エカテー・ロックライド 四
「あぁもう! 足りない!!!」
拳を握りしめ、暗い部屋の中で怒りと焦りの感情を爆発させているのは他でもないこの部屋の主——エカテー・ロックライドである。
ロール状に巻いていた髪はストレートに戻しており、その青色の瞳は憤怒にかられていた。
それもそうだろう。
最近になって目につくほどにサブマスであるミッシェルが抜き打ち監査を行ってくる。
それに加え監査対象がエカテー周辺に絞られてきた。
「いよいよもって私を追い出そうということね、あの小娘」
頭に憎たらしい銀髪が浮かぶ。
全く邪魔をしてくれる! そうでなくても派閥の中が大変なのにっ!
「最悪のシナリオは……商会のことがバレることよね」
はぁ、と息をつく。
実の所、架空商会を作りそこに偽造発注するような形をとってヘレン達精肉店や解体専門の業者の所へモンスターを送っている。
冒険者ギルドの解体所自体人気のない職業である。それゆえか士気も低く、給料も安い。そこでエカテーが中心となって架空商会を作り、そこを経由し、ヘレン達の所へモンスターを送っているのだ。
もちろん商会を通った分だけお金がかかる。その分割増しでモンスターの解体料がかかるのだがそれは冒険者達は知らない事。
そして商会に入った分は総取りである。
「バレてしまったら、それこそ奴隷落ち、ね」
これはギルド内だけでなく行政にも影響する。
ギルドと行政二つを相手にして勝てる見込みなどない。
一層のこと実家に帰ろうか、と考えてしまう。
何弱気になってるのよ!
備え付けの椅子に座り机に腕を乗せ、更に考える。
……どうすれば。
確か他の町の冒険者ギルドも同じような状況のはず。
ならば他の町へ逃げようかしら。
まず人事にお金を回して……。
ここでの地位をむざむざ捨てるってわけ?
「そんなことっ!!! 」
ドンッ!!!
……痛い。
手が痺れるわ。
よくよく考えたら回すほどのお金がないわ。それに前ならともかく今はダメ。
人事のあのババアが立ちふさがる。
タイミングも最悪。
本当にピンポイントで狙ったかのように私の周辺を……周辺を……!!!
まさかあのババア! 裏切りやがった!
やりかねない。
私と一緒に裁かれるくらいなら、率先して情報を流すことも。
だけどそれをやったらギルドが機能不全に。
そのくらいなら他の人事に働きかけ私を飛ばした方が安全。
いや、プライドの高い彼女ならむしろ私を率先して裁こうとするかも。
いえ、違う誰かが裏切っている可能性も捨てきれない!
「あぁあ! 分からない! 一体だれが裏切っているというの」
髪の毛を両手でくしゃくしゃとする。
ひどい感じ……。
気分を変え、考えを整理するため一旦立ち上がり、ゆっくりと姿見の方へ行く。
「どうしてこうなってるのかしら……」
鏡の前で独り言ちた。
不正をするからである。
それ以上でもそれ以下でもない。しかしそれが積もりに積もってか現在彼女の胃や頭を荒らしているのは言うまでもない。
あらゆるところを巻き込み不正を行っているので誰が口を滑らしているのか分からない。
「……より多く情報が必要ね。それにはもっとお金が必要に」
俯き独り言を呟く。
ふと思考を切り替えるために頭を上げると――
エカテーの後ろに、長身のとんがり帽子をかぶった黒い人が姿見に写っていた。
「きゃっ! 」
「静寂」
エカテーが声を上げると同時にとんがり帽子が魔法を唱えた。
「ねぇねぇルータ、彼女は……どう? 」
「そうだね、僕の相棒。彼女は中々素質があると思うよ。仲間にするにはもってこいじゃないかな? 」
「(喋れない?! 一体何が?! 魔法? それに話す道具?! )」
エカテーは喋れない状況で一人パニックになりながらも考える。
喋れないだけではない。動けない。
まるで魔法で拘束されているようだ。
「彼女は……食べちゃダメなの? 」
「だめだよ、相棒。食べちゃダメ。彼女を食べるとお腹を壊すかもよ? 」
「お腹すいた」
「それなら、彼女とお話が終わった後に飴をもらってきてあげるからそれまで我慢、我慢」
「はぁい」
食べる?! 私を!
