ケイロンの休日 一
「では、これをお願いします」
そう言い僕は受付に依頼書を一つ提出した。
正面にはいつもと違う受付嬢。
違和感しかない。
少し困惑しながら聞いてみる。
「あの……いつもの人は、どうしたのでしょうか? 」
「いつもの? あぁ、エカテーさんなら今日はお休みですよ」
「え??? 」
「ふふふ、驚くのも無理はないわね。エカテーさん、遅刻はあってもなんだかんだで休んだことないもの。私達だって今日は驚いてるわよ」
「そうなんですか」
受付嬢の言葉に耳を疑う。
あの明らかに不真面目な人、休んだことないんだ。
だけど……へぇあの人いないのか。これはチャンスかな?
「少しお聞きしたいのですけど……」
「ええ、何でも聞いて」
よし! 行ける!!!
「あまり良く知らないのですが、指名依頼が受けれるランクはどのくらいになるのでしょうか……」
「Cランク以上ね。このギルドを見ていて、もしかしたら気付いたかもしれないけどここに所属している冒険者達はDランク以上が多いわ」
「何故ですか? 」
「それはね。貴族様とか商人の護衛依頼が多いからよ。護衛依頼を受けれるのだってDランクからだもの。周囲に危険なモンスターが少ないこの町のギルドなら護衛の練習になるってわけ」
「成程……ありがとうございます! 助かりました、お姉さん! 」
「そんなこと、ないわよ。このくらいいくらでも聞いてね」
少し体をくねらせ言うが、僕はそれよりもいい話を聞けたことに感謝だ。
思った以上の情報だ。危険なモンスターが少ない、護衛依頼の必要ランク……僥倖僥倖。
あの受付嬢がいないだけでこんなにも簡単に教えてくれるのか。
ならもう一つ……。
「あと一つ聞いていいですか? 」
「いいわよ」
「ええ、と。このギルドに資料室はありますか? 」
「ええ、あるわよ。二階へ行く階段を上がって右手ね」
「ありがとうございます。では早速行ってみます」
頑張ってねー、とエールを送られながらも僕は木でできた半螺旋状の階段を登り右手へ行った。
★
「それにしても愛想の良い受付嬢だった」
独り言ちながら、僕は木でできた資料室の床を歩いていた。
煉瓦でできた壁に木の窓。そして大量の資料や本が棚に敷き詰められている。
「これは探すの、大変だ……」
「何かお探しですか? 」
凛とした声がした方を振り向くとそこには銀髪ショートの事務服を着た青い瞳の小柄な女性がいた。背丈は僕と同じくらいだけど、大人びた雰囲気を纏っている。
「この町の地図やこの町周辺のモンスター討伐依頼、盗賊討伐依頼の履歴を調べたいのですが……」
「……何に使うおつもりで? 」
少し目を細め聞いてくるが笑みを崩さず対応。
物が物だから良からぬことをしていると思われても仕方ないよ、ね。
これは誤解を解かなくちゃ。
「最近登録したてのFランク冒険者なのですが、依頼を受けるのに町の事が良く分かりません。だからこの町を含めて情報をあつめようと思ったのですが……ダメだったでしょうか? 」
「いいえ、ダメなことはありません。むしろ良い心がけです」
そう言うと手を顎に当て少し考えている。
ふむ、と呟き僕の方に向いた。
「少しそこに座っていてください。資料を選りすぐってきます」
「え? そこまでしてもらわなくても……」
「情報の収集、安全性の確保……冒険者として基本ですが、大切なことです。考えがそこに辿り着く新人はそこまで多くありません。よってそれをサポートするのが私達の役目。ならばより良い情報を渡すのがこれからの為となるでしょう。それに……」
そう言い、青い瞳を棚に向けた。
「これだけの情報量。選別するのも大変でしょう。ここはプロに任せた方が良いのではないか、と」
「な、なるほど。ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
ペコリとあいさつし、木の椅子に座った。
★
どのくらい座っていただろうか。
かなり座っていたような気がする。
まだかな……。
そう思いながら、長方形の机に腕をたらし待っていると紙束——いや大量の紙束を持った事務員が向かってくる。
か、紙束に隠れて顔が見えていない!
ドスン!
僕の前まで来るとそれが机に置かれ、銀髪が見えた。
さっきの事務員さんか。
おおっと、危ない!!!
すぐに立ち、こぼれ落ちそうな紙束を支え、幾つか山を分ける。
ふぅ、散らばらずに済んだ。
「これだけあれば大丈夫でしょう」
「あ、ありがとうございます。この資料なのですが……」
「? どうしましたか? 」
「い、いえ。持ちだしたりとかは……」
「持ち出し禁止になります」
「書き写すのは、いいでしょうか? 」
「構いません」
彼女がそう淡々と告げた。
何か機械的な人だな。冷たい人じゃないんだろうけど、どこか違う寒さを感じる。
「では、私はこれで」
「あ、あの……これ終わったらどうしたらいいですか? 」
「え? あぁ……そうですね。盲点でした。終わったら一階の受付嬢に終わったことを伝えてください。後程、戻しますので」
僅かに顔を変化させたがすぐに戻して用は済んだといわんばかりに言い残し、サクサクと部屋を出ていってしまった。
彼女が出ていったあと、僕は紙束を見下ろす。
こんなにも……。
分割したはずなんだけど、これどうしよう。一日でできるかな?
ううん! やろう。早く終わらせて、これをデリクに見せて驚かしてあげよう!
そう意気込み、最初の一枚を手に取る。
「一先ずこの束かな。地図……の断片? 」
幾つかに分かれている紙をつなげていく。
五枚ほど繋げたら、一枚の大きな地図になった。
しかも番号が振ってあるようで、それに相当する紙を茶色い山から取り出すと更に詳細な地図が出てきた。
「こんなものまであるんだ……。まずい、よね。普通」
それを見て呟く。
完全に町の機密情報に値するものだ。紙の状態から見て最近の物じゃないだろうけど、それでも持ちだしたらまずいものだと直感する。
「写しても良いっていってたけど……これ、本当に書き写していいのかな? 」
少し目を逸らしたが、再びそれを見た。
罪悪感が物凄い……。
この町の地図が出来上がっている以上、どうしようもない。
もっと簡単なものが出てくると思ったけど、胃痛ものが出てきた。
「どうしようか、はぁ……」
僕は大丈夫だけど他の人が見るのはまずいよね。
だけど依頼を効率的に達成するという意味ではこれ以上ないものだ。
問題はこれだけじゃない。
この町の地図が詳細にあるということは他の町の冒険者ギルドでもあるということだ。
戦略物質が冒険者ならだれでも見れるという状況は良くない。
「けど、結局は手出しできないんだよね」
諦め混じりに溜息をつきながら、腰あるアイテムバックを探る。
そこから羽ペンと紙、そして中身の詰まったインク入れを机の上に出した。
「さっさと終わらせよう! 付与: 速記」
半透明の魔法陣が羽ペンを覆ったと思うと、すぐに消えた。
よし、これで大丈夫。
手にしている羽ペンに速記の魔法が付与されたのだ。
羽ペンを紙に付け、地図を見ながら動かす。
すると勢い良くで地図が写されていく。
物凄い集中力で次へ、次へと写しモンスターや盗賊の討伐依頼が出た場所、薬草の形と特徴、出てくる動物の種類等、山積みになっている資料を高速で写していった。
「ふぅ、終わった。これで当分は情報不足に悩まされることはないだろう。多分」
少し自信なさげに言うと、処理した資料をまた整理し一階へ行き受付嬢に終わったことを伝え、ギルドを出ていくのであった。
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