第百八十八話 転移魔法と真祖と王族と
「わざわざ来てもらってすまない」
「ごめんね。こんな場所で謁見なんて」
「いえ、お呼びとの事でしたので」
俺達はいつもの玉座の間ではなく白い会議室のようなところに通された。
そこで座っている王を中心に宰相と軍服を着た男性そしてエカが立って待ち受けていた。
形式的な挨拶はほどほどに本題へと入ることに。
「まずは自己紹介を」
王冠を被ったカルボ三世がそう言うと一度見たことのある文官服の男性が一歩前に出る。
胸には三つの勲章を示すバッチがつけてある。
それだけでもこの初老の宰相が只者ではないことがわかった。
背中をピンと張り立っている俺達を見る。
「こうして名乗るのは初めてですな。私はこのカルボ王国で宰相を担っておりますルカリー・ドーマ侯爵と申します」
「アンデリック・セグ子爵です」
本来なら役職を言うべきなのだろうが冒険者という名の無職だ。
名乗る役職がない。
少し恥ずかしく感じたのだが、それを感じ取ったのかすぐさま一歩後ろに下がった。
するとカルボ三世が次を促し、軍服を着た中年の男性が前に出る。
「……北方守護大将レナンド・シリル公爵だ。軍務卿とも呼ばれている。好きな方で呼べ」
「アンデリック・セグ子爵です」
渋い声に見かけよりも額に皺を多く刻んでいる。
それこそ軍人といった雰囲気だが胸にある勲章は一つだ。
なるほど。前に言っていた発言力とかはこういった所にも現れるのか。
先に文官である宰相を紹介したのもその影響なのかもしれない。
本格的にセレスを、もしかしたら俺達ごと囲い込みに来るかもしれないな。
気を付けないと。
「シリル公爵はこの国の北方を護る北方守護大将。それと同時に、有事の際に王族の次に軍権を預かる『軍務卿』でもある。よって同席させた。構わぬか? 」
「ハッ! 差し支え御座いません」
うむ、と一回頷きこちらを見る。
シリル公、こっちをめっちゃ睨んでるよ。
厳つい顔で睨んでくるからエリシャが少し委縮している。
怖いなぁ。
「さて、今回の話なのだが転移魔法についてだったとおもうが相違ないか? 」
「相違ございません」
カルボ三世が『転移魔法』と言うとシリル公がピクリと眉を動かした。
そりゃそうだ。
国や軍で管理している転移魔法を偶然にも手に入れてしまったんだ。
面白くないに違いない。
「早急に対処が必要と思い集められるだけの人数を集めました。セグ卿が来る少し前まで会議をしていたのですが――」
宰相閣下が次々に条件と罰則を言い、そして使用の許可を出してくれた。
終始シリル公が睨んでいるのが怖かったがほぼ滞りなくことはすんだ。
恐らく事前にセレスが手回ししていたのだろう。
こうして俺達は転移魔法の限定的使用許可が下りたのであった。
★
「アンデリック・セグ、か」
「閣下如何いたしましたか? 」
王都より北へ向かう一台の馬車で屈強な男の額に刻まれた皺を更に増やしていた。
それを見ていた対面の騎士風の男性が不思議そうに聞く。
それもそのはず。この騎士はまだアンデリック達の事を詳しく知らないのだから。
隣国の王女の婚約者として一時期名前が有名になったが名前だけである。
その詳細までは出回っていない。
「先日貴族になったばかりの小童だ」
「はぁ……」
「だが、本人はともかくその回りが侮れぬ。ドラグ家にアクアディア家、高位吸血鬼族に挙句の果てには隣国の王女。さてどうしたものか」
「直接手を出されるので? 」
男の疑問を聞き少し考える。
厄介な集団——セグ子爵家。
戦時に補給のかなめとなるドラグ家に隣国の王族の血を引くアクアディア家、更には獣王国の王女に高位吸血鬼族。
厄介極まりない。
特に高位吸血鬼族に関しては魔族特有のルールに従う可能性もあるので、もし彼女が自身が保有する戦力以上の権力者であった場合離反する恐れも出てきた。
どうやったらこれだけの戦力と権力を集めることが出来るのか知りたいほどだ、と思いながらも胸にある一つの勲章をチラ見した。
「せめて引き剥がせれればいいんだが」
「囲わないのですか? 」
囲い込み。それも一手だとシリル公爵は考えていた。
しかし本人はあくまで冒険者業をしている。
貴族としては国に仕えていない状態というのはよろしくないのだが、カルボ三世がその方が利益になると判断し役職を与えていない。
ならば下手に縛るようなことをするとまずい事は明白だ。
加えるならばアンデリック達の後ろ盾は穏健派のトップ三人だ。
ただの子爵一人の為にやり合うには少々割に合わないと考え「やはり引き剥がしが一番」と帰結する。
「……少し、そうだな。揺さぶってみるか」
そう男が呟きながら馬車は北方へと帰って行った。
★
「やぁ。アンデリック君」
「エレク殿下、ご機嫌麗しゅう」
俺達はエカ達にあの場で伝えられなかった要件を伝えるべく会議室から庭へと出た。
使用人達がいつもきれいにしているのかピカピカの白い机と椅子が並べられている。
事前に使用人の同伴はお断りしていたので今はいない。
普通なら怪しまれるところなのだが以外にもすんなりと話が通った。
そしてそこにはエカの他にカルボ三世とドーマ宰相もいる。
「ボクの事はエカでいいって言っているじゃないか」
「そういわれましても……」
今の状況を考えてくれ。
この国のトップと文官のトップがいる状態だ。
下手な口の利き方は出来ない。
「して、あまり広めたくない要件のようだが」
「はい、彼女についてです」
カルボ三世が本題に入るとエリシャが一歩前に出る。
今までの緊張はどこへやら。
凛とした顔でカルボ三世を見上げていた。
「彼女は見ての通り吸血鬼族なのですが……。真祖の吸血鬼族なのです」
「うむ。妾は真祖の吸血鬼族——エリシャ・アマルディアである」
そう言った瞬間空気が固まった。
「……おかしいの。わしの耳には今しがた真祖と聞こえたのだが」
「奇遇ですな。私もです」
「現実を見てください、陛下。真祖です」
そう言うと手で顔を隠し天を仰いだ。
「なるほど。卿の懸念がよくわかった」
「シリル公爵が退出した後にこの話を出したということは、あまり広めたくないということでよろしいかな? 」
「はい。その通りでございます。彼女個人の実力もさることながらタウ家の事もございます。しかし彼女の正体はすでに冒険者ギルドが把握済み。ならばせめて陛下に伝えておかねば、と」
今回伝えたのにはいくつか理由がある。
後から「何故伝えなかった」といわれることを防ぐと同時にタウ家から彼女を守るためでもある。
興味のままに動くタウ家。
しかし国に属している限り王家の力から逃げられない。
ならばまえもって話して王家に護ってもらおうということだ。
他力本願ともいう。
「幸い知り合いにウォーカー男爵という吸血鬼族の貴族がおりますので我々は一旦彼を頼りバジルへ向かおうと思います」
「あい分かった。エリシャ殿に関しても努力しよう」
ありがとうございます、とお礼を言い城を出て俺達はバジルへ向かうために準備を始めた。
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