第十六話 精肉店 三
目の前に巨大な猪がいる状態で、まずは手を組み祈りを捧げる。
「クレアーテ様の恵みに感謝して」
命を頂くのだ。
その命と共にそれを創った創造神クレアーテ様に祈り、早速解体用のナイフを手に取る。
「じゃぁ僕は見てるね」
「ああ。では始めに……骨を」
そう言いつつ自分の手を傷つけないように皮膚を切り裂き骨を抜く。
「次に、内臓をとって……」
と、独り言ちながら慎重に内臓を抜き出した。
これまでの内容を見ているかケイロンの方を見ると、少し顔を青くしている。
「大丈夫か? 」
「う、うん。大丈夫」
ん~。
難しそうなら全部やるんだが……。
もしこの依頼がダメならば違う依頼で活躍してもらえばいいと思う。
一先ず本人が大丈夫と言っているから様子を見よう。
若干青い顔のケイロンから猪に目を戻す。
取り出した骨や内臓はそれぞれ用意されていた大きな入れ物に入れ、次の作業を行う。
内臓を取り出したら、腸抜きを。
最後に皮と肉の間に刃を入れ、脂の乗った肉と皮に別け出来上がり。
「よし、できた」
出来上がりを見て満足する。
振り返るとそこには青い顔をしながらもこっちを熱心に見るケイロンがいた。
……これは、討伐依頼の解体は俺の仕事かな。
「あ~ケイロン、これでできたわけだが」
「う、うん。すごい、ね」
「あぁ、ありがと。で、これで大丈夫か確認したいから呼んできてもらっても大丈夫か? 」
「うん、行ってくるよ!」
そう言い解体所から早足で出ていった。
かなり肉が取れたな。
そう言い一定の大きさに切られた猪の肉を見る。
店に置いてあった包みを参考にして分けたが……これでよかったのか?
一人そう考えていると、扉の向こうから足音が聞こえる。
「おう、できたようだな」
「はい、これで大丈夫でしょうか? 」
屈強な店主が俺の隣まで来て、様子を見る。
……沈黙が流れた。
な、なんだ?! この沈黙はっ!
重い……空気が重い……。
「……坊主……」
「は、はぃぃ!!! 」
すぐさま直立状態になる。
一体何を言われるんだ?!
ミスったのか?! 俺は何かやらかしたのか!!!
「満点だ!!! 」
店主がいい笑顔でそう言い、豪快にパンパンと背中を叩いた。
張りつめた空気はその一言で霧散し、一気に明るい雰囲気になる。
はぁぁぁぁよかったぁぁぁ。
あまりにも沈黙が流れるから何かやらかしたのかと思った。
「しっかし、どうしてこの大きさにしたんだ? 」
「店に置いてあった肉の大きさがこれよりも少し大きめだったので、包みも考えてこのくらいの大きさかなと」
素直に答える。
ベーコンにするならもっと小さくてもいいのだろうが、一応この大きさにしておいた。
もし薄く切るなら後からでも大丈夫だろう。
「じゃぁこの肉を保存庫に運んでおいてくれ。あっちの動物達は任せた。俺は店の方で働いているからよ」
そう言った店主はまた解体所から出ていった。
「……ケイロン、大丈夫? 」
「正直きついかも」
気丈にも解体を学ぼうとしていたケイロンだったが、無理だと判断したらしい。
まぁ動物とはいえグロテスクではあるからな。
人によってはきついだろう。
「じゃぁ肉を保存庫に持って行ってくれ。俺は片っ端から解体して行くから、さ」
「でもそれだとデリクに負担が……」
「役割分担だよ、役割分担。他の依頼の時に助けてくれ」
「! 分かった! 」
そう言うとケイロンは俺が切り分けた肉をもって保存庫の方へ向かった。
「さて、俺もやりますか。筋力増強」
強化した腕で一気に動物を並べ、サクサクと解体していった。
★
解体と搬送が順調に終わった頃、扉が開いた。
「あら~昨日の坊や達だったのね」
「「ヘレンさん! 」」
扉の方を振り向くとそこには恰幅の良い女性——ヘレンさんが入ってきた。
茶色い髪に茶色い瞳、兄弟姉妹と髪の色や瞳は似通っているものの違うところとしてはやはりそのガタイのよさだろうか。
正直細マッチョな家族だったため、ゴリマッチョな人達に囲まれている今の生活は刺激的だ。
「早速来てくれたのね、嬉しいわぁ~」
頬に手を当て、喜ぶ。
ふくよかな体のわりに上品な佇まいだ。
いや、ふくよかだから上品なのか?
