エカテー・ロックライド 六
「ふふふ、まさかミッシェルが味方に付いてくれるなんて」
独り言を言いながら彼女は東の城門の方へ向かっていた。
そこから少しずれ、裏道へと向かう。
昼なのだが陰険な雰囲気のせいか、薄暗い。
「これで私が回収すれば……」
「そこまでです」
え? と振り向くとそこにはさっき自分を見送った人物——ミッシェルがいた。
薄暗さの為かいつもは輝いている銀髪が少し暗い。
「な、なんで……」
「貴方は行動が分かりやすすぎます」
「本当に、な」
え? 更に振り向き前を見るとそこには白い仮面の男性がいた。
ど、どういうこと?
さっきまでここには誰もいなかったのに……。
「ま、これで一つ問題の元凶を潰せるのなら儲けものだな」
「……被害にあった冒険者達の前で言わないでくださいよ? 」
「わかってるって。そもそもお前さんを敵に回した時点でこの馬鹿の運命は――決まってる」
逃げなきゃ!!!
そう思った瞬間エカテーの周囲に青い魔法陣が展開し、寒さが襲った。
「氷結牢獄」
いつの間にか取り出した短杖をミッシェルはエカテーに向け、魔法を放つ。
氷の牢獄に囲まれたエカテーはその寒さに震えながらもミッシェルを睨みつけた。
「あ、貴方! たかがサブマスのくせに!!! 」
「あら、酷い言い様です」
「全くだ。こいつの事を全くわかってねぇ」
「いえ、そこは庇ってくれてもいいのですが」
何の事?!
この人達は何を言ってるの!
エカテーが混乱する中、氷の牢獄の傍を通り仮面の男がエカテーの隣へ行く。
ふと見た瞬間、その男が呟いた。
「なぁ、俺いったか? 」
「……この牢獄を作るのはいいのですが、彼女を運ぶのがどうしても大変でして」
「そう言うことか」
二人が話しているのを見ていると男が手を向け、エカテーの意識は遠ざかった。
「後は、残りを締めるだけだな」
「はい。王都の方からも援軍が来ております」
「さぞ吃驚するだろうな、あの大軍をみると」
「市民の方々が怖がらなければいいのですが……」
「……それも踏まえて、こいつらに責任を取ってもらうとしよう」
そうですね、とだけ返事をミッシェルは魔法を解除する。
「運ぶのもお願いします」
「へいへい」
そして反転し、仮面の男――ジョルジが彼女を担ぎ冒険者ギルドへ向かったのであった。
★
「「この度は申し訳ありませんでした」」
ここはバジルの町の中央広場。
市場から少し離れた場所にあるこの場所には正装を着た男性と女性が頭を下げていた。
そしてその後ろには縄でくくられた冒険者ギルドの職員達が集められている。
更に行政官と思える者達に憲兵達もその隣に見える。
そのせいか物々しい雰囲気を醸し出していた。
「こ、こいつらが横領?! 」
「俺達の依頼料を、だと! 」
「はい、本来冒険者支払われる金銭を横領しておりました。今後このようなことがないよう努めてまいりますのでよろしくお願いします」
そして再度頭を下げる。
謝る二人を見ながら彼らは諸悪の根源を見下ろす。
これほどの大規模横領事件だ。
怒りよりも驚きの方が勝っているようだ。
二人が予想していたような罵詈雑言が飛んでこない。
「まず彼女達は全員冒険者ギルドを追放になります」
「ちょっとまってよ! なんで追放されなきゃいけないの!!! 」
「黙っていなさい! 」
ピシ! と一喝し話を進めようとするが彼女達は必死だ。
もしここで追放なんてされたら……
「少し誤魔化しただけじゃない! 皆やってるのよ、なんで私達だけ追放されなきゃいけないの! 」
「他の町も今頃混乱状態でしょう」
今回の件がこの町のみでない事を教えられ、抗議した事務員は青ざめる。
事によっては他の町のギルドと共にやりくりしていた。
先の話を聞く限り他の町のギルドも調査が入っていることが分かる。
起死回生の一手を考える。
このままだとダメだ! 奴隷に落ちてしまう! と、その場にいる元ギルド職員は思い、考える。
「わ、私達がいなくなったらギルドはどうするのよ! 回らないわ! 」
