第百四十五話 誕生パーティー 一
俺達は今豪華な馬車に乗り王城へ向かっている。
誕生祭が終わったためか俺達が王都に入った時よりも大通りに人が少ない。
鋭い眼光の老人——本人は宰相ドーマ侯爵と名乗った――は俺達の正面に座ってこちらをずっと見ている。
正直居心地が悪い。
と、言うよりも生きた心地がしない。
当初俺が呼ばれたので俺のみが行くものだと思ったがどうやらスミナとエルベルも御招待のようだ。
俺の両脇で同じく体を縮こませている。
いつもならばこの煌びやかな馬車に目を輝かせ問題行動を起こすエルベルだが今回は彼女も大人しい。
流石にこの異常状態を察したのだろう。
「そこまで緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
「「「(そういわれても無理があるだろ……)」」」
少し顔を崩し俺達の緊張を解こうとする宰相閣下。
もしこの状況で緊張しない剛の者がいるのならぜひ変わってほしい。
「詳しい事は陛下がお話になられると思いますが悪い事ではないのでご安心を」
「……お言葉ですが閣下。良い事をした覚えもないのですが」
少しでも場を和ませるためにドーマ候が口を開いたので流石に何か話さねばと思い口を開く。
暗に何もしていない、と無関係無罪を主張するのだが俺の言葉を聞いて少し瞳を見開いた。
「ははは、謙遜を。この国の行く末を左右する多大な功績を上げられたではないですか。我々国王陛下一同感謝しておりますとも。ハハハ」
全体を見ながら笑い褒めたたええる目の前の宰相閣下。
最初の鋭い眼光はどこへやら。まるで好々爺のような宰相閣下。
だが俺は――俺達はそんなことをした覚えはないぞ、宰相閣下!
もしかしてあれだろうか? 誕生祭中に冒険者ギルドの依頼と言う名の脅迫を受けながら低級モンスターを狩っていたあれだろうか。
誕生祭中に王都への氾濫を抑えたという点を考えると有り得る話だ。誕生祭は各国の来賓が来る日。赤っ恥を晒さなかったという意味では確かに貢献した。
だがそれだけで国王様が呼ぶか? 精々文官がやってきて報酬を渡す程度だろう。
「さて、王城へ着きました。この先王城になります故、粗相のないようお願いいたします」
鋭い眼光が戻ってきて俺達を不安のどん底に陥れる。
馬車はそのまま王城へ吸い込まれるように入っていくのであった。
★
時は遡り王家主催パーティー。
今は誕生祭が終わり王城ではその後の催しがされていた。
所謂『誕生パーティー』といった所だ。
王家が主催するだけあって様々な物が並べられている。
来訪した国々の特産や文化に合わせた食べ物を始めとし文化が融合した形をとったこの立食パーティーはカルボ王国特有のものだろう。
王子の十五を祝うためにやってきた各国の来賓達がカルボ王国国王カルボ三世や今回の主役であるエレク第一王子に挨拶していく。
そして……。
「おお、どこのご令嬢だ」
「鮮やかな赤に黒い髪がお似合いだ。しかし確かに見たことないご令嬢だな」
「あちらをごらんなされ。空のような青を身に纏った龍人族のご令嬢だ」
「おお……。美しい……。さぞドラゴニカ王国の有名なご令嬢だろう」
来賓達が興奮しながら彼女達——ケイロン・ドラグとセレスティナ・ドラゴニル・アクアディアに見惚れていた。
彼女達の両親ドラグ伯爵やアクアディア子爵は自身の派閥の方へ挨拶に行っており今はおらず彼女達のみである。
煌びやかなパーティーを行く彼女達の表情はすぐれない。
どこか調子が悪いのだろうか。我々の国の食事が合わなかったのだろうかと心配する各国の王侯貴族だが、本当の所は違う。
彼女達を知っている者なら今彼女達が不機嫌であることに気付くだろう。
「ヒッ! こおりの……」
「烈火、だと?! 」
「おい馬鹿! 何を言っている。口を慎め。地獄を味わいたのか!!! 」
集まったカルボ王国側の貴族——特に十五から二十にかけての貴族やその子息子女は恐怖に駆られていた。
