第三話 旅と出会い
村を出た後、俺は一日かけて隣町に着いた。
が、着くのが遅かったため門が閉まってしまった。
だから今日は野営だ。
周りを見渡すと俺と同じように野営の準備をしている人達で溢れていた。
彼らも間に合わなかったのだろう。
こればかりは仕方ない。
そう思い、野営の準備を進める。
だがテントといった上物があるわけではない。簡素なシートを敷くだけだ。
シートを敷きながら一人、今日の出来事を思う。
歩いてきただけだが、かなり疲れた。
絶え間なく同じ景色——緑豊かな草原が続いたことに加え、俺の背負袋だ。これがかなり重かった。
出発前には確認したのだが、二本の短杖に二本の短剣。他はじいちゃんが使っていたらしき道具の数々に一か月は過ごせるのではないかと思うくらいの保存食、そして銀貨を含む少なくない金銭。
正直抜け出すことも考えていたから、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
短状と短剣はお古だろうけどお金は別だ。これだけあれば一か月以上は家がもつだろう。
出稼ぎに行くために村を出たのに、家に負担をかけてしまった。
「頑張らなければ! 」と再度奮起し、次の作業に移る。
道中拾った木の枝を組み立て、石で囲む。
比較的暖かい気候のカルボ王国とはいえ夜は冷える。
せめて起きている間だけでも温まりたいものだ。
携帯食をかじりながら、周りを見渡す。
商人、旅人、冒険者か傭兵か分からない人等々様々な人達がだだっ広い平原でくつろいでいた。
味気なく硬い保存食をかじりながら周りを見渡していると、一人の男性がこちらへやってくるのが見えた。
なんだ?
騎士……か?
遠目からも帯剣しているのが分かる。
それに加え他の冒険者達とは違い、身なりが良く一人浮いているような気がする。
俺、もしかしてなんかまずい事をしたのか?!
内心冷や汗をかきながら近寄ってくる騎士のような人から目をそらさないようにした。
あれだけ大々的に出ていったんだ。じいちゃんは帰ってきてもいいといっていたけど流石に一日で帰るようなことはしたくない。
失礼がないように気を付けなければ。
暗闇の中、近づいてくるとその恰好が分かってきた。
背はそこまで高くない。俺よりも低いくらいだ。
夜に溶け込みそうなくらいに黒い髪に黒い瞳、そして白い肌。髪は後ろに結っており所謂ショートポニーテールだ。
そして俺の目の前に来て、口を開いた。
「野営を一緒に、どうかな? 」
あどけなさが残るような、中性な顔立ちをした彼はそう言った。
★
「ははは、僕が騎士? 違うよ、単なる旅人だよ」
「そ、そうですか……」
野営の同伴を了解し、騎士かどうかおずおずと聞いてみたら彼はそう答えた。
どう見ても『単なる』旅人ではない事は一目瞭然なのだが、突っ込んだらいけないような気がして口には出さない。
二人一緒に火を囲むように座り、手を当て暖を取る。
見れば見る程女性のような顔立ちだ。
「おおっと自己紹介はまだだったね。僕はケイロン。冒険者志望の旅人だ。よろしく」
「あー、俺はアンデリクで……す。俺も冒険者志望で……近くの村から出てきたところだ……です。よろしく……お願いします」
「敬語じゃなくても大丈夫だよ」と言われながら、席を立ち近くに寄り、お互いに笑顔で握手をする。
火の光でその白さが際立つ手に触れると、柔らかい。
騎士のような恰好をしているからそう思っただけで、実は剣術をしたことがないんじゃないか? と思わせるような肌触りだ。
「そ、そんなに握られると困るんだけど……」
少し顔を赤らめながら澄んだ声でそう言う。
「あ、悪い悪い」
慌てて手を離す。
また火の傍へ行き座り、彼が聞いてきた。
「そう言えばデリクは何で村を出たんだい? 」
「デ、デリク?! 」
「? 変だったかな? アンデリックだからデリク。捻りがないけど、分かりやすいでしょう? それと僕の事はケイロンでいいよ、ケイロンで」
初見の人に愛称で呼ばれるのは初めてだ。
少し気恥しさを感じながらもケイロンに事情を話す。
姉妹兄弟の多さに若干顔を引き攣らせながらも事情を察してくれたようで「そ、それは大変だったね」と同情気味に答えてくれた。
「ケイロンはどうして冒険者に? 」
それはね、と言いながら説明してくれた。
どうも喧嘩同然で家を出てきてしまったらしい。
彼の実家は領都近くの町で俺の村よりも北西の方角だ。
そこから歩いてここまで来たみたいだ。喧嘩同然で出てきてしまった手前いつも持っていた少しのお金しかない事に気が付き、どうしようかと考えた。
そして剣術を習っていたこともあって冒険者で資金稼ぎをしたいとの事。
何があったのかはよくは分からないが、聞かない方が良いだろう。
そして準備をする間もなく出てきたから野営の道具もなかった。
だから一人シートを敷いている俺に声を掛けたそうだ。
「他の人達は大体グループでまとまっているし、それに野営を一人で行うほど危ないものはないからね。僕の身の安全と君の身の安全を考えて声を掛けたんだ」
確かに一人で野営をするのは危険だ。
幾ら門の前とはいえ、盗みに来ない者がいないとは限らない。
最悪命を取られかねない。
彼の答えに納得し、少し沈黙した。
すると突然彼が口を開く。
「あ、あの……さ。もしよかったら、これも何かの縁だし冒険者になれたらパーティーを組まない? 」
え……今何と?
パーティー?
パーティー、か。
顎に手をやり、少し考える。
パーティーを組むとなると勿論の事お金の問題が出てくる。だけどその代わりにソロよりも生き残りやすいのは確かだ。
しかし出稼ぎに来ている以上、お金の問題もあるしな……。
自分の命はお金では買えない、ともいうし……。
よし!
「いいぜ、一緒にやろう」
「ほんと?! やったー! 」
立ち上がり、拳を上げそうなケイロンを「しかし条件がある」と言い抑える。
「依頼の種類に関わらず報酬は折半だ。これが最低条件」
それを聞き「いいよ」と笑顔で答えた彼を見て、一息つき、今日の火の当番を決め先に寝るのであった。
★
勢いで出てきてしまったけど何とかなりそうだ。
そう思い寝ているアンデリクを見ているのは他でもないケイロンであった。
こっちも興奮状態だったからあまり物を持ってこれなかったけど。
腰に手を当て剣と小さな袋を確認する。
彼を『単なる』旅人と考えているのは恐らく彼自身だけだろう。
それほどまでに目立っている。
冒険者をしてお金を稼いで……それから……。
少し暗くなりながらもこの先の事を考え、野営をしている他の人達を見る。
だがかなりの数の人がいるせいか、本来暗いはずの夜は明るい。
大声で騒いでいる人達もいれば、我関せずと黙々と火番をしている人達もいる。
しかし殆どにいえることは複数人で火番をしていることだ。
本当に彼は危ない、ね。
そう思いながらすやすやと寝ているこれからの相棒を眺める。
話を聞く限り彼は僕よりも年下のようだ。
僕は十五、そしてアンデリクは最近成人したといっていたから十二だろう。
彼は気付いていないようだけど、まぁ言わない方が話しやすいからこのままでいいや。
変に硬くなられるのもいやだしね。
成人したてで実家を養うために出てくるのは良いけど、もう少し人の怖さを考えた方が良いような気もする。
その短いポニテを揺らし、彼を起こし火番を交代し、ケイロンも睡眠をとるのであった。
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