第十三話 一日目の終わり
「お帰りなさいませ」
「「ただいま戻りました、フェルーナさん」」
「ただいま! ママ! 」
陽が沈む前に俺達とフェナは宿屋『銀狼』へ戻ることが出来た。そして待っていたフェルーナさんが出迎えてきてくれて、挨拶を。
俺達とフェナもそれに応じた。
笑顔が眩しいフェルーナさんの出迎えと同時にいい匂いがする。
食事ができたのだろう。
いいタイミングのようだ。
「娘は何か粗相をしませんでしたか? 」
「いえ、そんなことはないですよ」
どんな食事か考えていると、フェルーナさんが心配そうに聞いてくる。
そうですか、とほっとしたような顔でにっこりとするといきなり圧がかかってきた。
一体なんだ?!
「で、フェナ。なんでこんなに時間がかかったのかしら」
「え、え~っと……お、お兄さん達を皆に紹介していたら……」
物凄い形相だ。金色の尻尾が上を向き、怒りを表しているようだ。
いきなり怒りをぶつけられたフェナもおろおろとしている。
ああ……なるほど。
時間に厳しい、いや時間に遅れたらどうなるかが今証明された。
フェルーナさんの右腕がゴゴゴゴゴゴゴという音を今にも鳴り響かせそうだ。
恐ろしや……。
しかし今回はいくら怒ろうとも分はフェナにある。
何せ事前に行ってもいいといわれ、時間を指定されていなかったからだ。
まぁ確かに遅くはあるが。
「まぁいいでしょう。ご飯にしましょう。お客様方は如何いたしましょうか? 一旦部屋へ戻り支度をいたしますか? それとも一階でお待ちになりますか? 」
かかっていた圧を解き、俺達に女神の笑顔で聞いてくる。
……落差がすごい。
ケイロンと顔を合わせる。
「どうする? 」
「一回上がろうか」
「では、一階で料理の配膳をいたしますので出来たらお迎えに上がります」
「「よろしくお願いします」」
こうして俺達は二階へ行った。
★
「凄かったな、フェルーナさんの怒りよう」
「まぁ時間にルーズなのはあまり良くないからね」
「とはいえ、少し遅かったからと言ってあそこまで怒るか? 」
「ん~、本人はそう思ってないようだけど、フェナはまだ小さいから、ね。誘拐されないか心配なんじゃないかな? それと客である僕達を振り回してないか、気が気じゃなかったんじゃない? 」
ケイロンがそう言いながら部屋を見ている。
またもや机の下、ベット、窓等色々な所を見ている。
「一体何を警戒してるんだ? 」
「忘れたの? 市場に行った時会った人達の驚きよう。まるでこの宿に人が住むのが異常だといわんばかりの……」
「けど、最初調べても何もなかっただろ? 」
「念には念を、ね」
そう言いケイロンは隅々まで調べていっている。
まぁケイロンがそういうならば、そうなのか?
俺の警戒心が薄いだけなのだろうか?
ん~、分からん!
「……ないね」
「やっぱり? 」
「だけど何だったんだろう、あれは」
「……分からないが……ガルムさん達の人柄ってことじゃなさそうだな」
「そうだね……。そう考えると……う~ん」
ケイロンが一人唸る。
部屋じゃない、人柄でもない。犯罪系統でもなさそうである。
正直これ以上考えてもなにも出ない気がする。
立っているのも疲れたので大きなベットに腰を下ろそうかと移動している途中、ノックの音がした。
「晩御飯の準備ができた「ギャァ!!! 」……」
「晩御飯の準備ができました」
……。
フェルーナさんの教育的指導が発動したようだ。
大丈夫かフェナよ……。
★
「先ほどは失礼しました。まだお客様と接する機会も少なく、不慣れなもので……ホホホホホ」
たんこぶを作ったフェナを見ながら俺達はフェルーナさんの謝罪を聞いた。
「大丈夫です」
「ええ、僕達もこの町は初心者なので」
引き攣った笑顔で応える。
ま、まぁ……ほどほどに、と思いながらも目の前に並べられた料理を見る。
白パンにソーセージ、スープにサラダ。
ソーセージはとても大きく、香ばしい匂いが漂っている。
またスープは白い色をしておりフェルーナさんに聞くところによるとシチューという物らしい。中には大きく切られた人参に、細かく切られた玉ねぎ、そして肉等様々な食材が入っていた。
そしてサラダはレタスであった。これもみずみずしい様子を出しており美味しそうだ。
「「クリアーテ様の恵みに感謝して」」
手を組んで祈り、いざ食べる。
パンを食べ、シチューを木のスプーンで口に入れる。
美味しい……。
こんなの食べたことない。
感動が収まらないまま、ソーセージとレタスを木のフォークで。
ソーセージを噛むとそこから肉汁が!