彼女達が一睨みすると派閥問わず恐怖のドン底に陥れるその様子を見て不審がる親達だが何も言わない。
ドラグとアクアディア、特にアクアディアを敵に回すと厄介であることを知っているからだ。
「あら、ケイロンさんではありませんか」
カルボ王国側が異常なまでの恐怖に駆られている中一人の、いや集団を伴った令嬢が近寄り声をかける。
誰かが止めようとするも彼らも他の者に止られてしまった。
「社交界に顔を出さないから何か病気になったのかと心配しましたわよ」
「イチイナ」
ケイロンにイチイナと呼ばれた子女率いる集団はケイロンに嘲笑の笑みを浮かべながらも心配したという。
「確か貴方と会うのは卒業パーティー以来でしたね」
「ええ」
「……何をなされていたのですか? 」
「特に」
「イチイナ様がこうおっしゃってるのよ。何か言いなさいよ」
「恐らく口に阻まれるようなことをしていたに違いありませんわ」
人も群れれば気分が大きくなるものである。
イチイナの父は四大公爵家の一つ、シリル公爵家の派閥の者でその中でも比較的高い地位にいる。
そのことも相まってか諸外国から王侯貴族が来ているにも拘わらず派閥争いを通じて人を貶めようとする彼女達の言動を、ケイロンとセレスティナは怒りを抑えながら冷たい目線で見ていた。
今現在この女性達の株は急降下中である。
誕生パーティーで無粋なことをしているのに加えて諸外国に恥をさらしているからだ。加えて諸外国の面々は自分達の国の者でなくてよかったと安心している者もいるが。
「私、先日武勲を上げた殿方と結婚する運びになりましたの」
「おめでとう」
ケイロンも最低限の言葉で返す。
アンデリック達といるときとは想像できないほどに冷たい表情と最低限の言葉で軽く褒めるケイロン。
元よりこの言葉数の少なさや取り繕ったような表情の少なさ、そして突出した力のせいで彼女は氷の女王と呼ばれることになったのだがそれは一先ず置いておこう。
『武勲』と聞いてセレスティナが少し眉を顰めた。
彼女がアンデリック達に会う前まではそのようなことは聞いたことがない。あまりパーティーに出なかったにしても最低限の情報は集めている。ならばセレスティナがアンデリックと会った間に『武勲』とやらを手に入れたことになる。
『武勲』はその名の通り何かしらの、勲章に値する功績を讃えたものである。戦争で上げるのが普通だが今は平時。ならば戦争以外となる。
何かしらの事件を解決したのか、と考えるもわからない。アンデリック達が遭遇したあの大規模誘拐事件以外に事件の情報が上がっていない。
ならばフェイクか。いやそれもないだろうと考えた。このような公の場でフェイクを言う程までに彼女は大胆ではない。彼女の事はケイロンとセレスティナはよく知っている。
不自然、と感じて口を挟もうとするも周りに諸外国の王侯貴族がいることを思い出す。学生の頃ならばすぐにでも殴り倒してでも情報を吐かすのだがこの場でそれはまずい。渋々セレスティナは拳を抑えた。
セレスティナのそのような考えも知らずにこのイチイナ嬢はケイロンの――短い――言葉を侮蔑と取ったのか、はたまた自分に興味がない事が気に入らないのかあからさまに眉間に皺を寄せ不機嫌になった。
「ですのでこれからは貴方よりも上になります。ごきげんよう」
何が? と二人共思ったが口にしない。
単なる優越感に浸りたかっただけなのか、自分の不利を悟ったのかわからないがそう言い残し彼女は一団を連れ去ってしまった。
「なんですの。いつもあの女は」
「さぁ? 」
二人とも彼女が何をしたかったのか言いたかったのか分からず首を傾げていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
お読みいただきありがとうございます。
もしお気に召しましたら是非ブックマークへの登録や広告下にある★評価よろしくお願いします。




