第十九話 店番 二
「こちらに並んでください! 」
「はい、こちら銅貨一枚になります」
「ねぇ僕、今から私とお茶しない? 」
「失礼ですが、仕事がありますので」
「ありがとうございます、全部で銅貨九枚になります」
「素敵なお兄さん! 今夜はみんなでパーリナイなの。一緒に、どう? 」
「あ、こら! そこ! お触り禁止ですよ! 」
結果から言うと、売店の売り子をケイロンに任せたのは正解だった。
彼が今ひどい目にあっているが。
開店当初はそこまで忙しくはなかったのだ。
ぼつぼつ人が来るものの、盛況とは言い難かったのだが徐々に人が増えてきた。
何故か。
そう、我らが美男子ケイロン君のおかげである。
店の中で仕事をしていた為、当初特に注目を浴びることはなかったのだ。
しかしどうやら店に来たお客さんが「美男子がいる! 」と騒いだらしい。
「美男子?! 」と反応したお客さんが目を光らせる。
いつもはゴツイ熊獣人の旦那なのに今日は美男子が店をしている! それならば、ということで、いつも蜂蜜を買っているお客さん――主に女性達が押し寄せてきた。
恐らく家や職場に蜂蜜がまだ残って入るもののいつかは使い切る物である。
ならば美男子を見るのをいい機会として一気買いしようという魂胆だろう。
こうしてケイロンに引き寄せられたお客さんが列を作りだした。それだけならばまだよかった。まだケイロンが受付で笑顔を振りまき、少し喋りながら対応して、話が終わりそうになかったら助ける、ということが出来ていたからだ。
しかし何事かと思った他の客が更に引き寄せられる。
この時点で長蛇の列ができ、もはや混沌としてきたところにケイロンを列の整理に。
今となっては混沌が更に増し、酷い状況になっているが致し方ない。
ケイロンを受付に置いたら永遠とおしゃべりをしそうなのだ。
遠い目をしながら列の整理をしているケイロンを見た。
耐えてくれ、ケイロン。
君の犠牲は忘れない。
「ありがとうございます、こちら合わせて銅貨四枚になります」
笑顔で対応する。
ケイロンと話せたのだろう、向こうも頬に手を当て笑顔だ。
店の奥へ行き、小の瓶と大の瓶を取ってくる。
まずい、な。もう少なくなっている。
瓶の残量を見るともうすでに三分の一くらいに減っている。
これ午前中に在庫がなくなるんじゃないか?
が、考えていても仕方ない。
すぐに瓶を持っていき、銅貨と交換する。
そしてはけた瓶の数と入った銅貨の数を帳簿とは別の紙きれに書き、記録する。
これは事前にケイロンと決めていたことだ。
帳簿に書くのは良いが、もし万が一手が回らなくなった場合、メモ書きに走り書きをして後で集計をするというものだ。
最も使うとは思っていなかったのだが。
手にした瓶を渡し、次の客に応対しようとした。
「おうおうおうおう、何か調子に乗ってる店があるじゃねぇか! 」
「姉さん、見てくださいよ。この行列! 」
「たんまりと金がありそうですぜ! 」
何やら不穏な言葉が聞こえてきた。
全員がその方向を見る。
長身の女一人に子分らしき少し背の低い男性が二人、そこにいた。
冒険者や傭兵、ではなさそうだ。
装備はともかく肉体が貧弱だ。
「な、なんだぁ?! この婆さんたちは! 」
女が一気に注目を浴びたが負けずに強気で返す。
その言葉にお客さんが殺気立つ。
「……あんた達、私達とやろうってのかい? 」
「私達とケイロンちゃんのお喋りという名の逢瀬を邪魔しようってのね」
「この市場で私達を敵に回すとどうなるか……思い知らせてやろうじゃないか」
こ、怖ぇ~……。
何だ、この殺気のようなもの。
ビンビンに、痛いほどに頭を刺激するんだけど!
ひ、冷や汗が止まらない!
「ね、ねぇさん! ヤバいです、ここはヤバいです! 」
「逃げましょう、姉さん! 」
「きょ、今日はこのくらいにしてやらぁ!!! 」
三下のセリフを吐きながら、彼女達は尻尾をまいて逃げていった。
今さっきのは司祭様の本棚にあった物語の三下セリフ集の一言。本当にあのセリフを言う人っていたんだな。
ちょっと感動した。
これからも市場のおばちゃん達を敵に回すようなことはやめておこう。
する気もないけど。
しかし……結局何だったんだ?
「お兄さん達! お弁当を持ってきたわよ!!! 」
「「「あら、フェナちゃん」」」
俺が考えていると、声をかけてくる小さな銀色もふもふこと自称宿屋の看板娘――フェナが大きなバスケットをもってやってきた。
★
「ママがお兄さん達に弁当って! 感謝しなさいよね! 」
「お、おう、ありがとう」
「うん、ありがとう」
胸を張り「ふんすっ!!! 」というようなドヤ顔で手に持つバスケットについて説明するフェナ。
なんだろう……。
ここまで尊大にな感じだと逆に可愛らしく見える。
何故だろう……。
ケイロンと戯れたかったお客さんは一時退却となった。
フェナが来たことに加え、お昼ご飯というのもあったのだろう。
フェナパワー、恐るべし!
そして市場のマダム達は「また来る」という言葉を残し一旦帰って行った。
むろんケイロンがその言葉に戦慄したのは言うまでもない。
「じゃぁ私はこれで! 」
「え、帰るの? 」
「一緒に食べていったら? 」
そう言うと、少し迷ったのか立ち上がろうとした足を止めたが、立ち上がった。
「マ、ママに……早く帰ってきなさいって言われてて……」
俯き、尻尾とケモ耳が垂らすフェナ。
「な、なるほど」
「時間に厳しいみたいだからね」
座っている状態で彼女を見上げ、同情する。
「じゃぁ、早めに帰ってくるのよ! 」
「「了解しました、アイドル様」」
そして俺達はにこやかに彼女を見送った。
「さて、お昼ご飯はなんだろ? 」
「美味しそうな匂いがするね」
「だな」
早速、白い布のカバーを開ける。
「「おおー!!! 」」
二人で中身を確認すると、そこにはサンドイッチがあった。
しかしこの前食べたサンドイッチとはまた異なる。
具材が多く、そして香ばしい匂いがする。
「なんだろ? スクランブルエッグと……ベーコン、キャベツかな? 」
「そうみたいだな」
「では……」
「「クリアーテ様の恵みに感謝して」」
こうして俺達は手を組み祈り、サンドイッチに手を伸ばし、美味しく頂くのであった。
さぁ午後からも頑張ろう!!!
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