絶望のイチイナと差し伸べる手
「イチイナ、お前をこの家から追放する! 」
「二度と私達の前に現れないでください」
イチイナは煌びやかな装飾がされた父の執務室で両親に縁を切られた。
「ち、ちょっと待ってください。一体どういうことですか?! 何が……」
「お前の婚約者が不正を行った」
その言葉にイチイナの顔に疑問が浮かぶ。
「それだけなら今まで通りにもみ消せばいいじゃないですか、それだけで追放なんて」
「愚か者! 」
「ひっ! 」
「このことはすでに陛下の耳に入っている。おかげで派閥内で私達の立場が危うくなった! 」
「貴方をこの家に置いておくことがどのくらいリスクなのか、わかりますよね? 」
「しかし! 」
「お黙りなさい! そもそも婚約を急いだのは貴方でしょう? ならば末永く幸せになりなさいな」
「我々は無関係だがな」
イチイナは必死に懇願するも両親は耳を貸す気配がない。
彼女の目に映るのは失望した両親の姿。
尚も食い下がり机にしがみつく勢いで迫るも屋敷の騎士に乱暴に掴まれ外に放り出されるのであった。
五女ではあるが高位貴族の仲間であったイチイナ。
しかしその後ろ盾もなくした状態で商人達がいなくなった王都を歩く。
「どうしたら……」
放心状態で中央広場のベンチに座るその姿はまるで職を失った文官のようだ。
もっとも彼女は職すらなかったのだが。
虚ろな目で中央広場を見る。
そこには憎たらしい騎士服を着た王都騎士団が。
「なんで私がこんな目に……。そうですわ、騎士! 騎士ですわ! 」
一人大声を出し急に立ち上がった。
放心状態から一転し悪知恵を働かせる。
こうして彼女はブリッツ騎士爵家へ行くのであった。
ブリッツ騎士爵家邸門前。
騎士爵でも屋敷を貰うことは出来る。かなり狭く、その上の爵位である男爵とは屋敷のレベルがかなり異なるが。
それもそのはず騎士爵は一代限りの爵位であり男爵から次世代へ継がせることが出来る。消える予定の爵位であるからにして外装も内装も貧相なのは仕方ない。
そう腹をくくってイチイナは来たものの――目の前に広がる光景は酷かった。
「何が起こって……」
外壁には「この嘘つき! 」「ゲロ騎士め! 」「呪われろ! 」等々罵詈雑言が書かれていた。
唖然としながらもそれをよくよく観察すると文字が綺麗だ。
このことからこの行為は貴族かその子供達の犯行と推察できた。
が、推察できても状況が変わるわけではない。「呪われろ! 」の影響かカラスのような鳥が上空を舞っている。
そんな中、門が開き使用人と思しき男性が大きな荷物を持って疲れた顔で出てきた。
これ幸いと彼女は彼に近付き話しかける。
「私はイチイナと申します。ここはロロ・ブリッツ様のお屋敷で間違いないでしょうか? 」
そう言うとその老人は何かに怯えるように震えだして「ひぃ」と漏らし、後ずさった。
「な、なんで私まで……」
「あの」
「お、お前もか! お前もあのゲロ騎士の被害者なのか?! 」
被害者? どいうことですの?
頭の中で言葉を反芻し、考える。
被害者、確かに被害者ではある。結婚間近で不祥事を行い、陛下にバレ、実家を追放されたのだから被害者ではある。
しかしこの怯えよう。果たして『被害者』と申し出るのが正解だろうかと考えた。
激情に任せ『被害者』と名乗り出るのは簡単だがそれは不利に働きかねない。
実家から追放された彼女はその『ブリッツ家』に嫁ぎに来たのだ。
彼女は意気消沈しながら考えた案はブリッツ家に嫁に行くという手段。
この手段がブリッツ家がいくら落ち目とはいえ家から絶縁され無職で働いたことのない彼女が生きていくにはこれが最善だと考えた。
妻――例え正妻でなくても――になれば自身の生活は保護される。一代限りの騎士爵でも彼女が、もしくは主人が生きている間生活が保障されれば問題ない。
息子や娘が出来れば尚良い。自身が家庭教師となり英才教育を施せば次の騎士爵になってくれるかもしれない。そうすれば、少なくとも自分が死ぬまでは生活が安泰となる。
最善策ではあるが夫を夫と思わず、子を子とも思わない、単なる自分が生きていくための道具と思っているその考えを聞いたらさぞ周りはドン引きするだろう。
もしロロが生きていたとしても彼女を元婚約者であるからと言う理由で結婚する必要も、ましてや養う必要性はないのだから最初から計画は破綻している。
しかし破滅から立ち直った彼女のポジティブ・シンキングはそれを否定し、現実と切り離した。
「被害者ではありませんが……。この家に何が起こったのですか? 」
不祥事が起こり陛下に漏れているのは知っている。
だがそれだけでこのような落書きがされるものだろうか?
何をやらかしたのか分からない彼女は使用人に聞いた。
『被害者ではない』ということや『何も知らない』ということに安堵したのかその老人は口を開いた。
「……ブリッツ家はもうなくなりました」
「え……」
寝耳に水である。彼女の計画を全て台無しにする一言であった。
しかしそれを受け入れることが出来ない彼女は相手の言葉を繰り返す。
「なくなった? え? でも騎士爵は一代限りですが保証されるはず。え? 」
「話せば長くなるのですが……」
安堵しきった使用人からはとんでもない事が語られた。
要は獣王国の王女の前で吐いたことに加え成果の横取り、そしてそれが白日の下に晒され怒り狂った獣王国の貴族に処刑されてしまったとの事。
本当の意味でなくなったことを知るイチイナ。
その為か急に体に力が入らなくなり崩れ落ちた。
「私は年なのでどこかに引き籠ろうと思います。元ブリッツ家の使用人と言うだけで他の貴族に目を付けられかねませんから」
そう言い老いた使用人はイチイナを置いてその場を立ち去った。
一人座り込み、途方に暮れる。
もう誰も彼女を保護し、養うものはいない。
それが実感として湧いてきてぽろぽろと涙が溢れ出す。
「なんで……私が」
「それは創造神クレア―テ様がこの世界にいないからです!!! 」
不意に耳元で囁かれた。
それに驚き座ったまま後ろに、素早く移動する。
目の前には白い法衣を着た男性がいた。
逃げなきゃ。
そう思い立とうとするも、ショックの影響か立てない。
そして彼女の目の前にいる男性は語り出した。
「この世界はクレア―テ様がお創りになった」
この世界に住む者なら誰でも知っていることだ。
イチイナは聞くふりをして警戒しながら、立とうとする。
「そして我らが主が創り出した神々や、神々が創り出した精霊王達に主権を渡しこの世界を去られた。それは彼らならきっとうまくやれるだろうとお考えになったからだ」
本当の事は分からない。
最後の部分は異なれど、この世界に存在する宗教の大多数を占めるクレア教も同様の説明を行っている。
「だが実際はどうだ? 出来ているだろうか? 否。否である。各地で起こる戦争、モンスターによる被害、政治の汚職……そしてお嬢さんの不幸」
「あ、貴方は一体」
「やはり創造神クレア―テ様にお戻りになっていただけねば……」
うっとりとした表情で語る白い法衣の男性は語り終えると優しい笑みを浮かべながらイチイナの方を向いた。
「我々『サンクトゥス・クレア―テ教』が貴方を幸福に導きましょう」
男性が差し伸べた手をイチイナは――。
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