう教えているような気がする!
「あっちかな……」
強面の戦士達の中をひょうひょうとすり抜け、列になっている所へ行こうとしている。
確か冒険者ギルドでもギルドカードを発行しないといけないんだったよな。
この列がそうなのか。
な、長い……。
朝の井戸汲みに並ぶ村人とは比較にならない程だ。
だが、行かなくては!
そして人が入り混じる中、俺はケイロンに続き列に並んだ。
……いくら待っても列がはける気がしない。
どういうことだ?
「もしかしたらこの列人気の受付嬢の人のものかもしれない、ね」
「人気とかあるの? 」
「そりゃぁあるよ。可愛かったりしてギルドのアイドル的存在がいたりとか。ほら他の列を見てみて」
ケイロンが俺に受付嬢の状況を教えようとする。
彼の指示通りに他の列を見て見るとそこは閑古鳥が鳴いていた。
『ゼロ』である。
全く誰もそこに行っていない。
受付の人もあまり気にしていないのか、ダルそうに金属製のヤスリの様な物で自分の爪を研いでいた。
「あっちに行かないか? 」
「え? なんで? 」
「だってあっちの方が早そうだろ? 」
「確かにそうだけど、あまり気乗りしない、ね」
「俺達はギルドカードを作るだけだろ? ならあっちでも大丈夫だって」
「だけど……」
「それにこの列の長さじゃカード作るだけで昼を過ぎてしまう」
そう言い少し横にずれて前を覗き、終わらなさそうな列の長さを指さす。
「わかった、わかった、よ」
「よし、じゃぁいこう」
早めにカードを作りたい俺はあまり気乗りしない様子のケイロンを無理やり動かし、彼を連れて隣の列へ移動した。
その時背後から何か視線の様なものを感じたが、その時は気にしなかった。
★
その受付嬢の前に行くと、雰囲気が変わったような気がした。
何というか、暗い感じだ。
だが、受付嬢の姿はそれに反比例している。
三十代くらいだろうか、厚化粧をしているから正確な年齢は分からない。しかも金髪ロングでクルクル巻きであった。
初めて見た……。
これが『貴族巻き』と呼ばれる伝説の髪型なのか?!
そして彼女を少し見上げながら俺は口を開く。
「あのー、冒険者ギルドに登録したいのですが」
これで大丈夫なはずだ。
彼女の反応を見るが、反応がない。
聞こえていないのか?
「あのー! 冒険者ギルドに登録したいのですが……」
今度は強めに言った。
しかし爪を研ぐ音がするだけだ。
こ、この……!!!
「あのー!!! 聞こえていますか!!! 冒険者ギルドに登録したいのですがぁ!!! 」
半ば怒鳴るような声で受付嬢へ言い放つ。
それを見ていたケイロンが「抑えて、抑えて」とか言い受付台に乗り出そうとしている俺を抑え込もうとしている。
仕方なしに、少し下がり反応を待とうとしたら青い瞳でこちらを睨み怒鳴り返してきた。
「聞こえてるわよ!!! 爪を研いでるの! 忙しいの! わかるでしょ!!! 」
「仕事中にするなよ! それよりも登録だ! 登録!!! 」
「そのくらい待ちなさい! このガキ!!! 」
「~っ!!! 」
何たる言い草だ。
あまりの理不尽な言葉に愕然とし、後退した。
仕事中に爪を研ぐだけでなく冒険者登録しようとしている領民をガキ呼ばわりとは……。
その暴言に流石のケイロンも口を開いて呆然としている。
「ケ、ケイロン。冒険者ギルドの受付嬢って皆こんな感じなのか? 」
「い、いや……初めて冒険者ギルドに来たけど、こんなことは聞いたことない」
「でも実際に……」
「そうでもないみたいだよ。元の列の受付嬢を見て見てよ」
そう言われ隣の列の受付嬢を見る。
するとそこには普通に応対している白いシャツで紺色のブレザーの女性——受付嬢がいた。
先ほどの怒鳴り声が聞こえたのかこちらを見てペコリペコリと頭を下げながら次の人の応対をしていた。
列に並んでいる冒険者達も「あ~あ」みたいな顔をしてこちらを見ていた。
……つまりこういうことだ。
こちらに並ばないのは単にこっちの受付嬢が酷い応対をするのを知っていたからだ。
それならそうと言ってくれればいいのに……。
何と冷たいんだ! これが都会の洗礼なのか!!!
そう打ちひしがれていると「終わったわよ。ギルドカードね、ギルドカード」と何やら机の引き出しを探っていた。
さっきまでのやり取りをなかったことにしている?!
それとも情緒が不安定なのだろうか……。
床に突っ伏していた俺はゆらゆらと立ち上がり、ケイロンの肩を掴み、謝った。
「すまん……。ケイロンのいうことを聞いておくべきだった」
「い、いや。いいよ。僕もこれは想像できなかったしね」
ケイロンと話していると受付嬢はコンコンコンと指で紙を叩き何やら指示を出してきた。記入しろと?
最早喋る事さえ億劫なのか?!
早くしろ! と、苛立ちを隠せない顔の金髪ロールを見ながらも俺達は言葉を受け、黙々と俺達は記入用紙に名前を書く。
そもそもこの人は本当に受付の仕事をしているのか? 急遽人手が足りなくなったとかで別の人の代理とかじゃないのか?
そんな疑問にかられながらも記入用紙に記載を終え、提出する。
「汚い字! 全く親は何をしているの」
俺達の書類を受け取った受付嬢は顔をしかめてそう言った。額に青筋を浮かべながら彼女が冒険者ギルドのギルドカードを出すのを待つ。
もう少しだ。もう少しだ。
我慢しろ、切れたらだめだ。
自制しながら切れそうな頭を抑える。
「はい、これで貴方達もFランク冒険者よ。注意事項は……誰かに先輩にでも聞いて」
引き出しから取り出した木製のプレートを乱雑に受付台の上に置き、言い放つ。
投げやりな言葉を受け、怒りを通り越して『無』へと入り込んだ。
あれだ。
この人本当に受付嬢じゃない。
胸元にあるネームプレートには『エカテー』とあった。
恐らく違う部署の人だ。
いつもと違う仕事をさせられていらいらしているんだ。
そうだ、きっとそうだ。
「それと今日から貴方達の『専属受付嬢』は私。基本的にFランクで専属を付けることなんて本当はないんだから。きちんと働きなさい」
青い瞳をこちらに向けそう言う。
……受付嬢だったんだ。
『専属』という言葉に本来なら特別感が出てくるんだろうけど、全然そんなことが無かった。
残ったのは「この人とまだ付き合わないといけないのか」という絶望感だけだった。
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