「そういって頂けるとこちらも嬉しいです」
「いつも手が一杯一杯だから助かるわぁ~。あ、そうだ一休憩しない? 」
「いえ、仕事中なので悪いですよ」
「アンデリック君は真面目ねぇ。でも大丈夫よ。夫に手伝いの子達とちょっと休憩してくるって言ってるから」
笑顔で休憩を促すヘレン夫人。
なんて用意周到なんだ。
しかしここまでお膳立てされて断るのも失礼かもしれない、な。
ケイロンに目をやり、どうするか確認する。
するとすぐさま頷き、同意した。
「なら、決定ねぇ。あちらへ行きましょう」
こちらのやり取りを見てヘレンさんが俺達を誘導していった。
★
ヘレンさんが事前に用意していた水が入った桶で手を洗い、俺達に浄化を移動前にかけた。
当然のように受けた俺や自分にかけたヘレンさんにケイロンが驚いていたが、いやむしろこの血塗れの状態で休憩に行くとでも?
俺が知らない常識的な部分は知っているのに、こういったことを知らない。
改めて『ケイロン』という美男子を謎に感じた一幕であった。
「こっちよこっち」
ヘレンさんの言葉について行くとそこには丸い木の机に椅子が三個。
そこにはバスケットに白いカバーがかかった状態で置いてあり、木のコップが人数分ある。
「向こう側のお店の奥さんがパンを焼いてくれたの。これが美味しいんだけど一人じゃ食べきれなくて……」
ヘレンさんがそう言いながら丸椅子に座り、俺達も促されるままに座る。
バスケットのカバーをとるとそこには丸いパンが幾つか入っている。
しかし……食べれない程……なのか?
目の前の婦人とバスケットを交互に見て思った。
ま、まぁ野暮な詮索は止しておこう。
「今日は早く終われそうね。今日は多かったから、覚悟していたんだけど二人が来てくれて助かったわぁ」
そう言いつつ、彼女はパンに手を伸ばす。
「そんなに忙しいのですか? 」
「ええそうよ。アンデリック君やケイロンちゃんの仕事が早いから今日は早めに終わりそうだけど、忙しい日は夜までもつれ込むこともあるわよぉ」
「臨時で誰か雇ったりはしないんですか? 」
「募集はかけてるんだけど、それが誰も来ないのよ……。多分皆自分の仕事で忙しいんじゃないかしらぁ。そこで、冒険者ギルドへ依頼しているってことよぉ」
でもぉ、と言い少し悲しそうな顔をした。
「誰も来てくれなくて……。この店はお客さんも仕入れさんもいっぱい来てくれるから嬉しいんだけど、人手が足りなくて……」
そう言いつつ、木のコップに水生成で水を足すヘレンさん。
自分が飲む分を絶妙な魔力操作で調整している。
何気に多機能じゃないか?! ヘレンさん!
「悩んでたら二人が来たってわけ。本当にありがとうねぇ」
「お役に立ててよかったです」
「しかもあのスピードに解体状態の良さ。すぐに売りに出せるわぁ~。後はモンスターね……」
はぁ、と溜息をつく。
「あのモンスターはどうしたのですか? 」
「あれはねぇ。冒険者ギルドから流れてきたものよ」
少し困った顔で、そう告げる。
腕を組み直し、こっちを見た。
「あれ? でも冒険者ギルドにも解体所、ありませんでしたか? 」
あれれ? といった顔で聞くケイロン。
俺は聞いてないから分からないが、ケイロンがそういうならあるのだろう。
しかしガルムさん達は自分達でやるって言ってなかったっけ?
「もちろんあるわよぉ。まぁ処理しきれない分を他の業者に委託しているみたいで、私達の店はその下請けもしてるのよぉ」
いざと言う時の為にねぇ、と言い水を一口。
「だけど最近は多すぎて……これ、時間をとられるばかりでお金にならないからあまりやりたくないんだけど……」
困ったものよ、と言い最後のパンを口にした。
俺達が食べる分もなくなってしまったのだが……まぁいいか。
「こういってはなんですが……調節してもらえないのですか? 」
「厳しいわぁ。それに冒険者ギルドには依頼も出してるし、ねぇ」
ケイロンの質問にそう答える。
そして意を決したように口を開いた。
「そこでなんだけど……これからも私達の依頼を継続して受けてくれないかしらぁ? 」
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