溢れだす感動を味わいながら、レタスに手を付ける。
シャッキっという音がしたような気がする。
かなり新鮮なレタスだ。
野菜に関しては家でも新鮮な物を食べていた。
故に、この鮮度の高さに吃驚だ。
更にソーセージとレタスを一緒に食べる。
ソーセージのみでも美味しかったが、二つを合わせると味の調節が出来これはこれで美味である。
食事の美味しさに感動しながら、ふと相方の方を向く。
するとそこには俺と同じく感動しながら食べているケイロンがいた。
食事の興奮冷めぬまま俺達は食事を終え、寝るために取っている部屋へ行った。
★
「美味しかった……」
「本当にね」
そう言いつつ俺は服を脱ぐために服の裾に手をかける。
「わ……何するの?! 」
「え? 服を綺麗にするんだけど? 」
「き、綺麗にする? 」
「ああ……。そう言うケイロンはやらないのか? 」
「……どうやって? 」
「え? 魔法で」
赤い顔をしているケイロンの黒い瞳を見つめ、パチクリと時間が止まる。
ん? どういうことだ?
ケイロンは何故服を綺麗にしようとしないのだ?
「……洗うのかい? 洗ってしまったら明日どうするの? 」
「いや、だから洗浄と乾燥で服を洗って乾燥させて明日使うんじゃ? ついでに体も洗って……ってこうしないと逆にどうするの? 」
「まず普通は宿に頼むか、な。というか駆け出し冒険者は服を洗ったりはしないと思うよ。お金の問題で」
何ということだ……。
俺は膝をつき、世間との認識の違いに愕然とする。
家では皆使ってたから普通かと思ってたが違うようだ。
「な、なら……俺も服を綺麗にしない方がいいのか? 」
「いや、出来るのならやったほうがいいよ」
そうか。
片膝ずつ起き上がらせ、ゆっくりと体を起こす。
上げた顔の先には苦笑いのケイロンがいた。
「洗浄と乾燥を使えるなら、それで店を開いたらいいんじゃないかな? 」
「いや、それは無理だ」
暗に「無理して冒険者をやらなくても」と言っているケイロンに対し俺はすぐに否定する。
「確かにそうかもしれんが、店をやる程には魔力量が圧倒的に足りないんだ」
「そこまで使い勝手がいいものでもないんだね」
「と、いうかケイロンは出来ないのか? 」
「あー、できないね……。僕も一応魔法は使えるけど初級だけだし、生活魔法は勉強すらしなかったし……。それに殆ど魔法よりか細剣を使う方が多いから……」
「なら俺がケイロンの分もやろうか? 」
「え?! いいよ! 悪いから! それに魔力量が少ないんでしょう? 」
「いやいや、流石に一回ずつ使ったからと言って魔力が枯渇程に少なくない。まかせろ! 」
そう言い俺はケイロンに近付く。
「いいから、本当にいいから!!! 」
「まぁそういうなよ、相棒」
後退りしていくケイロンに近づく。
ゴトン。
ケイロンと壁の距離がゼロになった。
そして彼の青いブレザーに手が触れようとした瞬間――
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
ゴッ!!!
俺は顎に衝撃を受けたと思うと意識は暗転した。
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