その言葉に戦慄する。
しかし自分が対象から外れていることに少し安堵した。
「そこの、麗しのレディ。少しいいかい? 」
帽子——ルータがそう言うと魔法が解除されたようだ。
体が動き喋れるようになる。
「あ、貴方、い、い、い、一体?! 」
「僕達かい? 僕達は怪しいものじゃない――いや、ふむ。よく考えると怪しい者だね。これは一本取られたよ、ハハハ」
「ルータ、寝取り? 」
「違うよ、相棒。違うとも。彼女とちょっとお話しただけだよ」
「でもルータ、楽しそう」
「嫉妬かい? 可愛い僕の相棒? 」
「そんなことないもん」
一体……この状況は何?!
話す度に帽子を深く被ろうとする魔女にからかう帽子。
暗闇で見えにくいが帽子にも目と口のような物があるようだ。
それらがくねくね動いているのが分かる。
動揺しながらも後退りする。
ガタン。
少し、鏡にぶつかった。
まずいっ!
黒い女を恐る恐る見上げる。
まだ漫才の様なことをしているようだ。
まだ大丈夫。逃げれる。廊下で騒ぎを起こしたら、助けが来る。
逃げ道は……。
右側にある廊下へ繋がる道をチラ見した。
塞がれてない!
行ける! そう思った矢先、漫才が終わった。
「おっと、話が少しずれたね。僕達の正体はまだ明かせないけど、君の仲間の様な者とだけ言っておこう」
「仲間?! ふん! 貴方達のような仲間も、知り合いもいません。お引き取りを」
「そう言わないでくれよ、レディ。寂しいじゃないか。僕達は君の欲望に惹かれてここに来たんだから」
「そうそう」
帽子がそう言うと、黒い女が頷いた。
未だに分からない。
欲望? それが何!
「それに、適性がありそうだ。僕達の洗礼を受けたら、きっと君は君の欲望に忠実な人生を歩めると思うよ」
そう言うと長身の女がローブから一つの丸い、怪しい球状の物を取り出してこちらに見せた。
「貴方はお金、欲しい、でしょ? 」
「一人で呟くほどだもの。相当欲しいに決まってる」
「それに、地位、も」
「そうだ、そうだ。欲しいに決まってる。あれだけ固執していた物」
「た、確かに欲しいわよ。でもそれが何! そんなの皆欲しいに決まってるじゃない! 」
思わず反論してしまった。
しまったと思い手で口を塞ぐ。
しかし相手は笑い声をあげた。
「そうだとも、そうだとも。皆欲しいに決まってる。だけど君ほどじゃないよ、レディ。それに私達の仲間になるには適正が低すぎる……」
「皆よわっちぃ」
へしょげた声で嘆く帽子と魔女。
しかし二人は目線を上げ狂ったように歌う。
「人より高いところに座りたい、それの何が悪い? 」
「いっぱい、お金、欲しい、何が悪いの? 」
「見下す奴が悪い、指示する奴が悪い、『今』を創ってる奴が悪い! 全て悪い!!! 受け入れたまえ、我々を」
「いっぱい、いっぱい、幸せ、いっぱい」
「さすれば汝に力を授けよう。対価はたった一つ」
魔女の顔と帽子の顔がこちらを一斉に向く。
「「異教への信仰を、捨てよ」」
「貴方達! まさか、じゃ――」
そう言い終わる前に魔女が持っていた紫のガラス玉が発光し、エカテーは意識を失った。
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