「ご心配なく。市民の皆様により快適にご利用いただけるよう王都から審査に合格した者達が配属となります。よって貴方達がいなくても十全に機能いたします」
最後の頼みの綱が切れたと知り、項垂れた。
彼女達の周囲に漂うのは『絶望感』。
どうにもならない現状を突き付けられ、泣き崩れる者もいる。
「これより受け渡しを行います」
男と女が行政官の方を向き、合図の頷きをする。
それに応じ彼らも頷いた。
隣にいた憲兵達が元職員達に近付く。
これにより完全に追放され犯罪者となった。
「や、やめなさい! 」
「私を誰だと思ってるの! 」
「今すぐこの縄をほどきなさい! 」
彼女達はギルド内で罪を犯したのみならず架空商会を作ったりなど行政としても看過できない犯罪を犯している。
よって行政側から憲兵達が派遣され彼女達を逮捕した。
各々が憲兵達に抵抗する。
しかし相手はプロである。やがて抵抗も無意味となり全員もれなく牢屋へ放り込まれた。
★
「何で……何でこうなったのよ……なんで……」
エカテーは薄暗い牢屋の中ですすり泣いていた。
他の者達もぼろきれのような状態になり、泣いている。
元よりいいところのお嬢様達なのだ。
このような場所へ来たことすらないだろう。
「本当なら……」
ミッシェルの介入が無ければ『エカテーが召喚した』ゴブリンやデビルグリズリーを回収し大金を得ていた。
そしてバジルの町の冒険者ギルド内での地位を確固たるものにしていただろう。
だが現実は甘くない。
こうして牢屋に入れられているのだから。
「あの女さえいなければ……」
そう濁った瞳を浮かべ、呪詛を吐く。
ミッシェルがいる間に行ったのが悪かった。
さらにいうならば出張に行っていたギルマスが戻ってきて、行政と連携されたのも悪かった。
全て、あいつらが悪い……。
「あれあれ、まぁまぁ、これは酷い状況だね」
「そう、言わない」
この場所に相応しくない軽快な話声が聞こえてきた。
音もせずこちらに寄ってくるその声には聞き覚えがあった。
そうだ。奴らだ。
「あ、貴方達! まさか私を口封じに?! 」
目の前に黒く大きな影が映る。
エカテーが震えながら言うと、影が彼女の方に向いた。
「お、見つけた、見つけた。探したよ」
「もう、王都へ、運ばれたのかと、思った」
「いやいや、冷や冷やものだがね。まぁしかし……口封じ、それもいいんだけどそれはそれで非効率的なんだ」
「だめだめ、効率」
「そう、だめだめ」
何を言いたいの……。
その異質さもさることながら不穏な雰囲気に圧倒される。
加えて何を言いたいのか分からない。
「だからね。提案があるんだけどね」
「そう、提案」
「君にとって悪い事じゃぁない」
「むしろ良いこと、良いこと」
「な、なによ! 」
この異様なタッグにたじろぐ。
提案って何?!
その不穏な言葉に恐怖を覚え、脂汗が出た。
圧倒的優位な者からの提案。
悪い想像しかできない。
恐怖で影から目を背けると、ふと別の牢屋が視界に入った。
一緒に入っていた同僚は何かしらの魔法で横たわり寝ているようだ。
それもあり、このタッグの異様さが更に際立つ。
「簡単な話さ」
「そう、簡単な話」
「僕達と」
「私達と」
「「一緒にこないかい? 」」
え?
拍子抜けした。
どんな無茶な要求をされるのかと思ったらここから出してくれるようだ。
しかしどういうこと?
「前も言ったけど、僕達はこの町を潰したいんじゃなくて仲間が欲しいのさ」
「そう仲間」
「君ほどの逸材を手放すのはもったいない」
「もったいない」
「と、いうことで」
「そこで」
「「召喚士として僕達の仲間になってよ」」
「いいわ! その提案! 引き受けるわ!!! 」
こうしてエカテーは脱獄した。
彼女が去った後、それぞれの牢屋には血だまりが出来ていた。
しかし不思議なことに遺体は無かった。
どこに行ったのか分からないまま看守はただただ呆然とするだけだった。
次話より二章へ突入します。
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