第三十二話 ゴブリン退治 四 覚醒の時
頭の痛みが激しさを増す。
痛い……。
だが、行かなくては。
俺は東の城門に向かって走る、はしる、ハシル……。
途中道を歩いていた商人達が不審な目で見ていたがそれどころじゃない。
間に合ってくれ!
夢であってくれ!
走る。
林を抜け、街道を行く。
「間に合わない! くそっ! 身体強化!!! 」
魔力量があまり多くないので魔力を消費することは極力避けたいが、自身の体に魔力を巡らせ、強化する。
体中に力がみなぎる。
「間に合え!!! 」
頭が痛い。
城門に近付くにつれてその痛みが増している。
それが余計に俺を不安にさせる。
この痛みはもしかして前兆か何かじゃないのか、と。
街道を行き、やっとあちらのキャンプが見えた。
そこには膝をついている冒険者に横たわっている者、そして――
細剣を震える手でデビルグリズリーに向けるケイロンの姿があった。
「ケイロン!!! 」
思わず声を上げる。
向こうも気が付いたのか、こちらに振り向く。
「逃げて! デリク!!! 」
間に合え!!!
体中に魔力を充満させ、爆速でケイロンに近付く。
その瞬間、不思議な感覚に襲われた。
ケイロンの姿とデビルグリズリーの姿がブレて見える。
しかし今はそれどころではない。
速く! もっと速く!!!
更に加速し、もう少し。
だがブレが酷くなる。
構うものか!
そして……。
逃げるように叫ぶケイロンを体当たりで弾き飛ばす。
間にあっ――目の前にいるデビルグリズリーの爪が迫って――
「硬」——俺が切り裂かれた。
★
……痛みが来ない。
一体どいう言うことだ?
硬化の魔法が間に合わず切り裂かれた瞬間俺は一瞬瞳を閉じてしまった。
だが、来ない。
痛みが来ない。
すぐさま瞳を開ける。
するとそこには今から爪を振り下ろそうとしているデビルグリズリーの姿が見えた。
「硬化!!! 」
すぐさま体に硬化の魔法をかける。
そして腰にある短剣を引き抜き応戦の状態をとった。
相手が振り下ろした爪を短剣で受け止める。
キィィィン!!!
デビルグリズリーに感情があるのかは分からないが、戸惑いの様子が見えた。
俺も正直吃驚だ。
受け止めれた!?
俺が戸惑っている間にデビルグリズリーはもう片方の腕を使い横薙ぎの一撃を放った。
切り裂かれる!
そう思った俺は爪を受け止めた短剣で相手をはじき、その短剣を攻撃の線上に置く。
間に合わない。
と、思ったが衝撃は後から来た。
『きちんと受け止めれた攻撃』の衝撃を和らげながら、何が起こっているのかを考えた。
切り殺されたと思ったら、大丈夫だった。
防御が間に合わないと思ったら、間に合った。
今見ている状況は……『未来』か。
原理は分からない。
しかしどこかで体感したことのある感覚だ。
考えるのは後!
よし、これで勝機が見えた。
「さぁ反撃だ!!! 」
★
「……貴族の坊主。下がってな」
「しかし! 」
「足が竦んでんじゃねぇか。ここは経験者に任せておけ」
キャンプに配置された冒険者がそう声をかけた。
細剣を手にゴブリンを前にするも、手や足が震える。
まだダメなのか!!!
動けない自分に怒りを覚えた。
その昔、ある事件により二足歩行のモンスターを前にすると体が震え委縮してしまうようになったケイロン。
本来なら目の前にいる数十体のゴブリン程度なら瞬殺できるのだが、過去のトラウマによりそれが出来ないでいる。
「全員。仕事の時間だ」
「運が悪かっただけだ」
「ゴブリンなら、なんとかなるだろ」
そう言いつつ杖や長剣を緑の軍勢に向け、彼らは戦った。
変化が訪れたのは倒しても、倒しても溢れてくるゴブリンが途絶えた所であった。
「……なんかくるぞ!!! 」
「あれは……まさか」
「おいおい、この前倒されたはずじゃなかったのか! 」
デビルグリズリーであった。
そしてそこからはアンデリックが来るまでデビルグリズリーの一方的な蹂躙が始まった。
★
奇妙なことだった。
僕は吹き飛ばされた後、半ば呆然とその様子を見ていた。
僕がデリクに吹き飛ばされた後、彼は相手が何をするのかわかっているかのような動きをしている。
デビルグリズリーが腕を上げれば短剣をその線上に置き、腕を振り回そうとしたら先に防御する。
未来を見ている。
そう表現するのが一番分かりやすい。
そして動きもいつもと違い、洗練されている。
まるで今までに経験したことのあるような動きだ。
「頑張れ、あと少し」
デリクの体の倍以上あるデビルグリズリーの瞳を貫き、横腹を裂き、相手の反撃を時には受け止め反撃しながら、猛攻を繰り返している。
そう一人エールを送り、彼の勝利を祈願した。
彼女の体はもう震えていない。
★
切り刻んでいる。
出来るだけ急所に近いところを。
「はっ!!! 」
相手の動きを予測し、受け止め、カウンターで傷をつける。
動きが止まるほどの一撃にはならないが、それでもダメージは蓄積しているようだ。
目を潰し、横腹を切り裂き、相手の足元へ滑り込み腱を断ち、動けなくする。
Gyurooooo!!!
デビルグリズリーの悲鳴が響く。
この悲鳴、覚えがある。
そうだ。俺は小さい頃、じいちゃんに倒せと言われたのはデビルグリズリーだったんだ。
何故その時の……いやその周囲の記憶が曖昧なのかは分からないが、今は好都合だ。
どこを狙ったらいいのかが手に取るようにわかる。
モンスターが苦し紛れに爪を立てる。
それを短剣で受け止めた……が、
バリッ!!!
「なっ!!! 」
短剣が折れた。
武器の耐久性を超えてしまった。
まずい! 獲物が!!!
「デリク! これを!!! 」
振り向くとケイロンの方から細剣が鞘に納められた状態で飛んできた。
それの鞘を掴み、引き抜く。
「借りるぞ!!! 」
扱いなれない細剣を手に再度攻勢に出た。
「ハッ!!!」
細剣で体を貫き、すぐに離す。
相手の動きを先回りしながら串刺しにしていく。
慣れないせいか狙った部分を少しずれたり、浅かったりしているがダメージはどんどんと蓄積されていった。
片足の腱が切れているといえどモンスター。片足だけでも動かし、攻撃をよけようとする。だが徐々に動きが鈍くなりそして……
「これでっ! 最後!!!」
何回も切り刻んだ後のある場所、その深くに魔石がある。
相手の苦し紛れの攻撃を避けながら魔石がある箇所を細剣で深く突き刺し勝利を確信した後——
俺の視界は暗転した。
お読みいただきありがとうございます。
もしお気に召しましたらブックマークへの登録や下段にある★評価よろしくお願いします。
