第十四話 精肉店 一
俺は夢を見ているのだろう。
何せこの光景はまだ俺が初めてじいちゃんから剣を教えてもらった時のものだからだ。
「アンデリックよ。もし冒険者になるのならば……」
「む、無理だよ、じいちゃん!!! 」
幼い俺の目の前には体の三倍以上はある黒い熊のような生物がいた。
「武をもってこの『敵』を薙ぎ払えぇぇぇい!!! 」
そして意識は反転する。
★
チュンチュンチュン……。
いつの間にか寝ていたようだ。
太陽の光と鳥のさえずりで起きる。
結局あの時俺はどうしたんだっけ?
記憶が曖昧だ。
あの後、じいちゃんと一緒に山を下りたのは覚えているが、戦闘した覚えがない。
いつの間にか入っていたベットから体を起こす。
何故か顎が痛い。
顎をさすり、痛みを和らげようとする。
「痛てっ! 」
顎からしびれるような痛みが走る。
昨日なにがあったっけ?
確か服を洗おうとして、ケイロンの服も洗ってやろうとして……。
そこから記憶がない。
それになんで俺はベットで寝てるんだ?
ベットから離れ、体を動かす。
少し昨日よりも広い感じがするのは気のせいだろうか?
コンコンコン。
扉から音と共に声が聞こえてくる。
「お、おに、ひぃ! お、お客様。朝食の準備が整いました」
「あ、あぁ……。今行く」
フェナのようだ。
どうやら横にフェルーナさんもいたようだ。
フェナの悲鳴が聞こえた。
身支度をして、一階に下りようとするとあることに気が付く。
あれ? ケイロンはどうしたんだ?
先に一階に行ったんだろうか?
そう思いながらも準備を済ませ、朝食を取りに行った。
★
一階へ行くと、朝食が並べられた机とケイロンそしてガルルさんとフェルーナさん、そしてフェナがいた。
「おはようございます」
まだしびれる顎をさすりながら挨拶をする。
「お、おはよう、デリク」
「おはようさん」
「おはよう、ですわ! 」
「こら、貴方達! おはようございます。アンデリックさん」
少ししどろもどろな感じのケイロンや宿の人達が挨拶を返した。
ケイロンはどうしたんだろう。
目が右に左に動き、落ち着きがない。
「さぁ、ご飯を食べようよ」
「あぁ、そうだな」
まだ立っている俺をケイロンが促してきた。
椅子に座り、机に置かれた朝食を見る。
今日は昨日と少し違うようだ。
パンではあるが、昨日のような白パンではなく長いく硬そうなパンである。
しかし色は黒ではなく茶色と白が織り混ざっている。
それに加え、卵焼きに昨日と同じくレタス。
そして木のコップ一杯の水。
こ、これが町宿の朝食というのか?!
俺の家の朝食とは大違いだ!
「「クレアーテ様の恵みに感謝して」」
食前の祈りをして、食べる。
まずは水を含む。
寝起きなせいか喉がからっからだ。
そしてパンを齧る。
ガリッ!!!
か、硬てぇ……。
少し水を飲み、柔らかくし食べ飲み込む。
硬いが美味しい。
卵焼きに手を付けた。
貴重というほどではないが、卵は比較的高い。
それを朝から食べれるなんて、なんと運のいい事か。
最初に出会ったもふもふ尻尾、もといガルムさんとの出会いに感謝だ。
卵焼きもこれまた絶妙な焼き加減である。きちんと焼き上げられていて、美味しい。
「これは調味料がはいってますね……」
ケイロンが調味料を使っていることを指摘した。
これは普通の卵焼きじゃないんだ……。
勘違いした俺はちょっと恥ずかしい。
「あら、お分かりですか? 本当にちょっとしか入れていないのでわかるとは思わなかったのですが……」
「何の調味料かお聞きしても? 」
「秘密の隠し味、です」
フェルーナさんがにこやかに答える。
答える気がないようだ。
ケイロンもそれを察したのかすぐに引き下がった。
レタスもシャキシャキと音を立てながら食べ、俺達はほんの数分で朝食を終えたのであった。
「実はなんだけど……」
「どうした? 」
何やら深刻そうな顔をして俺の方を見る。
食後の満腹感に浸りながらもケイロンの言葉に耳を貸す。
どうも様子がおかしい。
「今朝ガルムさんに頼んでやっぱり一人一部屋にしてもらったんだ」
「え、そうなの? 」
そう言うと、頷く。
「勿論追加料金はガルムさんに僕から出しているから問題ないんだけど……」
「だけど? 」
「……パーティー、どうする? 」
「ん? 組まないのか? 」
「……曲がりなりにも勝手に部屋を変えたりしてしまったから、ね。このままでいいのかなって……」
黒い髪を下に向け、沈む。
その顔からは解散したくない、という気持ちがくみ取れる。
「別に気にするほどじゃないだろう? 今日からよろしくな! 」
「!!! よかったぁ! ありがとう!!! よろしく!!! 」
俺の言葉にほっとしたのかパッァ! と顔を上げ、笑みを見せる。
解散されるかもしれない、とそこまで心配していたのか。
まぁここまで思われるのは嫌ではない。
それにしても輝かしい笑顔だ。
朝日が射しているせいか、その女性を思わせるような笑みが輝かしい。
男なのが勿体ない。
「それで兄ちゃん達、ギルドに行かなくていいのか? 」
「「あっ!!! 」」
ガルムさんが聞く。
朝食の美味しさに我を忘れていた俺達はガルムさんに昼ご飯はいらない事を告げ、依頼をとるために、早足でギルドに向かうのであった。
★
ドラグ伯爵領バジルの町の冒険者ギルド。
そこは前に来た時よりも騒がしかった。
いや、騒がしいなんてものではない。
一つの暴力の塊となって依頼ボードの前で目的の物を取り合っていた。
「な、なぁ……この中に突っ込むのか」
「む、無理だ、よ……」
今日も白いシャツに青いブレザーのケイロンはその黒いポニテと共に顔をしゅんとさせた。
怒声が飛び交うのはまだ良い方で、中には殴り合っている者もいる。
この中に入るのは至難の業だ。
だが、いかねば依頼を取れない。
しかし……無理だろ……。
そうこうしているうちに、すぐに塊はなくなった。
一瞬の事で何が起こったのか分からなかった。
「行ってみようか」
「そうだ、ね」
お互いに意思を確認し、いざボードへと足を踏み出す。
……そこには依頼書が殆どなくなっていた。
「なるほど、ね」
「依頼書がなくなったから、冒険者の塊もなくなったのか」
目の前に広がる木のボードを呆然と眺めながらも分析する。
しかし全部なくなったわけではないようだ。
ちらほら依頼書がある。
「これは? 」
「【Fランク依頼: 肉の解体補助: 依頼主: ヘレン】ってこれ、昨日のおばさんじゃないか」
書かれた依頼主は昨日市場に行く途中に出会ったヘレンさんだった。
本当に出してたんだ。
「報酬は……銭貨八枚。これは多いのか? 」
「……Fランクの依頼にしては良くも悪くも普通って所かな」
依頼書を見ながら、考える。
銭貨百枚で銅貨一枚だ。一週間働いて、一週間分の宿の値段に少し届かないくらい、か。
まぁ普通なら、受けてもいいんじゃないだろうか。
幸い危険性のある依頼でもなさそうだし。
「じゃぁこれを受けようか」
「うん! そうしよう! 」
俺とケイロンは依頼を手に持ち受付へ行き、処理を済ませ、早速ヘレンさんの所へ行くのであった。
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